第六章:その5
「では才能に溢れた一流の者のみがそちらの魔王ベルガーン様を目にする栄誉を得られるということですのね!」
俺たちの説明を聞き終え、目を輝かせながらそんなことを言うウェンディ。
それもめっちゃ早口で。
ただそんなんでもしっかり聞き取れるあたりこいつの滑舌は凄いと思う。
話を戻そう。
ウェンディの認識は若干の曲解が混ざってこそいるものの、訂正するほどのものでもない。
実際ベルガーンのことが見えるのはかなり魔力の高い者だけなので、才能に溢れた者というのは何ら間違っていないのだ。
強いて言うなら別に栄誉でもなんでもないし、そんな事を言うと人によっては嫌味に聞こえ……いや変人に見えるだけか。
うん、問題だらけだが問題ないな。
「握手よろしいですか!?ああっ触れない!」
ウェンディの両手が何度も空を切る。
ベルガーンに握手求める奴なんて初めて見たわ。
ベルガーンも手を差し出すな。
まんざらでもなさそうだなお前。
「また変なやつが増えた……」
この世界に来てから俺は変なやつに出会いすぎだろう、どうなってるんだ。
こいつらみたいに脳に焼き付きそうな変人になんて、元の世界では一人として出会ったことがないんだが。
類は友を呼ぶという言葉が一瞬頭をよぎったが、俺自身は断固として普通の人間だと言い張りたい。
だいたい類友だとしたら元の世界でと出会っていないとおかしいだろう。
なので違う、断じて違う。
「有名人だからね、辺境伯の娘」
少尉が解説してくれた”辺境伯の娘”像はこうだ。
帝国北方の国境地帯を預かる辺境伯ヨークシャー家。
長らく帝国の盾で有り続けてきた武門の家柄には現在、対照的な兄妹がいる。
かたや理知的で病弱、おおよそ家の印象とはかけ離れた兄。
かたや活発で頑健、まさしく武門の血筋と評される妹。
貴族の娘といえば将来的な行き先は社交界であるのが一般的だが、彼女に関してはまず間違いなく国境地帯にて一軍を率いることになるだろうと言われている。
学園でも主に学んでいるのは武芸や軍学、魔法といった分野であり、それらの成績は極めて優秀。
多くの教授や教官が彼女の実力に太鼓判を押す。
「これならば北方は安泰だ」と。
ただし人格的には変人に分類されるため、辺境伯家は安泰だとは評されない。
むしろ兄の負担は大丈夫かと心配されている有り様なんだそうだ。
言われてみれば確かに「北方は安泰」という言い方は微妙に奥歯に物が挟まった物言いだな。
なるほどわかった。
帝国の有力貴族の間では現在、変人が豊作だということがよくわかった。
特に娘。
もう一人の変人、メアリの方を見る。
どうやらウェンディのことをベルガーンに紹介してくれているらしい。
ベルガーンはベルガーンでどうやら帝国北方の国境地帯に興味があるらしく、会話はまさかの盛り上がりを見せている。
「はっ!これは失礼いたしました!」
俺たちの視線に気づいたのか、ウェンディが我に返る。
そうしてこちらに駆け寄ってきて俺の手を力強く握った手には、薄手の手袋がはめられていた。
「ホソダさん、貴方の噂は聞いております。サウスゲイトのいけすかねェロン毛をけちょんけちょんになさったとか!」
いけすかねェロン毛って。
いやおおよそ同感なんだが、お嬢様が使っていい言葉遣いなのかそれ。
あと噂の尾ひれって凄いな、戦ってすらいないロン毛がけちょんけちょんに負けたことになってる。
ちょっとだけ可哀想。
「是非!是非その時の様子を事細かにお教えくださいまし!」
めちゃくちゃ目が輝いてるし圧が凄い。
メアリもけっこう押しが強い方だとは思うが、ウェンディはそんな比ではない。
こいつの押しはなんというか、勢いがある。
「わかったからそろそろ手を放してほしい」
彼女の顔の高さまで持ち上げられた俺の両手は、めっちゃ力強く握りしめられていて正直痛い。
というか砕ける心配もそろそろ必要なのではないだろうかってほどにギリギリ言ってる。
「はっ!これは失礼いたしました!」
さっきもそれ言ってたな。
こいつ、もしかしなくても勢い余って我を忘れるタイプの人種なんだろうか。
結局その日は俺対ロン毛一派、そしてベルガーン対ヘンリーくんの話をして解散となった。
ウェンディはノリノリだったし、感想戦ということでヘンリーくんもけっこう会話に乗り気だったので別にいいのだが……七不思議部についての説明は、最後までされることがなかった。
何する部活なんだよここ。