第六章:その20
一拍の後、周囲で盛大に水しぶきが上がる。
おそらく水面に叩きつけられたのだろうと思うが、正確なところはわからない。
状況を整理する。
何かが思いっきりぶつかって弾き飛ばされたことだけは確か。
そしてその何かは、きっと攻撃だろう。
魔法障壁のおかげで俺自身に直接的なダメージは入ってなさそうだが、衝撃はモロに来た。
魔法障壁にはダメージは入らないまでも衝撃は来る……みたいな打ち破られる前の段階があったはずなので、先程喰らった攻撃はそのくらい強力だったということだろう。
「何なんだ一体!」
誰にともなく文句を叫ぶ。
そして起き上がろうとした時、手というか腕が震えていることに気付いた。
うまく力が入らない。
心臓も過去最高、元の世界でも感じたことがないほどにバクバク言っている。
ヤバいんじゃねえかこれ。
それでも何とか起き上がろうと顔を上げた時、こちらに向かって複数の光弾が飛んでくるのが目に入った。
冗談だろ勘弁してくれ。
───着弾。
周囲で次々と閃光が炸裂し、爆発音が響く。
たぶんこれも全自動魔法障壁のおかげでダメージは入ってない……と考えたいところだが、実際のところはわからない。
例え肉体的なダメージの入らない攻撃だったとしても、心には順調にダメージが入ってくる。
それは間違いない、今俺はめっちゃ怖い。
手があれだけ震えていたのだ、もしかすると自覚がないだけで脚も小鹿ばりにプルプルしているかもしれない。
ともあれ今は体勢を整えるのが先決、倒れたままでは何もできない。
何とか身を起こし、半ば無理矢理後方へと跳ぶ。
恐らくとんでもなく不格好な動きになってるのだろうが、そんなことを気にしている余裕はない。
落ち着け落ち着けと、何度も心中で呟く。
次々と爆発が巻き起こる状況で、その程度のことで落ち着ければ苦労はしないとは思う。
それでもこの深呼吸すらできない、過呼吸まったなしの荒い呼吸を何とかせねばならん。
だがそれは許されなかった。
何とか体勢を整えつつ顔を上げた時、そこには悪化した状況があったのだから。
「増えてんじゃねーか!!」
視線の先にはなんと、三体の”デーモン”の姿。
そう、先程からいた二体の”デーモン”の他にもう一体、頭から生えた髪の毛のような長い触手をウネウネさせている奴が増えているのだ。
おそらくだが空にいた俺を叩き落としたのはこいつだろう。
殴られる直前の至近距離に迫った線、よくは見えなかったがあんな感じのなんとも言えない禍々しさを感じたし。
「クソが!」
ワンチャン数え間違いを期待したが、そんなことはない。
次から次に飛んでくる光弾に、髪の毛みたいな触手による攻撃が加わる。
「てかどうしろってんだこれ」
三体に増えた”デーモン”。
こいつらを倒せる自信が、俺には全く無い。
二体でも厳しかったであろう相手が三体とか、真剣に勘弁していただきたい。
しかも三体目、触手デーモンの攻撃はおそらく相当痛い。
何しろ”オルフェーヴル”を吹き飛ばすような攻撃だ。
先程の攻撃で魔法障壁は破られなかったが、いつか破られるかもという不安が湧いてくる。
指先がひどく冷たく感じる。
これ過呼吸の症状じゃねえか、いよいよヤバいぞ。
───逃げたい。
心の中に、割と強めにそんな言葉が浮かぶ。
別にここで尻尾巻いて逃げたところで、誰にも非難されないだろう。
そもそも俺にどうにかできるものではなかった、それだけの話なのだから。
だが、と思う。
たぶん俺はまだ全く時間を稼げていない。
とてもではないがウェンディたちが安全圏まで行ける程の時間が経ったとは思えない。
「あーちくしょう」
もう少しだけ”オルフェーヴル”を信じて戦ってみよう。
俺は弱いが、”オルフェーヴル”は最強だ。
実際やってみれば意外と戦える……かもしれない。
何故そういう結論が出るのかは、自分でもわからない。
そもそも囮というか殿を買って出た理由からしてわからない。
プライドとかそういうのではないと思う、たぶん。
”オルフェーヴル”が強すぎるせいで気が大きくなってた説はけっこう強いな。
「なんか腹立ってきたな」
明らかに余裕がある態度でこちらに向け光弾を連発してくる”デーモン”と、けっこう雑に触手を振り回している”デーモン”。
あいつらに顔があったらニヤニヤしてるだろうな、と思ったら妙に腹が立ってきた。
特に触手のやつを見ているとロン毛……名前は忘れたが貴族の方、何故だがあいつの顔が脳裏にチラつくせいでけっこうイライラする。
結局あいつのことは殴れず仕舞いだったし、憂さ晴らしにあの触手デーモン改めロン毛デーモンを殴ることにしようか。
大きく息を吸い込み、吐き出す。
ようやく深呼吸ができた。
指先はまだ冷たいような気がするが、どうやら過呼吸にはならなかったか回復したかしたようだ。
「よし」
落ち着いた……はずだ。
もう一度前を見据えれば、”デーモン”どもが放った無数の攻撃が、はっきりと見える。
俺はそちらに向け───
「キミ、やっぱりメンタル鋼で出来てるよね」
刹那、背後からそんな言葉が聞こえた。