第七章:その3
貴族部にあった怪奇現象にどんなものがあったのかはわからない。
ただ平和なものから危険なものまで幅広く取り揃えているのが学園の怪奇現象というもので、きっとこの世界でもそれは変わらないだろうとは思う。
何なら魔法やモンスターの存在するこの世界の方が余程危ない可能性すらあるだろう。
何よりもまず俺たちが実際に遭遇した”狭間”が危険すぎる代物だったわけだし。
もしセラちゃんのようにただ学園にいるだけのおとなしい幽霊がいてその子たちも”綺麗”にされたのなら可哀想だとは思ったが、セラちゃんの口ぶりだとそういうのはいなかったらしい。
それなら良かった、素直にセラちゃんの無事を喜ぶことができると思った。
話を戻そう。
”掃除”は学園の安全管理上やむを得ず、また必要なことというのは理解できるが七不思議部としてはやはり残念だ。
おそらく、というより間違いなく平民部校舎や訓練場など学内の他の施設も貴族部校舎同様何も残されていない綺麗な状態になっているだろう。
つまり部が求めているものは綺麗さっぱり存在しなくなったと、帝国の関連部署からお墨付きが出ているに等しい。
これはまごうことなき存亡の危機である。
「しゃーない、解散で」
「しませんわよ!?」
ウェンディに力いっぱい否定されたが俺はそんな間違ったことを言っただろうか。
解せぬ。
「そうは言うけど、もう学園に何も無いんだからどうしようもないだろ」
「くっ、ホソダさんのくせに正論をおっしゃいますのね……!」
ホソダさんのくせにって何だホソダさんのくせにって。
お前俺を何だと思ってるんだ。
というか少尉はもういつものこととしても、メアリとヘンリーくんとセラちゃんまで顔を背けて震えてるじゃねえか。
お前ら俺を何だと思ってるんだ。
まあ確かに入って一週間程度で部が消滅するというのはびっくりだが、こればっかりはどうしょうもない。
今後俺は飲み会、ウェンディたちはパーティーあたりで鉄板トークとして使えるいい思い出にするしかないだろう。
「やむを得ません、こうなったらあの場所に行くしか」
その時、真剣な表情で考え込んでいたウェンディが、何か意を決したように呟いた。
何だ、そんな最終手段みたいな場所があるのかこの学園。
「ミスティック・ネストに行きましょう」
突然飛び出した単語に俺は疑問符を浮かべる。
何処だというか何だそれは、学園生活が長いわけではないが全く聞いたことがないぞ。
そしてそれはどうやらメアリとヘンリーくんも同じらしく、二人とも俺同様になんのこっちゃと首を傾げている。
「えっ、あんなところ行くの」
そんな中その単語に反応したのは意外にも少尉だった……のだが、その表情は心底嫌そうなもの。
何なら言葉のあとに「正気?」とでも言い出しかねない顔をしている。
『あそこなら確かに……何かしらはあるかもしれませんね』
そう言ったセラちゃんの顔にも苦笑い。
こちらも同様に「あそこかぁ」みたいな感じだ。
どうやらそのミスティック・ネストなる場所は、知っている面々からするとたいそう変な場所らしい。
ちょっと興味が湧いてきた。
行きたいと思うかどうかは”変”の方向性次第だが。
『ええと、ミスティック・ネストと呼ばれている学生寮があるんです』
学生寮。
どうやらその場所は学生寮らしい。
なんでそんなどう考えても学生寮とは思えない名前、ちょっとしたダンジョンに付いてそうな名前が付いてんだよ。
どんな場所なのか全く想像がつかない。
『私がいた頃から、その、特殊な方々が入居していました』
「特殊な方々って何だ……?」
「ええっとですね……」
セラちゃんの語るその建物やそこを取り巻く環境についての説明は、頑張って言葉を選んでいることと全力でオブラートに包んでいることがよく伝わってきた。
少しでも気を緩めると酷い表現を口走りそうになるとかそんな感じ。
まあそれはさておき内容はこうだ。
この学園に入学した者たちは皆、在学中に自分に合ったスタイルを模索していく。
多くは武技や魔法の得意分野であったり学び方の模索だが、生活や食事の工夫まで始める変わり者も存在している。
そしてその中でも特に突拍子もないことを言い始める者たち。
曰く、魔法の研鑽のためには物欲など無駄。
曰く、自然の中こそ我が住処、貴族としての生活など必要ない。
曰く、神の言葉を聞いた故にそれに従い生きる。
曰く、世界の真理があとちょっとで見えそう。
そんな変人……もはや適切な表現をすると罵倒になってしまいかねない者たちは種族や出自、平民か貴族かすらも関係なく何故か必ず定期的に発生する。
そして彼ら彼女らは皆、自らが満足するまで卒業しない。
十年や二十年は平気で学生として居座るのだ。
そう言った者たちが暮らしているのが通称ミスティック・ネスト。
本来の名前はとうの昔に忘れ去られた学生寮である。
「明日、そちらに向かいますわよ!」
おもむろに立ち上がり、力強くそう宣言したウェンディのことなどもう誰も止められないだろう。
そして俺は今現在猛烈に嫌な予感を感じているが、参加しないという選択肢は与えてもらえないだろう。




