第六章:その6
翌日は休みだが、寮で勉強はする。
俺はこう見えて真面目なのだ。
この年で学校に通ったり家庭教師をつけるレベルで真面目に勉強することになるとは思わなかったが。
少尉が家庭教師についてからもう一月くらいは経っただろうか。
文字の方はさすがにまだまだ時間がかかりそうな感じだが、算数的なやつの方はもうほぼできるようになったように思う。
元の世界の算数と同じようなものだったので当たり前といえば当たり前なんだけど。
「アンナさんもやっぱり学園七不思議とか知らないですよね」
休憩中、アンナさんが淹れてくれたお茶を飲みながらそんなことを聞いてみる。
お茶も茶菓子も美味い、貴族になった気分だ。
「聞いたこともありませんね……」
やはりというかなんというか、アンナさんも少尉と同じ反応。
果たして学園七不思議という概念は最近広まったのかウェンディが作り出したのか。
俺としては後者の可能性が高いと見ている。
「怖い話自体はそれなりにあったように思いますが」
「どんなのがあったんです?」
俺は怖い話も怖い体験も苦手だが、それはそれとして聞きたくはなる。
この不可思議で矛盾した欲求はどこから来るんだろう。
「中庭の石像が動くという噂がありました」
「定番ですね」
元の世界でも二宮金次郎像やら校長の銅像やらが動くとかいうのは学園ホラーの定番だった。
生憎と俺の通った学校にそういう像はなかったので体験する機会はなかったが。
いや別に体験したくはないんだけど。
「その後、実は卒業生の作ったゴーレムだったことが判明しまして……」
と思ったらまさかの展開だった。
なんでもその石像は、アンナさんたちの遥か前の世代の卒業生が作った自律型防犯用ゴーレムだったらしい。
見た目のモデルは当時の学園長。
しかしただでさえ警備のしっかりした学園に暴漢や泥棒が入ることなどごくごく稀どころか皆無に等しく、そのゴーレムが稼働する機会などほぼ無いと言っていい。
そうして稼働実績に恵まれないまま年月を重ね、ゴーレムであることも忘れ去られた頃にそれは動いた。
それも、よりによって夜中に。
その時学園内を見回っていた衛兵たちは、ただの石像だと思っていたそれが動き回る様にたいそう驚いたそうだ。
そりゃそうだろう、何ならトラウマになるわ。
「一部の教師陣や衛兵たちにはそれがゴーレムだとすぐに通達されたのですが、大半の者にはその情報が共有されず」
「ああ、なるほど……」
石像が動いたって話だけが訂正もされずに広まったのか。
ホウレンソウって大事だな。
「あとは貴族部三階奥にある開かずの間ですとか」
「それも定番ですね」
「ただ鍵が壊れてただけだったねアレ」
「えぇ……」
どこか遠い目をした少尉によるネタバラシ。
何のことはない、使わない部屋だから鍵が壊れても騒ぎにならず「誰か報告してるだろう」と思われ長期間放置されたという悲しい話だ。
誰も!報告をあげていないのである!
なんでさっきからホウレンソウに由来する、違う意味で怖い話ばっかりなんだろう。
報告連絡相談はしっかりしたほうが良い。
問題が起きてからでは遅いのだ。
「あとは夜中の校舎に現れる亡霊ですとか」
おっ、ようやく怖そうなのが来たぞ。
楽しみ半分警戒半分で思わず居住まいを正してしまう。
「研究に行き詰まった学生が死にそうな顔で徘徊してたんだよね」
「確かに怖いけどさあ……」
またオチがあった。
何なんだよこの学園。
まあそりゃ夜の校舎でそんなもん見たらビビるけどさあ。
大人しく研究室にこもっててくれよ頼むから。
「あとは───」
「いや、すいません、もういいです」
そうして怖い話の時間は終了。
俺の心には何とも言えず微妙な気持ちと、七不思議部の活動に対する漠然とした不安だけが残ることとなった。