第六章:”強く、逞しく、美しく”
両断された”デーモン”が青黒い霧となって消える。
その瞬間、ただでさえ浮足立っていた残る二体の間にさらなる動揺が走ったのをシオンは確かに感じた。
そしてそれは明確な好機であり、”デーモン”たちにとって致命傷となりうるもの。
その隙が見逃されることは、当然ながらない。
流れるように動作を切り替えたシオンが……白銀の騎士が、二体目の”デーモン”へと接敵する。
「素人か」
刹那、対象のとった取った行動に彼女は苦笑する。
まだ何もしていない、ただ接近しただけにも関わらず”デーモン”は既に剣と魔法障壁による二重の防御を展開しているのだ。
魔法障壁は基本的に不可視だが、魔法の使用に秀でた者や生来の才能を持つ者であれば魔力の動きから発生を探知することが可能。
そして今回はまさしく”デーモン”の前面にそういった魔力の動きが見て取れる。
魔法障壁は基本的には範囲、大きさなどを調整しつつ必要な時に展開する用途が一般的。
そして当然大きさによってカバーできる範囲や魔力消費に差が出るため「盾ほどの大きさを展開し魔力消費を抑えつつ攻撃を防ぐ熟練者」と「攻撃範囲をまるで意識せずに自身の前面に壁のような魔法障壁を展開する者」のように使用者の能力や思考の差が出やすい魔法でもある。
隆夫のように無尽蔵の魔力を原資に、全方位に魔法障壁を展開し続ける者は例外中の例外。
”デーモン”たちの攻撃をサンドバッグの如く喰らい続けた彼の”ワンド”が無傷なのはこれが原因だ。
さて、今回”デーモン”が魔法障壁を展開したのは前面のみ。
範囲が無駄に広いものであるのは、相手が繰り出す攻撃をまるで想定できていないが故にだろう。
戦闘経験のなさがこれ以上ないほどに出ていると言って差し支えのない挙動。
シオンにはそれを指摘する義理も、遠慮する義理もない。
故に更に一歩を踏み込み、魔法障壁の存在しない横側から剣を突き立てた。
それで、さらに一体が青黒い霧となって消える。
シオンから見て三体の”デーモン”は、明らかに弱い。
放たれる光弾の威力や魔法障壁の強度はかつて戦った”デーモン”のそれらと遜色なく、また一番最後に現れた者の頭から生えた触手に関してはリーチや柔軟性、そして光弾を何発喰らおうが全く揺るがない隆夫の”ワンド”をはじき飛ばすほどの威力など、厄介な要素を数多く有している。
だがそれらの運用が、あまりにも拙い。
”死の砂漠”の”デーモン”は明らかに戦いに慣れている者の動きであったが、今回はまるで違う。
教科書に書いてあることをそのままやっているだけと、そんな印象を受ける。
素人に毛の生えた程度、少なくとも実戦経験はない者のそれだと断言できる挙動。
そのため想定が崩れると、即座に浮足立つ。
ずいぶんと人間じみているとシオンの目には映るが、果たしてそれら”デーモン”の個体差とでも呼ぶべきものが何によって生じるのかは彼女にはわからない。
いずれにしてもそれらの判断から、シオンは電光石火ともいえる攻撃を仕掛けた。
判断が正しかったことは、結果が証明している。
戦いのペースを完全に握り、それにまるで対応できなかった二体の”デーモン”が瞬く間に倒れた。
残るは触手の”デーモン”一体のみ。
「おっと」
一瞬前までシオンが立っていた水面を触手が強く打ち据え、大きな水飛沫が舞う。
そして続けざまに、まるで追い立てるかのように複数の触手が繰り出されるが捕まらない、当たらない。
ただ何度も水面を叩き、何度も空を切るのみだ。
そして暫くそれが繰り返された後、”デーモン”は狙いを定めるのをやめた。
点を追うのではなくひたすら四方八方に触手を振り回し、面を埋めようと試み始める。
状況的には大型魔獣の暴走に近いだろうか。
無軌道な暴れ方ではあるが、それ故に近づくことが困難となる。
そしてそれに対する対応を求められたシオンは、少々意外な行動を取る。
手にした剣をそちらに向け投擲したのだ。
”デーモン”はその行動を「手詰まりになった末の、思考を放棄したが故の雑な行動」あるいは「気を引くための囮」と判断した。
触手の一本を迎撃に向ければ事足りると、そちらに気を取られる訳にはいかないと、一瞬だけ剣に向いた意識を即座に切った。
だから見逃した。
剣が空中で突如急加速し、まるで意思があるかのように動き回り始めたことを。
そして剣が触手を搔い潜りながら自身に迫りくることに対しての反応が、完全に遅れた。
物体に魔力を込め飛ばす、ポルターガイストという魔法。
剣が自在に飛び回っているのはシオンがその魔法を用いてコントロールしているからなのだが、”デーモン”はそんなこと知る由もなく可能性としての考慮もできない。
シオンが今使っているのはそういう技術、理外の芸当なのだ。
いずれにしても完膚なきまでに虚を突かれた”デーモン”がとったのは、魔法障壁を展開しつつ身を捩り躱すという中途半端な行動。
この瞬間、”デーモン”の意識は完全に剣の方を向いていた。
魔法障壁を掠め通り過ぎていった剣が方向転換し、もう一度迫りくる光景を目で追ってしまっていた。
やむを得ない反応ではあるのだが、それによって致命的な隙が生まれた。
「素人か」
強い衝撃。
それは白銀の騎士の膝が”デーモン”の背中にめり込んだことによるもの。
完全な意識外からの攻撃故に、魔法障壁など展開されていようはずがない。
触手も今この瞬間は、完全に動きを止めていた。
強い衝撃によって”デーモン”の身体が傾ぎ、視界が揺れる。
そんな中で”デーモン”の目に映ったのはまず、美しき白銀の騎士の姿。
そして次に映ったのは、反対方向から自身に迫る一本の剣。
「剣は囮」という判断はある意味正しい。
シオンにとっての本命は、徒手での格闘戦にあったのだから。
だが十分に必殺の威力を有しながら飛び回る剣を無視することなどできるはずがない。
悲しいかな、この状況に対応するための能力や知識が”デーモン”には備わっていなかった。
それでも酷く緩やかに感じる時間経過の中、”デーモン”は必死に状況を打開する術を探す。
剣を回避する方法を、そして白銀の騎士から距離を取る方法を。
魔法障壁の展開、あるいは触手による迎撃。
辛うじていくつかの方法が浮かぶ。
だがその思考は背後から飛来した剣に胴体を、そして手刀によって首を貫かれたことにより、途切れて消えた。