第六章:その22
わかっていたことだが少尉は強い。
めちゃくちゃ強い。
”デーモン”三体を瞬殺だ。
俺にとっては手強い……というかもはや手も足も出ない相手だったんだが。
周囲に残っていた無数の怪物たちは少尉にビビったのか、それとも”デーモン”がやられたからなのかはわからないが蜘蛛の子を散らすように逃亡。
俺たちの周囲は再び何もいない、星空とそれを映す水面があるだけの静かな世界が戻ってきた。
勝った、第一部完。
俺何もしてないけど。
「あ、その、ありがとうございます」
”魔法の杖”に同調したままこちらに歩み寄ってくる少尉にとりあえずお礼をする。
俺も同調は解除しない、また敵が来ないとも限らないし。
「吹っ飛んでたね」
第一声はそれだった。
俺のことで合ってるよなこれ。
”デーモン”は別に吹っ飛んでないし俺のことだよな。
少尉微妙に震えてるし俺のことだな、はい確定。
いや確かに吹っ飛んだけど、まぜっ返すことないんじゃないですかね。
「アレ、キミでも勝てたよ」
「マジで?」
『時間はかかるであろうがな』
またいじられるんだろうなあと身構えていた俺にとって、二人からの言葉はまさかとしか言いようがないものだった。
ベルガーンも実際に戦った少尉も、あの三体の”デーモン”については似たような評価のようだ。
端的に言えば「弱い」。
でもそれにしたって俺でも勝てるってのは嘘だろう。
俺、手も足も出なかったし吹っ飛ばされたんだが。
『あれらの戦闘経験は貴様と大差ない』
どうも二人からすると”死の砂漠”の”デーモン”に勝てた俺ならまず勝てる相手だ、という話らしい。
判断も悪い上に”オルフェーヴル”の魔法障壁を突破できるような攻め手も持ち合わせていない、と。
「俺の心が先に折れるわ」
ただ俺も俺で戦闘経験が浅く判断に難があるため、当然ながら時間は相応にかかる。
必要なのは魔法を喰らっても触手に吹っ飛ばされてもへこたれず、何度も何度も向かっていくガッツ。
うーんできる気がしない。
何度も図太いだの鋼だの言われている俺のメンタルだが、いくら何でもそこまでのものは備わっていない。
一回吹っ飛んだ段階で悲壮感バリバリになってたので、絶対無理だと思うんだが。
「なら強くなったらいいよ」
「……善処します」
結局、そういう話になる。
弱いのが嫌なら頑張って強くなるしかない、当たり前の話だ。
もうこんな状況は御免だという気持ちと、次はうまくやりたいという気持ちが俺の中でせめぎ合っている。
だいたい半々で一進一退の攻防。
ただ、どうせ俺はこの世界にいる限りまたこんな目に遭うんだろう。
何度も何度も遭うんだろう。
なら少尉の言うように強くなろうと思う。次は頑張ろうと思う。
せめて「あの男に”オルフェーヴル”は勿体ない」とか言われない程度には。
いやもう近いことは最近ロン毛に言われてたな。
貴族のロン毛、あいつあの触手の”デーモン”見てからめっちゃ脳裏にチラつくが元気だろうか。
とりあえずそんな風に気持ちを新たにし、そろそろウェンディたちを追いかけないとなと思い至った瞬間。
ゴポリと湿った音が聞こえた。
「何だ?」
俺も、少尉も、ベルガーンも、弾かれたように音のした方……足元を見る。
そこには何事か、水面が泡立つ光景があった。
思わずその場から飛び退き、身構える。
少尉も咄嗟に剣を構え、臨戦態勢をとる。
泡立っているということはそこから何か出てくる可能性が高いのだが、この暗い水面の下がどうなっているのかは全くもって不明。
なので何が出てくるのかもまるで見当がつかない。
状況的には新たな敵が出てくる可能性が一番高いように思うが、何が出てくるにしても気味が悪い。
真っ黒い水面はまるで地面にぶちまけたコールタールのようで、そしてそれが泡立っていることにとんでもないキモさを感じる。
そうして俺たちの視線の先では泡が出る頻度が徐々に高まっていき───
一際大きな泡と音とともに三つの背中が浮かび上がってきた光景を見た俺は、慌てて目を逸らした。
きっと水死体を見つけた人はこんな気分になるんだろう。
あまりにも怖い、しばらく夢に見るかもしれない。
オルフェーヴルが来ました。
ウインバリアシオンが来ました。
昨日は昇天するかと思いました。