第六章:その13
その女の子の名前はセラフィーナ・モントゴメリー。
かつて存在した小貴族、モントゴメリー男爵家の長女である。
彼女がこの学園に在籍したのはおよそ百年前。
学力に魔力に芸術的分野にと各方面で才能を発揮した彼女は当時、類稀な俊英として扱われていたらしい。
先程の素晴らしいピアノ演奏も、彼女の素晴らしい才能の一端だ。
正直どんだけ多才だったんだよとなる。
しかしそんな彼女は卒業を迎えることなくこの世を去った。
原因は元来の身体の弱さと、それにより乗り越えることのできなかった病魔によるもの。
無事卒業することのできなかった無念。
まるでおもちゃ箱のように輝いて見えた学園での毎日への執着に似た感情。
それら強い思いと、魔力的な素養が何らかの作用を起こしたのだろうか。
彼女は死後も霊体となってこの学園に留まり続けた。
とはいえ彼女のことが見える者はいない。
声も届かず、触れられるものもほとんどないため他人との意思疎通も不可能。
そのため彼女が過ごしてきたのは孤独に耐えながら昼間はどこかに隠れ潜み、夜間は音楽室を中心に学内を彷徨い歩く日々。
在学中縁深かったピアノに触れることができたのは奇跡と言っていいだろうか。
それが音楽室でピアノを弾く幽霊の正体なわけだが、何で俺がこんなに詳しいかというと───
『すみませんすみません、お騒がせして申し訳ありません……』
目の前で心の底から申し訳なさそうに何度も頭を下げる女の子の幽霊、セラフィーナ・モントゴメリーちゃん。
現在はメアリの命名によりセラちゃんと呼ばれている彼女本人から直接話を聞いたからだ。
しかも説明中、都度アンナさんたちからの補足が入った。
どうやらセラちゃんはいまだに名前とともに記録や逸話が残っているらしく、少尉やアンナさんどころかウェンディですら名前を聞いたことがあったらしい。
偉人かなにかですか?って感じだ。
演奏終了後、ビビって震えたのは俺らではなくむしろセラちゃんの方だった。
誰もいない学園、聴衆のいない演奏会のはずだったのに拍手が聞こえたのだ。
可能性は幽霊か不審者しかいないのだからビビって当然だろう。
同じ状況ならたぶん俺もビビって腰を抜かしていたかも知れない。
ちなみに明かりには気づかなかったらしい。
俺たちも音楽室前に来てから光量を落としたってのもあるが、演奏に集中しすぎではなかろうか。
そんなわけで拍手に驚いて焦って立ち上がって逃げようとして足がもつれて転んだセラちゃんをメアリとウェンディが落ち着かせ、双方事情を説明して今に至る。
とりあえず幽霊も転ぶらしいという知見を得た。
それはそうと俺はひとつ、ずっと失念していたことがある。
それは、ベルガーンも幽霊と変わらねえだろうということだ。
ガッツリ見えてバリバリ会話できるせいで完全に除外していた。
おかげさまで、ベルガーン同様ガッツリ見えてバリバリ会話できるセラちゃんに対する恐怖心が全く無い。
綺麗さっぱり消えた。
いやまあ今後豹変して化け物みたいな見た目になったりしたらわからんけど。
ないことを祈る。
「ウウッ……私……感動いたしましたわ……!」
ウェンディは話を聞いてから……いや違うな、話の最中からずっとこんな感じ。
ハンカチ片手に泣きまくっている。
まあ確かに俺も微妙にウルッときたし、メアリなんかも目頭を押さえたりしてたからわからんでもないが。
「セラさん!私これから毎晩会いに来ますわ!」
『えぇ……?』
力強いその宣言に、セラちゃんは嬉しさ半分困惑半分といった反応。
いや困惑の割合はもっと多いかも知れん。
まあ反応に困るよな。すごくわかる。
「夜の学園に入る許可、さすがに毎日は下りないだろ」
「お金と権力でどうにかいたします!」
「えぇ……?」
金と権力て。
いや何とかするにはそれが一番だろうけどさあ。
こんねいい場面で力強く宣言するには、些か生々しすぎやしないだろうか。
その後俺たちとセラちゃんは帝国や学園の今と昔について雑談をした。
聞いたことのない固有名詞も多く、俺にはよくわからない話だったものの令嬢たちにとっては実入りのある会話であるらしい。
そしてその話の輪の中には、ヘンリーくんの姿もある。
お互いに自己紹介を始めた頃目覚めたヘンリーくんはセラちゃんを見た瞬間、気を失うどころか呼吸が止まりそうなほどビビっていたが今は平気そうだ。
こうしてみるとやはり、意思疎通ができるというのが大きいのだろう。
まあそれでも少し顔色は悪いが。
「そういえばセラちゃんは、何かこの学園で起こる不思議な出来事知らない?」
そうしていい加減時間が経った頃、俺はふと思いついた質問を投げかけてみた。
何しろ百年間もこの学園にいたのだ、なにか知っている可能性が高かろうという軽い気持ちからの問いかけ。
『ええっと……』
それに対するセラちゃんの反応は、逡巡。
適切な話題を思い出しているとか選んでいるとかそんな様子ではない。
言って大丈夫なのだろうかとでも言いたげな反応である。
『少し前に、変な儀式をやってる人たちがいました』
しばし迷った後、セラちゃんの口から出て来たのは最近の話。
『それ以来夜になるとその部屋がどこかに繋がっちゃってるみたいで』
そして、思ったよりヤバそうな話だった。