第六章:その15
突然の激しい光に眩んだ目。
それが徐々に回復し周囲が見渡せるようになった時に感じたのは、何よりも困惑だった。
「え、どこッスかここ」
ヘンリーくんの困惑した声。
無理もないと思う。
目の前に広がるのは、直前までいた第二魔導実験室のそれとはまったく異なる景色なのだから。
空には満天の星空。
地にはそれを映す暗い水面がどこまでも続く。
まるで星空の中にいるような感覚すら覚える不思議な場所。
そこに俺たちは今、立っている。
第二魔導実験室にいたメンバーは俺、メアリ、ウェンディ、ヘンリーくんにセラちゃん、少尉とアンナさんにベルガーンもちゃんといる。
とりあえずは全員が揃っていることに安堵。
この手の転移はいろんな場所にバラバラで飛ばされるケースをよく見るが、それは避けられたようで何よりだ。
あの手のイベント嫌いなんだよ。
話を周囲の景色に戻そう。
思い出されるのは昔見た、夜の塩湖を写した写真。
感覚的にはあれに近いように思う。
足下の水を味見してしょっぱければ確定するんだろうが、さすがに得体の知れない液体を舐めるのは抵抗がある。
実は赤い液体でした、とかだったら嫌だし……。
「もしかしてここ、”狭間”か?」
そして俺の中にあるもう一つの心当たり。
それは俺がベルガーンと出会った”世界の狭間”なる空間。
もちろん差異はある。
あの空間は上も下もわからなかったのに対し、ここは星空と水面という明確な上下が存在するのだ。
それでも頭上に広がる星空から受ける感覚は、かなりあの空間に近いような気がした。
『余と貴様とが出会った場所よりはかなり浅いが、おそらくはそうだろう』
当たった。
当たったが全然嬉しくない。
むしろ外れて欲しかった予想だ。
というか俺は寝ぼけて暴走した魔力のせいでそんな深いところまで行ったのか。
深さの程度に関してはさっぱりわからないが恐ろしい話だ、ベルガーンに出会えなかったらと思うとゾワッとする。
「ねータカオ、”狭間”って何?」
「”狭間”ってのはな……一体何なんだろうな……」
「ウケる、知らないんじゃん」
メアリに笑われた。
仕方ないだろう、実際知らないんだから。
俺に聞くほうが間違ってる、ベルガーンに聞けベルガーンに。
『”狭間”とは、実世界から隔絶された虚無の地平だ』
そのベルガーンに対して助けを求めるように視線を送ったところ、今回は特に呆れられるでもなく説明をしてくれた。
普段からこうしてほしいんだが普段は俺の何がいけないんだ。
挙動か?挙動だろうな。
『禁忌に分類される儀式や魔法を行使してたどり着く場所……何があるのか、何故目指すのかは余の時代ですら判然としなかったがな』
とはいえベルガーンでも”狭間”についてはある程度のことしか知らないようだ。
そして「ベルガーンでも詳しくは知らない」という事実は割と不安を煽る。
改めて周囲を見渡せば、見える範囲には何もないし進めば何かがあるようにも思えない。
嫌な場所だな、と思う。
きっと俺たち人間にとっては本来宇宙空間ばりに縁遠い場所なのだろう。
間違っても生きていける場所ではないはずだ。
「とりあえず俺が例の次元の壁を破る魔法唱えれば帰れるのか?」
『うむ』
とりあえずは一安心。
俺の魔力なら所謂「もっと深い場所」からも帰れたので、この場所が浅いというなら余裕だろう。
問題は呪文を完全に忘れたことだが。
仕方ないだろう、一回しか唱えてない上にその後覚えることがめちゃくちゃ多かったんだから。
「帰る方法なら存じておりますわ」
皆が一斉に声の主、ウェンディの方を見る。
あまりにも意外な発言が、意外な奴から飛び出した。
その意外さたるや、ベルガーンですら怪訝な表情を浮かべるほどだ。
「わたくし、一度ここに来たことがありますの」
そして続けざまに放たれた言葉は、さらに予想外だった。