第六章:その23
───俺は水中の死体に見覚えはない。
そんな言葉がまず頭の中に浮かんだが、大変残念なことに浮かんできた三人の顔には見覚えがあった。
まあ名前は知らないというか覚えてないのでセーフ、セーフです。
「なんでこいつらが浮かんでくるんだ?」
浮かんできたのはロン毛とメガネと……こいつは空気イケメンこと取り巻き二号か?
見た目はイマイチ覚えてないから自信がない。
まあきっと恐らく取り巻き二号だろう、そうに違いない。
いずれにしても全員がずぶ濡れの服を着ていることもあって、マジで水死体にしか見えない有様だ。
ちなみにロン毛は髪の毛がワカメみたいなことになってるしメガネはメガネ未装備とアイデンティティがことごとく崩壊している。
『生きてはいるようだ』
まず近寄ったのはいつも通りベルガーン。
俺はビジュアルにドン引きしたのと、なんか近寄った瞬間ゾンビみたいに動き出しても嫌だったので二の足を踏んでいる。
ぶっちゃけ全てにおいて怖い、近づきたくない。
「……回収して帰ったほうがいい?」
「その方がいいだろうね」
少尉に問いかけてみたところ、かなり予想通りの答えが返ってきた。
そりゃそうだよな、死んでるならまだしも生きてるならこんな場所に置いてはいけないよな。
だがどうやって運ぶのだろう。
正直”魔法の杖”越しとは言え手で持つの、かなり抵抗あるんだけど。
そんな手を伸ばすどころか近づけもできないでいる俺を尻目に、少尉が三人に向けて手をかざす。
するとどうだろう、三人の身体がゆっくりと水面を離れ空中に浮かび上がったではないか。
俺は思わず拍手した。
この現象はきっと何らかの魔法によるもの。
もしかするとさっき剣を飛ばしてたのと同じ原理なのかもしれない。
俺はまだこの世界の魔法に詳しくないのでどんな魔法なのかはわからないが、絶対に少尉は難しいことをやっているという確信がある。
きっと失敗したら明後日の方向に飛んでいったり潰したりする……想像しちまった、もう考えるのはやめておこう。
「それじゃ行こうか」
そう言った少尉……白銀の騎士が空中に浮かび上がる。
どうやら少尉の方も三人組を直接抱えあげたりする気はさらさらないらしい。
大丈夫なんだろうかという不安が首をもたげたが、口に出したら間違いなく俺が運ぶ羽目になるので言わないでおこうと思う。
とりあえず俺も背中のバーニアに点火しそれに続く。
そうして空に浮かび上がりながら改めてこの”狭間”なる世界を見たが、本当に何も無い。
地上からでも空からでも変わらず、星空とそれを映す暗い水面以外の何かを視認することはできない。
遥か彼方まで、同じ光景が続いているだけだ。
さらに困るのは上も星空、下も水面に映る星空という景色のせいで注意していないと高度の感覚も上下感覚も失いかねないという点。
なんとも寂しく、そしておっかない世界だなぁなどと考える。
「あいつらどっち行ったの?」
『あの方角に向かった』
そうして俺と少尉はベルガーンの指差した方角へと飛び立つ。
正直目印も何もない中でよく方角がわかったなと思うが、そこはベルガーンだしな。
なんか俺たちにはわからないものを感じ取ってるんだろう。
というか逆にウェンディたちは果たして何を目印に動いているのだろうか。
「帰り方はわかる」みたいなことを言っていたがちゃんと帰れるのだろうか。
いくつかの心配と不安が首をもたげるが、何にしてもまずは合流してからだと先を急ぐ。
ちなみに途中で三人組の様子が気になり後ろを振り返ったところ、くの字の体勢でちゃんとついて来て……引っ張られているのが見えた。
こんな運搬方法で大丈夫なんだろうかという不安は倍増した。