第七章:その8
「「なるほど」」
ロンズデイルから話を聞いたダブルジョンは同時にそう呟き、これまた同時に深く頷いた。
ロンズデイルが説明したのはまず、俺の隣には魔王ベルガーンなる輩が存在すること。
そしてほとんどの者にはその姿が見えないが、魔力が高い者の中には見える者が僅かに存在することだ。
「「これまでに見えた者は誰だ?」」
双子の目つきが僅かに鋭くなったような気がする。
これまで彼らが纏っていたどこかぼんやりした雰囲気も既にない。
もしかすると研究者スイッチ的なものが入ったのかもしれない。
「ホソダさん、説明お願いできますか?」
などとどこか他人事のように考えていると、突然ロンズデイルから水を向けられた。
一瞬何故と思いかけたがそりゃそうだ。
ロンズデイルが俺の近くにいたのはオーモンド公爵領まで、それ以降……特に学園に来てからの事なんて知りようがない。
「ええっと……」
遠慮なく向けられるダブルジョンの視線に少し気圧されながらも、俺は自分が把握してる限りの名前を挙げる。
少尉、アンナさん、メアリ、ウェンディ、ヘンリーくん。
俺を除けば僅か五人、こうしてみると本当に少ない。
そして学生の割合が高いなとも思う
ちなみにセラちゃんのことは省いた、彼女について説明すると脱線する上に間違いなく長くなるだろうし。
「弟よ、これは本当に魔力由来か?」
「何とも言えないね、後で魔力測定の結果を取り寄せておくよ」
話を聞き終えたダブルジョンは、俺たちそっちのけで二人だけの会話を始めた。
ああでもないこうでもないと推測を並べながら、熱く議論を交わす。
「長くなりそうだな」と思いつつ彼らを眺めていて、俺は一つ気付いたことがある。
二人の瞳の色が僅かに違うのだ。
青系の、同じようで違う色。
最初は光の加減かと思ったが、どうやら明確に差異があるらしい。
本当に誤差の範囲なので、たぶん気付く奴は稀だろう。
我ながらよく気付けたというか見えたなと感心してしまう程だ。
まあ微妙な違い過ぎて、これですぐにどっちがジョンAでジョンDか判断出来るようになるかと言われればそれは難しい。
たぶん結構な慣れが要るはずだ。
「そろそろ任務の話をさせてくれ」
と、ダブルジョンの熱い議論をロンズデイルが苦笑を浮かべながら止める。
苦笑の中に何となく「またやってるよ」とかそんな感情が込められているように見えるのは気のせいだろうか。
「「どうぞ」」
それを受けたダブルジョンも、無視するでも文句を言うでもなく会話を止めた。
放っておけばいつまでも話してそうな雰囲気だったので、だいぶ意外だ。
先程長い付き合いだとか古い友人だとか言っていたが、あれは本当なんだろうなというのがこの短いやり取りからも感じられる。
「本題はこっちだ」
言いながらロンズデイルがテーブルの上に広げたのは、一枚の地図。
当然書かれているのは固有名詞ばかりなのだが、今の俺はそれらを読むことができる。
……いやまあ「多少は」なんだけど、勉強頑張ったかいがあったなあとは思う。
読み取れるのは”死の砂漠”と書かれた北部のデカい空白と、その近くの海沿いにある”オーレスコ”と書かれた都市。
後は帝都の自己主張が強く、デカい丸の中に”オルテュス”と書かれているのが嫌でも目に入る。
この丸はアレか、第一城壁か。
地図上に登場させるとアホの考えた都市計画が過ぎるな。
これ作らせたのオレアンダーの先祖なんだよな、めっちゃ血筋を感じる。
とりあえずはそれらのお陰で、これが帝国の地図なのだと理解できた。
というかこうしてみると帝国ってかなり広いんだな。
「今度私が向かうのはこの”闇の森”だ」
その地図の中でロンズデイルが示したのは帝都の南方、それなりの面積が緑色に塗られたエリア。
そこには今彼が口にした通り、”闇の森”という文字が見て取れる。
「ああ、”闇の森”とは帝国南東部に広がる手つかずの森林地帯のことです」
詳細を知らないまま置いてけぼりで任務の説明に入るのは不味いと思ってくれたのか、ロンズデイルが”闇の森”について説明してくれる。
流石出来る男、気遣いまで完璧か。
それによると”闇の森”は手つかずの森といっても自然保護区とかそういう話ではなく、ガチで危険だから手がつけられずに放置されているだけの場所らしい。
深い霧と複雑に群生した植物、そして多くの魔獣たち。
過去に多くの住民や冒険者を飲み込んできた、恐ろしい場所なんだそう。
位置づけは”死の砂漠”に近いが、あちらと違い魔獣たちが森の外に出る。
また、得体の知れない強い魔力反応が観測されたことがある。
これらの理由から帝国も幾度となく調査隊を送っているが、結果は振るわないし未帰還者も数多く出た。
一度だけ送り込まれた大規模な調査隊が森の中に強い結界が張られているのを観測したのが、唯一にして最大の調査結果。
それから十年以上、”闇の森”の調査は行われていない───。
その辺りを何も知らない俺と、あとはベルガーンに向けてそう説明した後にロンズデイルは「そこの調査に向かう」と告げた。
「兄さん、ウィルはまさかこれに付き合えと言っているのかな?」
「弟よ、私も今まさにそれを確認しようと思っていたところだ」
それを聞いたダブルジョンは、たいへん嫌そうな顔をしていた。
何なら言葉からもそんな感情が溢れ出ている。




