第五章:その13
「どうやってだよ」
『我々のようにほぼ同化しているならば、余が”オルフェーヴル”を動かすことが可能だ』
ベルガーンの言葉には妙な説得力がある。
不思議なもので大体のことが「こいつが言うならそうなんだろうな」って気分になるんだよな。
というか同化してるってすっかり忘れてたわ。
同化してるにしてはベルガーンの行動に制限がなさすぎるんだよ。
「んで、どういう風の吹き回しだ?」
そしてそうすると次に気になるのは「何故」だ。
こいつはなんで急に戦いたがりだしたのか。
単純に戦いたいのか、それともヘンリーくんの何かが琴線に触れたのか。
ただ戦いたいとかいう理由なら代わる気はない。
それなら俺が”オルフェーヴル”を貸す筋合いも、ヘンリーくんが付き合う筋合いもないからだ。
ただベルガーンの場合、間違いなくそんな理由ではないだろうなと思う。
これまでも戦う機会、代わる機会はあったのに言ってこなかったわけだし。
『あの剣士を見ていると、若かりし頃共に研鑽を積んだ友を思い出してな』
ベルガーンの声に郷愁が滲んだ───ような気がした。
きっと、遥か過去に思いを馳せているのだろう。
そういえばこいつがボソッとでも自分の過去を口にするの、初めてだな。
「お前にも若い頃があったんだな……」
『あるに決まっている。貴様余がこの姿のまま生まれたとでも思っているのか?』
なんか心底呆れた感じで言われたぞ。
確かに言語の選択は間違ったような気はするが、酷いと思う。
お前魔王じゃん、もしかしたらそのまま生まれてきたかもしれないじゃねえか。
というかベルガーンが僅かでも若返り、僅かでも筋肉が萎んだ姿が全く想像できないのがだいたい悪い。
ともあれ話の方はだいたいわかった。
要するにヘンリーくんに剣の手ほどきをしてやりたいとかそんな感じなのだろう。
「ならお前に任すわ」
そういう理由なら特に問題ない、むしろよろしくお願いする。
ベルガーンらしからぬ優しさに免じて……というかこいつの当たりがキツいの俺に対してだけじゃねえか?
メアリにもめっちゃ優しかった気がするし。
俺の周囲はもっと俺に優しくすべきだと思う。
『もう少し嫌がると思ったのだがな』
「せっかく引っ張り出されるんだ、少しはあの子にも得があったほうがいいだろ」
どうやらロン毛とヘンリーくんの方も話がついたようだ。
笑顔のロン毛に肩をポンポンと叩かれながら、どこか釈然としない表情を浮かべたヘンリーくんがこちらに歩んでくるのが見える。
そして歩きながら一度、若干申し訳なさそうな視線を向けながら会釈をしてきたが……なんかこっちの方が申し訳なくなるわ。
なんというか貴族の人間関係って大変そうだなと思う。
「よろしくお願いしまッス」
そして俺の前に立ったところでもう一度、深々と礼。
ホント礼儀正しいなこの子。
ロン毛はヘンリーくんの爪の垢を煎じて飲むべきだと思う。
「あー、ヘンリーくん」
「はい?」
「うちの魔王がキミと戦いたいって言ってんだけど、代わっていい?」
俺の言葉に周囲がザワつく。
そりゃあそうだよな、ここにいる連中のほとんどは俺の事情を知らず、ベルガーンのことも見えてないんだから。
「突然魔王とか何言い出すんだこいつ」って感じだろう。
多少は事情を知ってそうな教授たちの反応も、大半は戸惑い。
ストーンハマーのおっさんですら目に見えて困惑している。
「魔王って、ホソダさんの横にいたすげえ筋肉の方ッスよね?」
そんな中、ヘンリーくんは当たり前のようにベルガーンのことが見えていた。
見えてそうだなあとは思ってたが、この子剣だけじゃなく魔力もすげえんだな。
マジモンの天才とかなんじゃなかろうか。
そして、それならばこちらとしても話が早い。
「そう、そいつがキミと戦いたいって」
「自分は構わないッスよ」
あっけらかんとした承諾。
誰が相手でも構わないのか、それともベルガーンが強そうだからこその返答かは俺にはわからない。
だがどちらでもいいと思う。
間違いなく俺と戦うよりはヘンリーくんにも実入りがある、そんな提案なのだから。
「だとよ、じゃあ後は頼む」
『うむ』
その短いやりとりが終わると同時に、俺は奇妙な浮遊感を感じた。
これはきっと”オルフェーヴル”から離れる感覚なのだろう。
実際、俺の視点はゆっくりと”オルフェーヴル”の姿を後ろから見つめるものに変化していく。
FPSからTPSに切り替わる感じ、と言って通じるだろうか。
しばしの別れだ”オルフェーヴル”。
借りパクすんなよベルガーン。
遠くなる視線の先ではヘンリーくんが”魔法の杖”を召喚しているのが見える。
腰に大振りな剣をぶら下げた、青銅の剣士。
あまり飾りっ気のないその”魔法の杖”は、少尉のそれの次くらいにはカッコいいと感じた。