第五章:その12
第二戦……なんで一戦で終わりじゃないのか正直さっぱりわからないが、現在相手をしているのはロン毛の取り巻き二号こと空気イケメン。
イケメンではあるんだが特に印象に残るような見た目でもないし、何なら「取り巻き二号」の方が俺の中で通じる気がする。
強いて言うなら開始前、俺がメガネに勝利した余韻に浸る間もなく出てきて長々となんか口上を述べていたのが印象的だった。
「あ、こいつ喋れたんだ」的な奴だけど。
ちなみに内容は「ラッキーパンチで勝ったと思うな」くらいまで圧縮できる。
さて、そんな取り巻き二号が俺に対して取った戦術はというと、引き撃ち。
距離を取って魔法攻撃を次々と放ってくる、何とも嫌らしいスタイルだ。
俺は今それらの攻撃を回避しつつ、どうやって近付いたものかと思案している真っ最中。
回避方法は身体の各所に存在する小型のバーニアを利用したフットワーク。
いや使ってるのは脚じゃなくてバーニアだから、バーニアワークとかになるんだろうか。
まあどっちでも良いな。
この小バーニアダッシュとでも言うべきもの、実際やってみると制御がかなり難しい。
そもそも身体のどこかに魔力を廻す、バーニアで移動するという挙動がまずゲームの中でしかやったことのない挙動な上に、そこに廻す魔力の強弱だの空中での姿勢だのの調整まで求められるのだ。
未知の感覚すぎて、数回に一度のミスで済んでいるのは奇跡なんじゃないかとすら思える。
たぶん上達のためには練習しかない。
こうして何度も何度も飛ぶしかないのだろう。
「うわぁ!?」
その瞬間、俺に一発の火球が直撃した。
ダッシュの着地に、完璧に攻撃を合わせられたのだ。
ゲームではよくあるテクニックだが、どうやら現実でも存在したらしい。
原因は、どう考えても俺自身の不注意。
バーニアダッシュによる反復横跳びの成功失敗に気を取られ、相手の攻撃への注意がかなり散漫になっていた自覚はある。
何ならきちんと見ていたかすら怪しい。
こんな有様では当てられても仕方がない。
だが悲しいかな、俺のこのやらかしで実質的に勝負は決まった。
いや「相手に打つ手がなくなった」と言うべきだろうか。
「焦った……」
直撃にも関わらず俺は……”オルフェーヴル”は、無傷。
相変わらず展開しっぱなしな無駄遣い魔法障壁、それが取り巻き二号の魔法攻撃を防いだのだ。
サンキュー無駄遣い、やはり省エネなんてクソ食らえだ……というのはさておき、この瞬間ほぼ確定したことがある。
それは「”オルフェーヴル”の魔法障壁を貫く手段を、取り巻き二号は持ち合わせていない」ということだ。
考えてみれば当たり前としか言いようがない。
”死の砂漠”で”デーモン”に浴びせられた光弾の雨。
オーレスコ近くの森で強そうな”魔法の杖”たちから喰らった魔法攻撃の集中砲火。
それらを何度まともに喰らってもビクともしなかった魔法障壁を、それらよりも弱い魔法が貫けるはずがないのだ。
試しに次々と飛んでくる魔法攻撃を突っ立ったまま食らってみたが、結果は同じ。
そして、状況を正しく認識したらしい取り巻き二号の手が止まる。
どうしたらいいのかと考え込んでしまっているのだろう。
今更ながらかなり理不尽だよな、これ。
俺は魔法なんて全く使えないのに展開しっぱなしなんだから。
「じゃ、決めるか」
それを確認した俺は背中の巨大バーニアに魔力を廻す。
そしてその推進力で進む方向は対メガネ戦のように前方ではなく、空。
「日曜午前九時キック!!」
俺が繰り出したのは「空高く舞い上がり、そこから蹴りを見舞う」というある時間帯のヒーローの必殺技としておなじみの攻撃だ。
所謂引き撃ちに対してこの技……と言うより空を飛ぶという挙動が有効なのはオーレスコで実証済み。
バーニアダッシュの練習なんてせず、もっとさっさと使っとけば良かったかも知れない。
まあでも練習も必要だと思うので、うん。
とまあ何にしても俺は二戦目も勝利。
俺の蹴りをまともに喰らった取り巻き二号はメガネ同様吹き飛び、KO。
俺は攻撃は喰らったが無傷なので、これはもうダメージだけ見れば完勝と言っていいのではなかろうか。
「敗北を知りたい……」
『生身で挑めばすぐではないか』
