第一章:その8
あの空気感を味わったらこの先圧迫面接すら苦にならなくなるんじゃないか。
地獄の面談会場からようやく解放された俺は現在、ベッドに腰かけて脱力状態になっている。
『だから認識が甘いと言ったのだ』
「はい」
『まあ、余もあそこまでとは思わなんだが』
俺を見るベルガーンの表情には同情……もはや憐憫とすら呼べるようなものが浮かんでいる。
こいつから見てもあの面談はヤバかったってことだろう。
思い出しただけで寒気がするわ。
「それにしてもあの時のキミの顔……あんな顔……ブフッ」
少尉は完全にツボに入ったらしく、戻ってきてからずっと吹き出してはプルプル震えを繰り返している。
これはもう当分使い物にならないな。
というかあんたも同情してくれよ。
正直あんなのはもうこりごりなんだが、哀しいことに次回の予定は既に設定されている。
早ければ明日、俺の体調が良いときに開催。
……永久に体調不良を主張したいが、そんなことをしたらあのおっさんたちは俺のテントに乗り込んで来かねない。
それは流石に困るので渋々受け入れた。
俺はメンタル以外至って健康なので、恐らく明日普通に開催されるだろう。
「しばらくはあのおっさんたちの顔が夢に出そうだ……」
そんなぼやきをこぼしながら、俺が倒れ込むようにベッドに横たわった瞬間───やけに耳障りな電子音が聞こえた。
地震や大雨のような天災、あるいはミサイルが飛んできた時にスマホから鳴る音。
それによく似たやかましい音が今、少尉の懐から鳴り響いている。
「……何の警報?」
「警報っていうのはわかるんだ」
スイッチが切り替わったように真顔になった少尉が懐から取り出したのはスマホに似た端末。
画面を見つめる彼女の表情は……直前までずっと吹き出しては震え吹き出しては震えを繰り返していた人物とは思えないほど真剣なもの。
「面白い人だな、というかやっぱり顔いいな」などと思いながらそちらを見つめていると、少尉はどうやら俺が端末に興味を持っていると思ったらしく軽く説明してくれた。
端末は、厳密には別物だがやはりスマホのような通信機器。
そして今鳴り響いた音は、侵入者の接近を知らせる警報らしい。
何でも遺跡から半径二キロの範囲に何かが侵入すると反応するようになっているんだそうだ。
機械か魔法かわからんけど、随分技術発展してんなこの世界。
「休憩中の兵士以外は戦闘待機。私も行ってくるから、キミはじっとしてて」
一通りの説明を終えた後、少尉は念を押すように一言述べてからテントを出ていった。
外からは人々が慌ただしく走る音が聞こえてくる。
たぶん同様に通知……警報を受け取った兵士たちだろうな。
「どっこいしょ」
『じっとしていろと言われていたように思うが』
「まだベッドから起き上がっただけなんだが?」
立ち上がった俺にベルガーンが呆れたような視線を向けてくる。
まだ何もしてないのに、この魔王はいったい俺を何だと思っているのか。
俺は苦笑しながらゆっくりとテントを出、慌ただしく動き回る兵士たちを尻目に歩き出す。
向かうのは城跡と反対の方角、要するに砂漠のほうだ。
後ろからベルガーンの深い深いため息が聞こえた気がするが、たぶん気のせいだろう。
兵士たちは基本的にそれどころではないのか、俺のことなど目もくれない。
たまに目が合う奴には何か言われる前に「少尉は?」と問いかける。
そうすれば親切に教えてくれて、それで会話も終わる。
こうして俺は誰に咎められることなく拠点の端、地平線が見渡せるエリアまで到達したのだが───
『これは……何だ?』
疑問を口にしたのは俺ではなく、ベルガーン。
だが俺も同感である、何だこれは。
眼前にあるのは巨大なトレーラー……らしきもの。
らしきものと言ったのは、流石にこんな巨大な車両を俺は見たことがないからだ。
まず運転席の部分が家一件分あるんじゃないかってくらい巨大。
そしてそれが引っ張るコンテナ部も、当然ながら輪をかけて巨大。
そして周囲を重機……俺が知っているようなものとは構造は違うが間違いなく重機だと言い切れるものや、銃座の付いた車両が走り回っている。
ファンタジー感は全くない。
視界に映るファンタジー要素といえば隣にいるベルガーンくらいのものだ。
まあかといって現実感があるかと言われれば全くないんだが。
「この世界で何て名前かは知らんけど、車って奴だ。勝手に動く馬車って言ったら通じるか?」
「よく知ってるね」
「そりゃあ俺の世界にもある……」
声の主はベルガーンではなかった。
そもそも間違えるほど似ていない。
振り向くとそこには……呆れ返った以外の感情が読み取れない顔をした少尉。
「……奇遇ですね少尉」
「奇遇ですねじゃないんだよ」
挨拶は一刀両断、会話は打ち切り。
それっきり沈黙が流れる。
周囲からは喧騒が聞こえるが、俺たちの周りだけは異空間にでもなったかのように静かだ。
……気まずい。
せめて説教でもしてくれれば、俺はもう少しマシな気分でいられただろう。
だが目の前の軍服美女エルフは、まるで成人式に特攻服で現れたヤンキーでも見るような目で俺を見るだけで何も言わないのだ。
「たいへんご迷惑をおかけしました」
これはもう自発的に謝罪するしかない。
俺はそう判断し深々と頭を下げた。
ベルガーンは眉間を押さえ、少尉も眉間を押さえている。
見事なユニゾンだと言わざるを得ない。
「それで、どういう好奇心に負けたの」
「いや、白銀の騎士の戦いがまた見たくて」
俺はこの世界に来た直後にサンドワームと白銀の騎士の戦いを見たこと、そしてその戦いぶりに見惚れたことを説明し、いかにもう一度見たいかを語った。
俺はあの美しい彫像のような騎士をまた見たい。
俺はあの美しい絵画のような戦いをすごく見たい。
そんなことを熱弁した気がする。
勢いで喋っていたせいで、正確な内容は全く覚えてない。
「……まあ、今回は見れないと思うよ」
気のせいか、先程より俺との距離が開いた気がする少尉が引きつった顔でそう言った。
あ、これ引かれてるな。
まああんなこと熱弁した、普通は引くよな……。
若干の後悔と共に俺のテンションが下がった瞬間、俺はトレーラーの陰から”それ”が現れるのを見た。
全長は四メートル程。
ヘルメットを被ったようなフォルムの頭部。
分厚い装甲に身を包んだ胴体。
そしてその手に携える、巨大な機関銃。
まるで“兵士“を模したかのような巨人が三体、ゆっくりとした動作で砂漠へ向けて歩き出す。
恐らくは警報の元凶、侵入してきた何かを迎撃するために向かうのだろう。
その光景に俺は白銀の騎士を目にした時とは別種の感動を覚えるとともに───その巨人があまりにもやられメカのような見た目をしていることに、一抹の不安を覚えた。