第六章:ある男の微睡
私の人生は、成功が約束されていたはずだった。
名門公爵家の長男として生を受け、学業も武芸も魔法も人並み以上と評価を受けていた。
”ワンド”の召喚もとうに済ませている。
だから学園には学びのために入学した訳ではない。
将来のために交友関係を広げること、自身の存在を誇示すること。
私はそのために学園に入ったのだ。
特にオーモンド公爵令嬢、メアリ・オーモンドとの繋がりを作りたかった。
家同士は属する派閥も違い、良い関係とは言いがたい。
しかし私としてはむしろ、後々両家の関係改善や派閥の再編などのために必要なことと考えていた。
どうしようもない変人だという噂は聞いていたが、見た目はとても可愛らしい。
並んで歩きでもすれば、さぞや注目を集めることだろう。
そんな夢も見た。
しかしいざ学園生活が始まってみれば、公爵令嬢の周りには常に邪魔者がいた。
特筆すべきものが何も無い、顔も平たくみすぼらしい平民。
にもかかわらず美しい護衛とメイドを侍らせ、貴族寮の一番いい部屋をあてがわれた謎の男。
見た目にも言動にも品格や学が感じられないその男に何故か公爵令嬢は良く懐いていた。
しかもこれまた何故か、学園の教授陣は皆その男に熱狂していたのだ。
私を適当に扱って、その男との会話を優先する程度には、だ。
私の我慢が限界に達したのは、”ワンド”召喚の実技だ。
事前に”ワンド”の召喚を済ませ、また家格が一番上の私が皆の見本として紹介されるのが当然と思っていた。
ところが見本として前に出たのは、例の男だった。
しかもそれを多くの教授たちが期待し、見物のために集まったのだという。
意味が理解できなかった。
私のほうが上手くやれるに決まっているのに、そう思った。
だがその自信は、男が召喚した”ワンド”を見た瞬間吹き飛んだ。
見たことのない意匠に、光り輝く金色。
周囲も驚愕し、それに目を奪われていた。
私の仲間たちでさえも。
もう誰も私のことなど見てはいなかった。
───化けの皮を剥がしてやる。
そんな気持ちが湧いてきた、とても強く。
だから私は男に勝負を挑んだ。
話を持ちかけた時の男のめんどくさそうな表情にも、男の代わりと言わんばかりに私に怒りを向けてきた公爵令嬢にも腹が立った。
そして紆余曲折の末始まった勝負で、私の仲間たちが完膚なきまでに負けた。
理不尽、そう、男の”ワンド”は理不尽だった。
強力な魔法障壁により、攻撃が一切通じない。
挙句の果てには空を飛ぶ。
男は明らかに戦闘も魔法も素人、動きは話にならないといっていい。
そんな素人が同調しているにも関わらず、その”ワンド”は絶対的強者だった。
怖くなった。
次は私が挑んで当然とでもいうような空気だったが、とてもではないがそんな気は湧いてこなかった。
やむを得ず私は、ある男を頼った。
ヘンリー・ウォルコット。
まず家を継ぐことはないだろうと言われている、剣しか取り柄のない伯爵家の次男坊だ。
とはいえこの男の剣技は私も認めるところ。
「彼ならば」とそう考えた。
だが待っていたのは、さらなる理不尽だった。
ウォルコット卿が手も足も出せずに敗北したのだ。
魔王とは何だ。
ウォルコット卿を赤子のように扱うほどに強い存在とは、一体何なんだ。
その日から私は、魔王と呼ばれる存在について徹底的に調べた。
既に立場を失っていた学園生活などどうでもよかった。
むしろ現状をひっくり返すためにもコレが必要だと自分に発破をかけ、必死に調べたのだ。
そんなある時、随分と数を減らした仲間の一人がある話を持ってきた。
学園探検部、数年前に揃って行方不明になった連中に関する話だ。
───連中は実は邪教を信奉する集団であり、行方不明になったのは邪神召喚だか力を得るだかの儀式に失敗したせいだ。
───そいつらがやろうとした儀式について書かれたノートを見つけた。
胡散臭いにも程がある話だったが、私はそれに飛びついた。
何しろ平民の男も、それと共にいるらしい魔王も十分に胡散臭い。
「そういうのもあるんだろう」そう思うのは致し方ないことだ。
そして儀式を執り行う日、夜の貴族部校舎前に集まったのは僅か三人。
もうこれだけかとガッカリしたし、情報を持ってきた者が逃げた事には腹が立った。
「まるで存在感のない空気のような輩だった」などとららしくなく口に出して怒った。
儀式を執り行ったのは第二魔導実験室。
過去に学園探検部の連中がやったのと同じ場所だ。
私たちはそこでノートに書いてあるとおりに儀式魔法を組み上げ、そして光に包まれた。
その後のことは、夢のようにぼんやりしていて上手く思い出せない。
どこか奇妙な場所で、例の金色の”ワンド”を空から叩き落としたような気がする。
ざまあみろ、と思ったような気がする。
そして今現在───私は深い深い闇の中にいる。
何も見えず、何も聞こえず、身体もまるで動かない。
ただ時折何かが身体の中を這い回っているような悪寒と、痛みだけが走る。
叫ぼうにも声すら出ない。
私はそんな状態でただひたすら思考している。
私はどこで間違えた。
私の何が悪かったんだ、と。
仕事が忙しく、間が空いてしまいました。
またのんびり投稿していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。