第六章:その24
「おっ、いたいた」
少尉の後ろを飛び続けることしばらく、ようやく先を行っていたウェンディたちの姿を遠目に発見した。
俺も少尉もそれなりの速度で飛んでいたはずなのだが、たどり着くまで思ったより時間がかかったな。
おそらく魔法で脚力を強化したとかなのだろうが、短時間でこの距離を走ったとなると凄まじい。
元の世界だと世界記録間違いなしのタイムかもしれない。
魔法はドーピングに入るのだろうか。
そんなことを考えつつ、猛スピードでくの字になって空を飛ぶ相変わらず気を失ったままの三人組は果たして大丈夫なのだろうかと心配しつつ、俺は少尉に続いて水面に降り立った。
「おいどうした、大丈夫か」
そして同調を解除して水面に降り立った時まず目に入ったのは、ウェンディに抱きしめられながら泣くメアリの姿。
急いで近寄ると、わずかに顔を上げたメアリと目が合う。
その目は真っ赤で、涙がとめどなく溢れている。
これはフリとかじゃない、ガチ泣きだ。
「わかりません、突然───」
「ふぐぅ」
「こんな可愛らしく……」
本音を漏らすな。
ウェンディはまんざらでもなさそうな顔をしている。
何ならいつまでもこうしていたい、とか思ってそうな顔だ。
気持ちは若干わかるが、口にも顔にも出すな。
泣いてないほうがいいに決まってんだろ。
「恐らく緊張が緩んで……それは何です?」
補足説明をしようとしていたアンナさんだったが、こちらを見た瞬間言葉を切りとんでもなく怪訝そうな声で疑問を口にした。
その視線は同調を解き俺の隣に立った少尉に、そしてその背後にへの字で浮かぶ相変わらず気を失ったままの三人に向けられている。
「いや本当に何ですのそれ!?」
ウェンディが、素っ頓狂な声を上げた。
セラちゃんとヘンリーくんも、ウェンディに抱きしめられたままのメアリすらも、明らかに困惑している様子が見て取れる。
うんまあ気持ちはわかるとしか言いようがない。
水死体みたいなことになってる人間が三人空に浮かんでるのを見たら、誰だってそんな反応になると思う。
「拾った」
そしてそれらの疑問に対する少尉の回答は、超がつくほど雑だった。
場に沈黙が流れ、その後案の定というかなんというか俺に視線が集中する。
俺に説明しろってことだな、そうに違いない。
「実際拾ったんだよな……」
仕方なく俺は三体の”デーモン”との戦闘と、その後に浮かんできたロン毛たちについて説明したのだが、説明を聞いた皆の表情は変わらない。
皆一様に困った顔をしたままだ。
アンナさんの無表情の奥にも、かなり濃い困惑の色が見える。
これまたそりゃそうなるよなとしか言いようがない。
誰だってそーなる、俺だってそーなる。
とはいえ俺に言えることはこれ以上何もない。
俺も少尉も、こいつらが何でここにいてこんなことになっているのかについてはさっぱりわからないのだ。
とりあえず唱えておこう、私は水の中の死体に見覚えはありません。
唯一何がどうなったのか説明できる可能性のあったベルガーンも黙ったまま。
俺や他の面々が水を向けるようにそちらを見ててもそうなので、恐らくこいつにも説明不能な状況なのだろう。
コイツの場合知ってたら説明してくれるからな。
というかベルガーンは一体どうやってついてきたんだろうか。
”死の砂漠”でもそうだったが、俺はかなりのスピードで移動してるはずなのに到着したら普通に近くにいるんだよな。
”オルフェーヴル”をベルガーンに貸した際の俺の意識はサード・パーソン・シューター、所謂TPSのカメラくらいの位置に固定されていた。
前後や上下左右を向くことはできたが、動けたのはそれくらい。
要するに頭を動かす程度のことしかできなかった。
しかしベルガーンの場合は明らかに固定されていない、自由に動き回っているにも関わらず今回普通に追いついてきたのだ。
まあ魔王だから同じような速度で飛べても、腕を組みながら残像を残すような超スピードで走れても驚きはない。
むしろそういうのを見てみたいので、今度機会があったらできるかできないかだけでも聞いてみよう。
「とりあえずここから出ませんか?」
恐らく話にこれ以上の進展はないと判断したのだろう、少し沈黙が流れた後にアンナさんがそんな提案をしてきた。
俺としても反対する理由はない。
メアリが大泣きしていた理由は気になるところだが、それは間違いなく今この場ではなく後々落ち着いた場所で聞くべき話題だろう。
他の面々も異論はないようで、言葉や態度で同意を表す。
強いて言うならウェンディは、メアリから離れるのが残念そうだった。
だから気持ちはわかるが態度に出すな。