第七章:その4
「え、なにこれ」
メアリが明らかに困惑している。
俺も困惑しているしヘンリーくんも困惑している。
みんなが困ってる、お日様も困ってる。
翌日授業後に集合した俺たちが向かったのは、貴族寮から歩いて数分ほどの距離にある場所。
まずは感想から述べるが、この寮をミスティック・ネストと呼んだ人物には才能があると思う。
物事をオブラートに包む才能だ。
学園内とは思えないほどに生い茂った草木の中に建っているそれの第一印象は、廃墟。
だが廃墟という表現は直接的過ぎると鳥の巣を思い浮かべ、それをさらにぼかすことでミスティック・ネストという響きの良い名称が生まれたのではないかと予想する。
何でこんな場所が存続しているかというと、ひとえにここで暮らしている連中が優秀だかららしい。
学業、武芸や魔法、あるいは政治や軍事の知識や手腕。
ここにいるのはどれか、あるいは複数の項目に秀でた傑物たちであり、卒業後は各方面でかなり重用される。
帝国の未来を担うであろう者たち。
まあ卒業タイミングが不明なため、その未来がいつ来るのか不明なのが難点なんだそうだが。
ただあんまりにもあんまりな建物であることは事実であり、幾度となく取り壊しや建て直しの話は出ているらしい。
しかしながらその度に様々な交渉や工作を駆使して免れているとのこと。
交渉はわかるが工作って何だ。
ちなみにここで暮らしている限りは家賃どころか学費なども無料、とんでもねえ待遇である。
例年、その待遇を受けるためにここでの暮らしにチャレンジする者も複数出るがうまくいくことはほとんどない。
「ここで暮らしている者」とは「この環境で生きていける者」とイコールであり凡人にはあまりにも荷が重い、当たり前だ。
まあ稀にここでの暮らしに適応する者も出るらしいが。
とまあこんな感じの寮である。
オカルト要素は一切ないが、学園七不思議でいいんじゃなかろうかこの寮。
「さあ行きますわよ!」
入りたくねえ。
そんな言葉を喉の奥に押し込みつつ、俺たちはウェンディの後に続いて建物内に入った。
とりあえず入口に扉がないのは大丈夫なんだろうか。
いやまあ俺たち凡人にとっては大問題だが、ここで暮らしている連中にとっては些事なんだろうな。
窓の存在しない部屋の中に、明らかに生活してる人が見えるくらいだし。
室内はというと、所々剥がれた床板に穴の空いた壁、他にも年季が入ってボロっちくなった色々のオンパレード。
入口の扉や窓、場所によっては壁もないのでめっちゃ虫も飛んでいる。
なんというか、学園の他施設との差が凄まじい。
そりゃ行くって話が出た時少尉も嫌な顔するわ。
「よし!」
突然ウェンディが立ち止まり、強く頷く。
「もうここ自体が七不思議ということにいたしましょう!」
そして続けて放たれた言葉に俺たちはズッコケた。
だが気持ちはわかる、これは帰りたい。
俺はここで暮らせと言われたら、一日と言わず数時間でギブアップするだろう。
他の面々も恐らく同じ感想なのだろう、異論は全く上がらない。
そんな訳で滞在僅か数分、俺たちはミスティック・ネストから退場しようと回れ右をした時───
「おや、ホソダさんではありませんか」
そこには久しぶりに会う人物の顔があった。
刈り上げた金髪にキリッとしたメガネ。
そして軍服もビシッと着こなした、見た目からしてデキる男。
「お久しぶりです、こんなところで何を?」
ウィリアム・ロンズデイル、貴族の子弟ばりにこの場に似合わない男がにこやかな笑顔を浮かべていた。