第一章:その10
結論から言えば少尉……白銀の騎士は間に合った。
戦場に到達するやいなや瞬く間にサンドワームを一匹両断、その後は何とか体勢を立て直した“アームド“たちとともに残りの三匹も倒した……という具合だが、その光景は「彼女一人でも全部倒せたんだろうな」と確信できるほどに圧倒的なもの。
サンドワームたちの隙間を縫うように素早く動き回る様はまるで稲妻が走っているかのようで、剣が繰り出す一撃一撃もその印象を裏付けあるいは強化するほどに鋭い。
重装故に鈍重な“アームド“と並んでいることもあって、その凄まじさは際立っていた。
攻撃の威力自体も明らかに白銀の騎士の方が強い。
”アームド”という運用をせざるを得ない者と”ネイキッド”として素体のまま戦える者、その比較としてこれ以上わかりやすいものはないだろう。
そしてベルガーンによれば、少尉はあれだけの戦いぶりでなお全力には程遠いとのこと。
聞いた時は「マジかよすげえな」という感想になってない感想しか出てこなかった。
少尉はどんだけ強いんだ。
強くてカッコいい軍服美女エルフとか天は何物与えれば気が済むんだ、マジで完璧な存在すぎる。
難点があるとすれば俺に対してびっくりするくらい塩対応なことくらい。
いつ頃正式に名前を教えてもらえるんだろう。
「にしてもこっぴどくやられたな……」
一方で、“アームド“たちは装甲が凹んでいたり抉れていたりと酷い有り様。
まあかなり苦戦してたから当たり前ではあるんだが……「よく無事戻ってこれたな、お疲れ様」という言葉をかけたくなる。
「”魔法の杖”のダメージって乗ってる奴にも反映されるのか?」
『“ワンド“が傷を負ったから術者も負傷するということはないが、万が一魔石が破壊されれば諸共に死ぬ』
俺の疑問には、大丈夫とも大丈夫でないとも言える答えが返ってきた。
やっぱり命がけなんだなあ、と思うと少しだけ寒気がする。
やはり身近な場所で人が怪我したり死んだりするのは嫌なものだ。
それが異世界の、顔も名前も知らない兵士だとしても。
『貴様のいた世界は随分と平和だったようだな』
「悪いかよ」
『羨みこそすれ、見下したり馬鹿にしたりすることはあり得ぬ』
ベルガーンは俺を見て何かを察したらしい。
たぶん顔色悪かったり強張ってたりしたんだろうなあ。
こればっかりはどうしようもないけども。
俺は生まれも育ちも日本という平和な国。
戦争も……何なら事件の類も他の国に比べればだいぶ縁遠かったように思う。
魔獣ほど危険な存在はそもそもいない。
だから、誰かが命を賭けて戦っている光景なんてこっちの世界に来るまで見たことがなかった。
正直最初に白銀の騎士、少尉の戦いを見た時はあまりにも一方的だったこともあって緊張感は抱けず、映画でも観ているような心持ちだったように思う。
このあたりは”魔法の杖”とサンドワームの見た目に現実感がなかったこともあるかも知れない。
一方で“アームド“たちの戦いはなんというか、生々しかった。
”アームド”の見た目がまんま兵士ってこともあると思うが、ああいう「兵士が怪物に襲われるシーン」は映画とかでも苦手なんだよな。
「戻るかあ」
精神的に疲れた。
それにここにいても何が出来るわけでもなし、邪魔になるだけだろう。
……そもそも来るなと言われるとぐうの音も出ない。
「それにしても、魔獣も群れとか作るんだな」
ゲーム等のせいでデカいモンスターはあまり群れない印象があったこと、そして初めて見たサンドワームが一匹だったこと。
そのあたりが重なったせいで勝手にそういうものだと思っていたが、今回現れたのは四匹。
もしかしたらサンドストーカーも群れの一員だったのかも知れないが、含まれようが含まれまいが大所帯には違いがない。
改めてこの”死の砂漠”というのは恐ろしい場所だと認識する。
砂漠ってだけでも過酷なのにな。
『作る魔獣もいるが、サンドワームは群れを作らぬ魔獣であったはずだ』
「え?」
だが背後から返ってきたのは、意外な言葉。
振り返ればベルガーンがずいぶんと難しい顔をしている。
『余が知らぬだけか、時間と共に習性が変わっただけなら良いがな』
言いようのない不安。
その時俺の心の中に芽生えたものには、きっとそんな名前がつく。