第六章その14
セラちゃんに案内され向かったのは、地下にある教室のひとつ。
何で地下にまで教室作ってんだよと思って聞いてみたら、薬品だの魔法の品だのあんまり外気や日光に触れさせたくない物を保管したり使ったりするらしい。
そのせいかなんか空気がひんやりしててお誂え向きな雰囲気、セラちゃんに出会う前に来てたらもっと怖かっただろうと思う雰囲気である。
ガチ幽霊に会ったせいで怖くなくなるってのも変な話だが。
『ここです』
そうしてたどり着いたのは、第二魔導実験室と書かれた教室の前。
「これは……」
俺は魔法に関する語彙が全く無いので、目の前の扉から感じるものを上手く言語化することができない。
とりあえずそんな足りない語彙で説明するとしたら「違和感だとか圧迫感だとか空気が淀んでいるだとか、そういった感覚が扉越しに伝わってくる」とかいう感じになるだろうか。
何にしても扉の向こうには何か、間違いなくよろしくない代物が存在していると、それだけは確信をもって言える。
そして他の面々もどうやら俺と同じようなものを感じ取っているらしく、皆一様に表情を強張らせながら実験室の扉を見つめている。
ウェンディとメアリですら動かないのだから相当だろう。
「皆様はお下がりください」
俺たちがどうしたものかと顔を見合わせる中、前に出たのは少尉とアンナさん。
いつもとは違う、明らかに仕事モードに入ったと思しき雰囲気の二人だ。
「開けて大丈夫なのか……?」
『わからぬな』
ベルガーンに問いかけるも、明確な答えは返ってこない。
と言うよりいつもは率先して中に入っていくはずのベルガーンがまだここにいるということは、こいつも室内を警戒しているのだろう。
個人的には一旦引き返して人呼んできた方がいいんじゃないかと思う。
ただそんな俺ですら考えることは、当然少尉たちも考えているはずだ。
今扉を開けて室内を見ようとしているのは、きっとその必要があるからなのだろう。
そして少尉が扉に手をかけ、一気に開いた。
「何だあれ」
少尉の肩越しに見えた、部屋の中央に存在するものを俺は最初鏡だと思った。
淡い光を放ち周囲の景色を、俺たちの姿を映す何か。
だがすぐにそれは鏡ではなく、それどころかモノですらないということに気付く。
『空間が歪んでいるな』
そう言ったベルガーンの声のトーンは、心なしかいつもより低い。
こいつの声音に明確な警戒の色が混じるというのは珍しいことだ。
恐らく”死の砂漠”以来だろう。
───部屋の中央には、何もない。
まるで液体金属のようにゆらゆらと揺れ、僅かに光を放っているのは、空間の歪み。
不定形なのは当たり前だ。そもそも形など存在しないのだから。
ゲームなんかだと間違いなく別な場所に飛ばされる、ワープするエフェクトに似た何か。
そしてそれは、セラちゃんの言を信じるなら実際別な場所に繋がっているらしい。
「今日はここまでにいたしましょう」
その発言の主はウェンディだった。
目の前にある現象はまさに不可思議、彼女が探し求めていたものであると言って間違いないだろう。
しかしそれに喜ぶ様子も、これまでのように無遠慮に近寄る素振りも見られない。
彼女は距離を置き静かに、真剣な表情でそれを見つめている。
「戻り次第学園に”これ”の存在を伝えておきます」
これは明らかに自分たちの手に余るとでも考えたのだろうか。
これまでは猪の擬人化か何かなのかと問いたくなる程度には言動も行動も猪突猛進だったが、どうやら止まるべきところではきちんと止まるらしい。
もしかすると熊の方が近いかも知れんな。
部室の扉に「熊出没注意」ってプレートぶら下げてたし。
「ではセラさん、ここで行われていた儀式というものについて詳しく───」
果たして「言うことができなかった」なのか「聞くことができなかった」なのか。
いずれにしてもその言葉は途中で途切れ、最後まで俺の耳に届くことはなかった。
突然、眩い光が俺たちを包む。
何の光かなのかはわからない。
ただ何が発した光かは、はっきりとわかる。
それまでは、ゆらゆらと揺れているだけだった空間の歪み。
それが突如として強い光を放ち、まるで大きく口を開けたかのように拡がるのを俺は見た。