「やっぱり知りたくないです」
生身で挑んだら誰が相手でも負ける自信があるのでやらない。やりたくない。
俺にだって負けたくないという気持ちくらいはあるんだ。
さて、ここまで二戦を戦ったわけだが……まあ当然なんだけどメガネも二号もあんまり強くはない。
多分幼少期から剣や魔法の訓練は受けてはいるんだろうが、本格的なものはこれからとかそんな感じなんだろう。
そしてそうなると、こいつらと同い年でアンナさんとマトモに戦えてたヘンリーくんは一体何なんだよという話になる。
余程やべえ訓練を積んだのか、それともガチの天才なのか。
どっちもという可能性も否定できないのがまた怖い。
「さて、次はそろそろロン毛の出番かな」
たぶんこの調子だと三戦目もあるだろう。
こんな俺の完勝みたいな空気感をロン毛が良しとするとはあまり思えないし。
ロン毛の実力の程は定かではないが、手下を二人倒したんだからそろそろ出てくる……というかでてこざるを得なくなるのではないか。
何しろ言い出しっぺだしな。
そう思いながらロン毛グループの方に目を向けた俺だったが、そこにロン毛の姿はない。
困惑どころか恐怖でもしたかのように逃げ腰になっている取り巻きたちの姿があるたけだ。
いやそんなにビビらんでも。
「オイオイまさか逃げたのか?」
俺はこの瞬間完全に調子に乗っていた。
勝ちを確信とかそんなノリである。
顔が出ていたら絶対にニヤニヤしていただろう。
とはいえこれで終わりならそれはそれで助かる。
戦うってやっぱり疲れるからな。
そんな心持ちで周囲をキョロキョロと見回しながらロン毛を探していた俺は、その光景を見て固まった。
貴族部の輪の外で一人立っていたヘンリーくんと、そちらに駆け寄るロン毛の姿。
「それはないだろお前」
それはズルいだろお前。
俺さっきまでその子の凄さに思いを馳せてたんだぞ。
それを何で現実に俺の前に引っ張り出そうとしてるんだ。
嫌だぞ、ヘンリーくんとは戦いたくない。
彼はどう考えても俺の「スペックでのゴリ押し」で勝てる相手ではない。
魔法障壁さえ突破されなければ負けることはないが、彼なら突破できそうな気さえする。
要するに彼と俺では強さのランクが違うのだ。
そんな相手とは絶対に戦いたくない。
落ち着け、そうだ落ち着こう。
出てこない可能性は十分にある。
そもそもヘンリーくんは輪の中にいなかった。
つまりロン毛グループの一員というわけではない可能性が高い。
というかそうであってくださいお願いします。
『親同士の仲がどうの、派閥がどうのと話しておる』
「なんで学生がそんなげんなりする会話してんの?」
微妙に嫌そうな顔のヘンリーくん。
それに対し必死に説得を試みるロン毛。
ロン毛は一体何なんだ。
プライドがあるのかないのか判断に困る。
周囲もなんとも言えない空気でそちらを見ているんだが、お前はそれでいいのか。
「テメエは戦わねえのかァ!!」
そうこうしているうちに平民部の、傭兵上がりみたいな連中から容赦ない野次が飛ぶ。
うんまあ俺もそう思う。
今回のこれ、あいつが失うもの多すぎないか?
貴族部の連中すらヒソヒソ始めてるぞ。
とはいえ、だ。
「ヘンリーくん出てきたらどうしよう……」
長引く説得を眺める俺に去来するのはそんな不安。
というか正直出てきそうな気がするんだよなあ。
ロン毛、出るって言うまで食い下がりそうな勢いだし。
「来たら降参すっかなあ」
二人もKOしたのだ、ぶっちゃけ俺はもう十分やっただろう。
そもそもこの戦い、ロン毛と違って俺は負けたところで失うものは何もない。
せいぜい「平民だしそんなものか」と評価されるくらいだろう。
そしてそんな状況で俺がヘンリーくんと戦う理由と意味は全くない。
そしてそれは彼も同じはずだ。
俺との戦いで彼に得られる物があり、彼がそれを望むのなら戦うの自体はまあしゃーないかってなるんだが、間違いなくそんなものはないしな。
『ならば我と代われ』
「なんて?」
あまりにも突然の提案。
俺は正直、ベルガーンが何を言っているのかよくわからなかった。
代わる?何を?という感じだ。
『あの若き剣士が出てきたら、貴様の代わりに余が戦うと言っておる』