第六章:その19
俺には自信がある。
”オルフェーヴル”は絶対無敵であり、魔法障壁を抜かれることはないという自信だ。
いやまあぶっちゃけ「どの程度の攻撃に耐えられるのかはまるでわからないのにだいぶ過信してる」という自覚はあるので、そのうち痛い目をみる日が来るかもしれないが。
それだけ自信があっても、攻撃を食らったらビビる。
剣だろうが魔法だろうが、その攻撃が強かろうが弱かろうが、ビビるもんはビビる。
現に俺の心臓は今バックバクだ。
果たしてこれに慣れる日って来るんだろうか。
『貴様は妙なところで思い切りが良くなるな』
感心した、とでも言いたげなベルガーンの言葉。
”デーモン”が放った光弾を俺は回避せず、そのせいで全弾が見事に命中した。
とはいえそれは自信を持って判断したとか勇気を持って決断したとか、そういう立派な理由によるものではない。
「避けたら流れ弾やら爆風やらで周りの皆に被害がでないだろうか」などと考えているうちに回避の機会を逸し、歯を食いしばって受け止めるしかなくなったというのが正しい。
要するに迷いに迷って最後まで決断できなかった、というだけの話だ。
それでも褒められて……たぶん褒められたんだと思うが、悪い気はしない。
攻撃を食らうことに対しては悪い気しかしないが。
「ああもうちくしょう!」
俺は一度軽く空へ飛び上がり、そこからバーニアダッシュで”デーモン”たちの方へと突っ込んだ。
これでKOされてくんねえかなと思って敢行した雑な体当たりだったが、さすがに距離が離れすぎていたせいかあっさりと回避されてしまった。
「先に行ってろ!後から追いかける!」
柄ではない、全くもって柄ではないがここは俺が敵を引き付けるべき状況だと判断する。
今”魔法の杖”の準備ができているのは俺だけ。
この二体の”デーモン”を相手取れるのは俺だけだ。
ならばやるしかない。
というか言ってから気付いたけどこれ死ぬやつのセリフのような気がする。
突然不安が倍増したが大丈夫だろうか。
チラリと視線を向ければ皆は俺の言葉に納得してくれたのか、反対の方向に向かって敵の群れを蹴散らしながら駆け出していた。
ウェンディの言う出口があるのがあっちなのかはわからないが、とりあえず一安心といったところだろうか。
「というか何で”デーモン”がいるんだよ!」
一方で俺自身の状況については、正直言って安心には程遠い。
一体だけなら以前と同じく今回も”オルフェーヴル”のスペックゴリ押しで行けたかもしれないが、残念ながら今回は二体だ。
戦闘も喧嘩も素人である俺にはだいぶ荷が重そうな予感しかしない。
しかもその予感を裏付けるかのように、”デーモン”二体は俺との距離を取る。
そして放たれる光弾。
この野郎ども、引き撃ちを選択しやがった。
まるで俺が接近戦しかできないことを知ってるかのようじゃねぇか。
手元のその剣は飾りか、お洒落なアクセサリーかと問いたい。
このような引き撃ち……遠距離から延々魔法を放ってくる相手との戦闘は今回が初めてというわけではないし、数の上でも以前テロリストの仲間の”魔法の杖”と戦った時のほうが多かった。
だがあの時のロケーションは深い森の中。
行動が制限されている敵と空が飛べる俺というかなり俺有利な状況での戦闘だったが今回は違う。
見渡す限りの水面に、遮蔽物も障害物もゼロ。
”デーモン”の行動を遮るものは何もない。
突っ込んでいけば逃げるし妨害も飛んでくるという厄介極まる状況だ。
「何をどうしたらいいんだこれ!」
問いに対する返答はない。
その段になってようやく気付いたが、いつも周囲に感じていたベルガーンの気配が存在しない。
なんでだよ、なんでこんな大事なタイミングで留守なんだ。
というかさっきまでいたはずなのにいつの間に、どこに行った。
取り急ぎアドバイスをくれ、もしくは代わってくれ。
「あーもうクソが!」
独り言は増えるし口も悪くなる。
気分は慣れないゲームのソロプレイ、俺に攻略サイトを見せてくれ。
とはいえ泣き言や文句ばかり言ってても仕方がない。
できること、思いついたことは全てやろうと決意した俺は背中のバーニアを点火し空へと舞い上がる。
そして必殺の日曜午前九時キックを放とうとした時、視界の端にそれが見えた。
一本の長い線。
それが一瞬だけ、星明かりを反射して煌めいたのが見えたのは奇跡なんじゃないかと思う。
咄嗟に空中でガードの体勢を取る。
それを”攻撃”だと思った理由はわからない。
ただその線が猛スピードで俺に向かってきているように感じ、反射的にそうしただけなのかもしれない。
直後に「避ければ良かった」という思考も浮かび、そして消える。
どちらが正解かなど俺にはわからないのだから。
そして強い衝撃が走り、俺の身体は……”オルフェーヴル”は、ものの見事にかっ飛ばされた。