第一章:その11
「失礼します」
俺のいるテントに少尉、そしてロンズデイルがやってきたのはそれからしばらくしてのこと。
「あの……なんかありました?」
俺は二人の表情がやけに険しいことに不安を覚える。
まさか俺何かやらかしたんだろうか、何も心当たりは……勝手に戦闘見物に行ったな。
「いえ、少しベルガーン様にお伺いしたいことがありまして」
「勝手に出歩くな」みたいなことを強めに言われると思って身構えていたがどうやら俺じゃなかった、セーフ。
『サンドワームの群れのことか』
「……『サンドワームの群れのことか』だそうです」
通訳するのを一瞬忘れそうになりつつ、ロンズデイルにベルガーンの言葉を伝える。
どうも少尉にはベルガーンの姿が見えているせいもあって、他の人には見えないということを失念しそうになる。
まあこういう場面で俺が反応しなかったら、たぶん代わりに少尉が通訳してくれるんだろうとは思うけども。
見える見えないはどういう基準なのか、忘れなかったら今度聞こう。
「話が早くて助かります」
話を戻そう。
ロンズデイルによれば、今の時代でもやはりサンドワームほどの大型魔獣が群れで現れる例は一般的ではないらしい。
それ故過去にあった習性、あるいはこの地域特有の習性かどうかをベルガーンに確認しに来たんだそうだ。
ベルガーンの答えは先程俺に言ったのと同じく『見たことが無い』である。
なんでも大型の魔獣は縄張り意識が強く、縄張りに入ってきたものは同じタイプの魔獣であっても躊躇なく襲うのが普通とのこと。
それも追い払うとかでなく殺しにかかるとかで……魔獣の生態怖いな。
「なるほど、ありがとうございました」
深々と頭を下げ、足早にテントを出ていくロンズデイル。
その後ろ姿からは、心なしか焦りのようなものが感じられた。
いつも落ち着いてそうなイメージだっただけに新鮮さを感じるとともに、事態の悪さを察してしまう。
「キミ、この世界で行く当てとかあるの?」
「え、何ですか突然」
その時少尉から投げかけられた問いは、全くもって突然かつ想定外のもの。
なんで今そんなことを?と素で思ってしまった。
だが改めて考えてみると、それは何よりもまず考えておかなければならない事案。
この世界に来てからあまりにも目まぐるしく時間が過ぎ、そして寝食に苦労しなかったせいもあって全く考慮してなかったが……俺には行く当てというものがまったくないし、何ならベルガーンにもない。
「とりあえず帝国には来てもらうことにはなるんだけど」
少尉によると、ひとまず俺の身柄は「遺跡からの出土品」みたいな扱いで帝国に連行されることになっているそうだ。
当たり前の話だが遺跡から人が出た例など過去に存在しないため、俺はこれから様々な検査や聴取を受けることになる。
さすがにどんなことをされるかまでは少尉もわからないとのことだが「たぶんそう酷い扱いはされないと思う」とは言っていた。
たぶんかあ、とは思うがそこは仕方がない。
俺には帝国軍と一緒にいる以外の選択肢がないのだ。
こんな砂漠のど真ん中ではどこに行くこともできないし、放逐されたら死ぬ。
俺にできるのはまともな扱いをされるよう祈りつつ指示に従うことだけ。
「そのあとどうするつもりなのかと思ってね」
先程の少尉の問いかけはそれを踏まえた上での未来の話だったようだが……正直全く思い浮かばない。
行く当てもなければ無事に解放される保証もないというのはさておき、俺はこの世界のことをまだほとんど知らないのだ。
知っているのはせいぜい昨日ロンズデイルから説明された”触り”のみ。
俺が知る限り異世界モノは旅に出たり成り上がったりいろいろな展開がある。
しかしいざ自分がとなると何をしたらいいのか、何が出来るのかがわからない。
「なんかオススメある?」
『貴様の世界に戻る方法を探すのではないのか』
ベルガーンにアドバイスを求めたところ、返ってきたのは驚いたとも呆れ返ったとも取れる表情と言葉。
素で忘れてたが、言われてみればそれが普通……というか本来の目的だった気がする。
『もっとも、この世界の居心地が良いというならここで自由にすれば良い』
正直に言ってしまうと、俺は元の世界に対する未練らしきものは特にない。
せいぜい終わってないゲームがあるとか続きが気になる漫画があるとかそんな程度。
家族もおらず独りで、仕事に追われるだけの毎日を送ってきたのが原因だろう。
一方でこの世界の居心地は……今のところ良い、飯も美味いし。
今後どうなるかはわからないが、戻るにしてももう少しこの世界を探索してみたいなどとは思っている。
「そういうわけでもう少し考えさせてください」
「私はいいんだけど……キミ、逞しいよね」
これは誉められてるんだろうか。
言葉的にはポジティブだが、少尉の顔が半笑いなせいでいまいち判断に困る。
というかこの世界に来てからこの手の評価を良く受けるようになった気がするんだが一体何なんだろう。
元の世界では言われたことないのに。
……まあ考えても仕方ないな、ポジティブに捉えよう。
「にしてもなんでそんな話を?もう帰るんですか?」
「早ければ明日にも撤収だと思う」
ずいぶん急だな、と思った。
というより明日は「俺の体調に問題なければまた考古学者相手の質問会がある」みたいな予定だったはずなんだが。
いや断じて楽しみにはしていないし開催されないならむしろホッとする。
「これ以上の滞在は危険って少佐は判断したみたいだからね。あの人、そういう決断に躊躇がないんだよ」
少尉によれば、ロンズデイルという人物はやたらと決断が早いらしい。
押すも引くも即断即決、明確な命令違反でなければ自身の裁量権を逸脱しても構わないと思っている節すらあるそうだ。
今回撤収を前倒しすることになった原因は、群れるはずのない大型魔獣が群れで現れたこと。
しかも種の違うサンドストーカーまでもがそれに含まれる可能性があることから、今の戦力でここに居座るのは危険と判断したようだ。
『もしあれ以上の数が来れば、ということだな』
「そういうこと」
先程見たところ歩兵や銃座のついた車両みたいなのはけっこういるようだが、あいつらに大型魔獣の相手をさせるのはどう考えても荷が勝ちすぎる。
できるのはせいぜい”アームド”のサポートくらいのものか。
そしてその”アームド”ですら数で押されると無理っぽいし……「何か起こる前に」という判断は適切だろうと思う。
こういう時に損切りが出来ず引っ張って大損害を出すのはコンコルド効果とか言うんだっけか。
それをすっぱり見切れるのは、さすが”できる男”と言ったところか。