第六章:その26
そんなわけで俺たちは再び歩き出した。
道中は”デーモン”に興味を示したヘンリーくんに対してここや”死の砂漠”での戦闘について語ったり、ロン毛たち三人がなんでここにいるのかを皆で考えたりと話題がそれなりにあったため重苦しい空気にはならなかった。
もしかすると、重苦しい空気にしないために皆喋っていたのかも知れん。
メアリも会話に参加してきたので、多少は落ち着いたのだろう。
まだ普段の元気な姿には程遠いが、先程までよりは顔色含めてだいぶマシになったように思える。
やっぱりこいつに元気がないと気になって仕方ないし、寂しさや物足りなさを感じてしまう。
俺ももうだいぶ毒されてきてんな。
そうして進むことしばし。
歩いた距離や時間は正直よくわからない。
長かったような気もするが、そんなでもない気もする。
「ああ良かった、ありましたわ」
先頭を行くウェンディの、どこかホッとしたような声。
ようやく着いたか、などと考えながらそちらを向いた俺の目に飛び込んできたのはは───
「なんスかこれ」
ヘンリーくんに先を越されたが、俺も同じ感想である。
何だこれは。
そこにあったのは真っ黒で巨大なモノリス。
色はまるで暗闇を切り取ったかのような黒。
この夜の中でなお際立って見えるほどに黒いそれは、果たして何でできているのだろうか。
それが石碑のように、あるいは古い映画に出てきた地球外生命体が置いていった代物のように星明かりの下、水面から突き出し静かに佇んでいる。
「これに触れれば帰れるはずですわ……」
「今小声で多分って言わなかったか?」
「気のせいではないかと」
目を逸らすな、俺の目を見て言え。
急に不安になってきたじゃねえか。
「なあこれ大丈夫か?」
『何から何まで大丈夫と保証はせぬが、我らの世界と繋がっているのは間違いなさそうだな』
何から何まで大丈夫と保証してくれ。
確かにあの世界と繋がっているというのは喜ばしいことだが、不安すぎる。
ベルガーンによればこのモノリスは、教室にあったような空間の歪みを固定化したような代物らしい。
固定化されたことで安定しているため、教室の時のように急に俺たちを飲み込んだりすることもないだろうとのこと。
『ただ何処に繋がっているかは皆目わからぬ』
「マジかよ」
心の中に燻っていた不安が元気いっぱいに燃え上がったんだが。
知らない場所に出るとか、壁の中に出るとか、そういうのはないよな?
特に後者、それだけはやめてくれ。
「仕方がありません、では私から」
ウェンディが意を決したように手を伸ばし───引っ込め、伸ばし、引っ込める。
意を決したように見えただけで、実はそうでもなかったらしい。
まあ気持ちはわかる。
子供の時は怖いもんなしだったろうけど今は違う。
ベルガーンが微妙に不安になること言っていた後だし、そりゃ躊躇うよな。
「ヨークシャー伯爵令嬢、ちょっと屈んでください」
そんな声に振り向いたウェンディは、さぞかし驚いたことだろう。
そこには自分に向かってくの字で飛んでくる、三つの人影があったのだから。
「ひゃっ!?」
情けない声を上げながら慌てて屈んだウェンディの上をそれら……ロン毛たちが通り過ぎ、モノリスに吸い込まれるようにして消える。
あいつらは相変わらず気を失ったままであり、勇気を出して飛び込んだとかそんなんでは決してない。
少尉が放り込んだのだ。
「お先に失礼します」
そう言ってモノリスに歩み寄った少尉には、周囲の「なにやってだこいつ」という視線を気に留めた様子はまるでない。
躊躇うことなくモノリスに手を伸ばし、そして吸い込まれ消えた。
「肝の据わり方がおかしい」
ロン毛たちを放り込んだことと、さっさとモノリスに手を伸ばしたこと。
どっちに対してかは自分でもよくわからないが、そんな感想が漏れた。
メアリやヘンリーくんもうんうんと頷いている。
「こ、今度こそ私が!」
ウェンディがそんな声を上げながら手を伸ばしたのを皮切りに、皆も続く。
ヘンリーくん、メアリ、セラちゃんにアンナさんという順にモノリスの中に消え、最後に俺の順番がやってきた。
「ここでやり残したこととかは大丈夫か?」
『こんな何も無い場所で何をやり残す』
「そりゃそうだ」
周囲を見回すが、やはり何も無い。
物悲しい場所だな、と改めて思う。
「帰るか」
『何処に出るかはわからぬがな』
「何でこのタイミングでそういうこと言うの?」
若干ビビりながらも俺は、他の皆と同様にモノリスに手を伸ばした。
変な場所に行きませんように、とはとりあえず祈っておく。
瞬間、何かに強く手を───身体全体を引っ張られるような感覚とともに、俺の意識は一面黒の世界へと引き込まれた。