第一章:その9
そして“兵士“三体と巨大なサソリの魔獣の戦闘が始まった。
かなりの距離があるにも関わらず、凄い轟音がここまで聞こえてくる。
たぶん間近で聞いたら鼓膜が一発でお亡くなりになるのではなかろうか。
音の正体は言わずもがな、”兵士”が装備した機関砲が発する銃声。
映画やゲームといったものでしか、ヘッドホン越しにしか聞いたことがない音を俺は今、実際に聞いている。
ちなみに俺は今その遠く離れた戦闘の様子を肉眼で、双眼鏡とかを使わずに見ることができているがこれは魔法の力だ。
遠くを見る、暗視、言語理解などは詠唱を必要としない簡易な魔法であり、このあたりはベルガーンを取り込んだことで勝手に発動するようになったらしい。
便利過ぎて魔法最高だなって感想しか浮かばない。
「あの魔獣はなんて名前?」
『あれはサンドストーカーという』
”兵士”たちが対峙する相手、サソリの魔獣の名前はサンドワーム同様に無難なものだった。
何ならそのまんまである。
まあ俺の予想はデススコーピオンだったので外れたんだが。
「あの連中も“魔法の杖“なのか?」
次に“兵士“たちに視線を移す。
彼らの外見は……なんというか、あまりにも量産型機だった。
”兵士”としか言いようのない、色も見た目も画一的な装甲。
武装も機関砲と盾で統一されており、全く特別感はない。
ぶっちゃけ白銀の騎士と違って動きも鈍いし、彼らから感じられるファンタジー要素は皆無と言っていい。
近未来的量産型パワードスーツ兵士。
俺の印象を言語化するとそんな感じになる。
「“アームド“って言ってね、“ワンド“に外付けの武装を施したのがあれ」
少尉によれば”魔法の杖”の性能は術者に依存するため、どうしても戦闘能力に差が出てしまうんだそう。
それを外付けの武装で強化、性能が劣る”魔法の杖”でも一定の戦闘行動が出来るようにしたのが“アームド“という運用方法らしい。
「武装しない方が強い“ワンド“はそのまま使われて、そっちは“ネイキッド“って呼ばれる」
まあ”アームド”は武器も装甲も重そうだし、素体の方が強けりゃむしろ邪魔だろうな。
例えば白銀の騎士に俊敏さを犠牲にしてまで装備させるようなものではないってのは納得てまきる。
ちなみにこれらはベルガーンの時代にはなかった用語や考え方らしく、武装の解説なども俺よりベルガーンのほうが熱心に聞いていた。
『あれの外殻をああも容易く貫くか。銃とやらはなかなかに強力な武器のようだな』
そしてその中で何よりもベルガーンが感心していたのが、銃。
サンドストーカーの外殻は見たまんま、相当な強度があるらしいんだが既にそれは”アームド”の集中砲火を浴びて穴だらけになっている。
青黒い煙が大量に立ち上っているので、相当効いてるのは確実だ。
”アームド”が強いのは間違いない。
とはいえ少尉が「その分金がかかるけどね」と言っていたので、楽に運用できるものでもないらしい。
まああのサイズの武装を統一規格で量産してメンテナンスしながら保持するにはたぶん相当な金と資源が必要になるだろうな、というのは俺でもわかる。
ロンズデイルは帝国を「豊かで強い国」と言っていたが、まさしくそんな国だからこそ出来る運用方法なのではないかと思う。
いずれにしても俺たちがそんなふうに呑気に会話が出来る程度には、戦闘は圧倒的に”アームド”優勢だった。
恐らくサンドストーカーは、かなり厄介な魔獣に分類されるだろう。
デカくて硬い奴が弱いわけがない。
にも関わらずそれをあっさりと、三対一とはいえ完封してのけたのは率直にすげえなと思う。
事態が突如悪い方に転んだのは、その時だった。
地面から突如、勢いよく柱が生えた。
少なくとも俺にはその瞬間の光景がそう見えた。
柱に見えたものの正体はサンドワーム。
”アームド”の間近に現れたそれは彼らが反応するよりも早くその胴体を振り回し、叩きつける。
それをまともに喰らった”アームド”の一体が吹き飛ばされる。
そして追い討ちをかけるように砂の中から現れたのは、さらに三匹のサンドワーム。
計四匹のサンドワームが、瞬く間に”アームド”たちを取り囲んだ。
「あれ、大丈夫なのか」
聞いておいて何だが、大丈夫には見えない。
彼らは四対三と数の上でも負けている上に、包囲されている。
しかも砂上や砂中を自在に動き回るサンドワームに対して”アームド”ははっきり言って鈍重ときた。
反撃自体はできているようだが、吹き飛ばされ食らいつかれ、与えるダメージより食らう被害の方が余程甚大に見える。
今は頑丈な装甲のおかげで致命傷は免れているが、あんな状況でいつまでも持つとはは思えない。
「行ってくる」
不意に、少尉が一歩前に出る。
彼女は何か光るものをかざし、何か呪文を唱えているように見えたが……俺にはそのどちらもが、理解できない。
「なんだあ!?」
だが、結果だけは俺にも理解できるものが起こる。
突如として目の前に現れたのは、白銀の騎士。
俺がこの世界で初めて見た”魔法の杖”であり、どうしようもなく見惚れた存在が、跪くような体勢でそこにいた。
少尉は淀みのない動作でその背に触れ━━━まるで溶け込むように消えた。
『“ワンド“はああして呼び出し、同化する』
驚き、固まっていた俺にベルガーンが状況を説明してくれる。
なるほどファンタジーだ。
というかまさかの事態が起こった。
少尉が白銀の騎士の……呼び名はパイロットで良いんだろうか、とりあえずそんな感じの”中の人”だったとか驚き以外の何物でもない。
というか白銀の騎士は外面と内面、両方とも見惚れるほど美しかったわけか、反則だろ。
他にも頭の中にはごちゃごちゃした思考がある。
少尉に聞きたいことも山のように出来た。
だが今は、それどころじゃない。
白銀の騎士が動き出す。
歩くでもなく、走るでもなく、砂の上を滑るように疾駆する様はこれまたスマートで美しい。
「間に合ってくれ……」
だが俺の口から出た言葉は感嘆ではなく、不安。
俺の視線の先、少尉が向かう先の”アームド”たちはもはや「何とか耐えている」といった状況。
俺はただひたすらに、彼らの無事を祈った。