第六章:その21
「キミ、やっぱりメンタル鋼で出来てるよね」
そんな言葉とともに背後から俺を追い抜いていった、銀色の輝き。
それがまるで稲妻のように、無数の光弾と触手を搔い潜りながら三体の”デーモン”に向けて進む様は見惚れるほど美しかった。
「うおわぁああああ!?」
───とはいえ、戦闘中に何かに見惚れるのは良くない。
ものの見事に呆けていた俺は、自分に向かって飛んできた攻撃に対して特に身構えることもせず微妙に……いや完全に気の抜けた心持ちのまま突っ立っていた。
そのおかげで光弾やら触手やら全弾直撃。
魔法障壁のお陰でダメージこそなかったものの、絶叫しながら吹っ飛ぶこととなった。
銀色の稲妻は”デーモン”の攻撃を打ち消しながら進んでいる訳ではないので、俺自身が何もしなければそっくりそのまま全部俺のところに飛んでくる。
当たり前の物理法則……魔法だから物理法則とは違うのかも知れないが、どっちにしても当たり前の事が起こったわけである。
すげえびっくりした。
本当に、戦闘中に気を抜いてはいけない。
気を取り直し、先程までとは違いゆっくりと身を起こしながら顔を上げる。
そこには三体の”デーモン”を相手取り斬り結ぶ白銀の騎士の姿。
その”魔法の杖”が誰のものかなど考えるまでもない。
俺が見惚れるほど美しく戦う人物など、一人しかいないのだから。
『あとはクロップに任せよ』
そして、今度はベルガーンの声。
それが聞こえた瞬間、俺は本格的に脱力しかけた。
生身だったらへたり込んでたんじゃないかと思う。
ホッとした、心底ホッとした。
どうやら俺はかなりこの魔王の存在を頼りにしていたらしい。
ありとあらゆる場面でだが、特に戦闘時は本当にこいつがいないとキツい。
今回でそれが身に沁みた。
「どこ行ってたんだお前」
『初め現れた二体の他にもう一体、隠れている気配があったのでな』
なるほど、どこにいるか探ってた、もしくは見極めようとしていたと。
そりゃ俺から少し離れてたほうがいいだろうな。
そしてその隠れていたロン毛デーモンは早々に出てきたので少尉を連れて戻ってきたと。
なるほど、俺は完全に囮じゃねーか。
いや囮とか殿を買って出たのは俺自身なんだが。
そういう想定してない使われ方は釈然としないといいますか。
「てか少尉に任せろって、大丈夫なのか?」
デーモンの数は三体。
いくらなんでも多すぎやしないかだとか、何ができるかはわからないが俺も行ったほうがいいのではないかなどと考える。
『問題なかろう、あの”デーモン”どもは砂漠で貴様が戦ったものより弱い』
「マジで?」
だがベルガーンから返ってきたのは、そんな心配を一蹴する意外な言葉。
そして半信半疑で前を見れば、そこには確かにその言葉を裏付けるような光景があった。
”デーモン”たちが繰り出す無数の光弾に触手、あるいは剣による物理攻撃、そのどれもが少尉には当たらない。
何なら当たる気配がないとすら言い切れる。
対する少尉の攻撃はというと、合間合間に放つもののことごとくが相手を捉えている。
まだ直接的なダメージこそ入っていないようだが、”デーモン”側の対応は回避にしろ剣や魔法障壁による防御にしろ「辛うじて」とか「なんとか」とかそんな修飾語がつく状況。
少しずつ、そして確実に少尉の攻撃回数が増えている上に”デーモン”たちは俺が見てわかるほどに浮足立っているので、正直そのあたりも時間の問題だろう。
『意味もなく数をバラ撒いているだけの攻撃など、当たりはすまい』
ベルガーンはさも当たり前のことのように言うが、俺にとってそれは超絶技巧以外の何物でもない。
やり方を教わったところで俺がそれをできるようになることはないだろうという確信がある。
「少尉って、強いんだな……」
少尉が強いこと自体は、以前からわかっていたことだ。
だがたぶん現実は、俺の想定や想像を上回るものだったのだろう。
まるで雲の合間を走る稲妻。
あまりにも速く、あまりにも強い。
物語の英雄を実際に目にしたら、こんな気持ちになるのかもしれないと思う。
やはり少尉の戦いは、見惚れるほど美しい。
そんなことをぼんやりと、突っ立ったまま考えていた俺の視線の先で状況が動く。
少尉の蹴りがついに一体の”デーモン”を捉え、その身体を傾かせる。
そして”デーモン”が体勢を立て直すより早く、他の連中がフォローするよりも早く。
少尉がさらに一歩、深く懐に踏み込みながら放った剣閃がその胴体を真っ二つに両断した。