第六章:シオン・クロップとアンナ・グッドウッド
「それで、キミは何でついてきたの?」
貴族部校舎一階、女子トイレ前。
誰が中に行くかで盛り上がる隆夫と学生たちを尻目に、シオンは隣で静かに佇むアンナににそう問いかけた。
シオンが知る限り、アンナはこういったもの……所謂怪奇現象にさして興味がない。
彼女が興味を示すとすれは仕事と筋肉と格闘技あたりだけ。
それなりに長い付き合いからそう確信していたが故に、今回夜の校舎探検への同行を願い出た時は心底意外に感じたものだ。
目的と理由がわからない、と。
「万が一何かが起こっては困りますから、念の為です」
「何か心配事でもあるの」
学園は昼夜問わずしっかりとした警備で守られている。
故に学生同士のトラブルを除けば学園内で事件の類が起こったことは皆無。
そして今回はその学生同士のトラブルも起きようがない時間帯。
もちろん事故の類は起こり得るが、それに対しての警戒ならば引率は大人一人で問題はないと学園側も判断したからこそ、引率の役割を自分に押し付けて来たのだろうとシオンは考えている。
だからこそわからないし訝しむ。
「夜の校舎にか人にか、自身の知らない何かがあるのだろうか」と。
「学園探索同好会、というのは知ってますか?」
問いの答えとして返ってきたのは、聞き覚えのない集団の名前。
学園に存在する、あるいは過去に存在した部活動だろうかと考えるが、いずれにしてもシオンには全く聞き覚えのない単語。
「私達の少し前の世代にいた、七不思議部と同じようなことをしていた方々ですよ」
表情こそいつも通り一切の変化がないものの、アンナは言外に「やはり知らないのか」と言っている。
そこはかとない呆れを無表情の中ににじませながら。
「……それで、その同好会がどうしたの」
知らない原因が自身の学生時代に交友関係と呼べるものが皆無だったことに由来するのだろうと察したが故に、それに関するダメ出しを受けてはたまらないとばかりにシオンは話を進める。
「できればこの話題自体聞かなかったことにしてしまいたい」という思いはあったものの、さすがにそれが重要て聞かざるを得ない話題だということくらいは彼女にも理解できた。
「今回同様夜の校舎に入って、行方不明になったそうです」
───入った形跡はあるが、出た形跡がどこにもない。
それ故、当時夜の校舎に関して様々な憶測が飛び交っていたとアンナは続ける。
何者かが潜んでいる、誰も知らない隠し部屋がある、異界へと繋がった等々内容は枚挙にいとまがない。
そしてそれらの真偽は不明なまま。
今も判明した、解決したという話はない。
行方不明になった者たちの詳細に関してはアンナも知らない。
ただその者たちは帝国にとって、学園にとってさほど重要ではない者たちだったのだろう。
だからこそ捜索が早々に諦められ、また噂も暫くして消えたのだ。
だが今回の顔ぶれは違う。
公爵の娘に辺境伯の娘、次男とはいえ伯爵家の子息、そして帝国的に極めて重要視されている異世界人。
何か起これば一大事、比喩でもなんでもなく幾人かの首が飛ぶだろうと誰にでも簡単に予測できるメンバー。
「それでよく今回許可が下りたね」
「私もそう思います」
事件が風化して学園側に危機感がなくなったのか、あるいは渋られてなおウェンディが押し切ったのか。
おそらくはそのどちらか、あるいは両方だろうと二人は予想する。
学園関係者の引率が付かなかったことを考えれば前者の可能性が高いだろうか、とも。
視線の先ではどうやらトイレに入る者が決まったらしく、令嬢二人が入り口の方へと向かっていく。
流石に男性陣には、誰もいないとはいえ女子トイレに入るという行動自体に抵抗があったのだろうか。
「何も起こらなければ、それでよろしいのですが」
そう言いながらアンナは一歩踏み出した。
二人の令嬢に続き、トイレの中へと向かう。
「そうだね」
その後ろ姿を、シオンはなんとも言えず微妙な気持ちで眺める。
面倒事が起こらなければそれに越したことがない、それは間違いなく断言できる。
だが今回、探索中にきっと何かが起こるだろう。
そんな確信が彼女の中には存在し、それはアンナも同じ考えなのだろうと考える。
何しろ明らかにそういう星の下に生まれたと思しき男が一人、この場所にいるのだから。