第六章:帝国の或る平穏な一日
私の名前はウィンストン・ローレル。
名門ローレル公爵家の当主であり、現在は帝国の宰相も務めているとても偉い男である。
我が帝国が誇る知の殿堂、アーカニア魔導学園。
国内外から優れた叡智が集い、知識を共有し、高め合い、そして国民に教育という形で継承していく場所。
私を含め多くの貴族、商人や軍人たちがそこを巣立った。
卒業した者は皆、様々な形で帝国を支えている。
我々にとっての誇りであり、何物にも代え難い財産であり、そして帝国の根幹と言っても過言ではない場所。
それが今、未曾有の危機に直面している。
何でも狭間───私にとっては見たことも聞いたこともない場所に繋がる穴だか道だかが発生しているらしい。
夜中に叩き起こされてその説明を受けたとき、私は小説とか童話の物語を聞かされているのかと思った。
というか「これは夢に違いない、もう一度寝よう」と布団に潜ったら怒られて、ようやく現実だと認識したくらいだ。
あの時の部下の顔は正直怖かった。
とりあえずすぐさま貴族部校舎を閉鎖して軍や王宮から人員を派遣、今は調査中の段階だ。
閉鎖が解かれるのはいつになるか、現時点ではまるでわからない。
どうしてこんなことに……と思いながら次々もたらされる報告を聞いていると、どうもいつもの異世界人が関わっているらしいということがわかった。
何でもヨークシャー辺境伯家の令嬢を中心に結成された、学園七不思議部なる珍奇な活動の最中にその穴だか道だか空間の歪みだかを発見、狭間に飛ばされて得体の知れない怪物どもと戦った後帰還したらしい。
意味が良くわからない。
しかもオーモンド公爵家の令嬢とウォルコット伯爵家の次男坊も一緒だった上に、狭間でサウスゲイト公爵家の令息とその取り巻き二人を拾ってきたんだそうだ。
どうやら思ったより帝国を揺るがす大事件だったらしいと理解して目眩がした。
なんでこんなに有力貴族の令嬢令息が大量に関わってるんだ。
ちなみにサウスゲイト公爵家の令息たち三人は現在、非常に危険な状態だ。
未だに意識が戻らない彼らを診た医師によると、体内を巡っている魔力が汚泥か何かのように変質し、それが肉体すらも蝕んでいるらしい。
意識が戻るかは五分五分、仮に戻ったとしても健康体に戻れる可能性は低い。
さらに魔導師としてはまず間違いなく再起不能だろうという報告を受けている。
何があったのかはさっぱりわからないが、彼らの家にとっても痛手だろう。
跡継ぎ問題などに発展する可能性もあるので、注意が必要だ。
というかあの異世界人が来てからすごい色々起こってるんだが、大丈夫なのだろうか。
正直追い出したほうがいいんじゃないかと思う。
まあ皇帝陛下が異様に気に入っているので、おそらくというか間違いなく無理なのだが。
「……次は、何だ?」
もう、何が起こるのは既定路線のような気しかしない。
いつ起こるか、何が起こるかだけ事前に知れないだろうか。
私はそんなことを考えながら最近処方されだした胃薬を口に含み、水で流し込んだ。