第一章:その7
飯を食べ終えた俺が少尉に連れられて向かった先にあったのは、俺ににあてがわれた物やロンズデイルが使っている物よりさらに巨大なテント。
どうやらミーティング等大人数での使用が想定されているらしいそのテントに入った瞬間の光景を、もしかすると俺は生涯忘れることがないかもしれない。
「来たぞ……」
「あれが例の……」
「見た目は存外普通だな……」
人間だけでなくエルフやドワーフと思われる種族の混じった、日に焼け砂で薄汚れたおっさんの集団。
彼らが着ていたのが軍服ではなかったこともあり、おそらくはこいつらが考古学者なんだろうなというのはわかった。
そんな連中が俺の存在を確認するなり一斉に、もはや殺気とすら表現したくなる念の込められた視線を送ってきたのだ。
思わず「ヒッ」て声が漏れちまった。
というか俺がビビり散らかしたのは普通のことだと思うし、あんなん誰だって回れ右したくなるだろうと強めに主張したい。
そのくらい怖かった。
とはいえ約束は約束、一応大人で社会人の俺には「怖いので帰る」などという選択肢は選べない。
俺は仕方なく、本当に仕方なく少尉に促されるまま用意された椅子に腰かけた。
「よろしくお願いします、ホソダさん」
「こ、こちらこそ」
まずは向かい合わせに座ったロンズデイルが俺に向けてきたのは、柔らかくにこやかな挨拶。
彼は明らかに緊張を解こうとしてくれているのだが、俺の不安と緊張は増す一方だった。
原因は彼の背後に立つ大勢のおっさんたち。
各々がメモ帳や端末を握りしめ、前のめりになりながら肉食獣もかくやといったギラついた視線を俺に向けてくるのだ。
怖いったらない、マジで帰りたい。
「魔王ベルガーン様も、よろしくお願いします」
『うむ』
「『うむ』と言っています」
なんというか、俺にはガッツリ見えているベルガーンが他の人……少尉以外には見えていないというのはやっぱり微妙な違和感がある。
もしかして俺を担いで面白映像を撮ろうとしてるんじゃないだろうな、とか変なことも考えてしまう。
まあこれが今求められている俺の役割なんだから、やるしかないんだが。
「ではまず、この場所についてですが━━━」
質疑自体は特に問題なかった。
ロンズデイルの問いかけにベルガーンが答え、それを俺が伝える。
ニュアンスが上手く伝わっていないと見れば、俺同様ベルガーンの言葉が聞こえる少尉がフォローを入れるというシステム。
最初から少尉が伝えれば良いのではとも思ったが、きっとあれは俺の知識量を測ったり嘘をつく人物か否かを見る意図もあるんだろう。
さておきアルタリオンの話だ。
ベルガーンによればアルタリオン周辺は数多くの種族が暮らす、国のような場所であったという。
どこからどこまでが影響下にあったのかは残念ながら説明できなかった。
こればかりは当時の地図もなく、地形も全く違うらしいので仕方ない。
平原が砂漠になってるんだもんな。
「何故魔王などという肩書きを?」
『魔王とは、“魔物たちの王“という意味合いだ』
現在は亜人と呼ばれる種族が総じて魔物と呼ばれ、魔獣と同一視すらされていた時代故の肩書き、それが魔王。
人間と亜人の軋轢は現在も存在するそうだが、どうやら当時はもはや断絶レベルだったらしい。
この辺は肩書一つからもなんとなく伝わってくるな。
『人間の国家や共同体でエルフやドワーフが自由に生きるなど、余の時代は考えられぬことよ。貴様らの属する帝国とやらは、善き治世を行っていると見える』
「だそうです」
あとは城の周囲にあった街の規模とか人口とか、暮らしていた種族はどんなものがいたのかなどを軽くやり取りし、ロンズデイルとの質疑は終わった。
ひとまず一段落したか、と安堵。
ベルガーンの言葉をそのまま伝えるくらいなら楽勝と思っていたが、伝言ゲームの失敗例みたいにならないよう気をつけていたら意外と緊張したし疲れた。
ここからさらに他言語に翻訳する通訳さんとかすげえ大変な仕事なんだな、尊敬する。
「私からは以上となります、ありがとうございました」
そしてロンズデイルの締めの言葉とともにやってきたのは、考古学者連中の質問タイム。
質問があれば挙手し、それをロンズデイルが順次指名していく方式だったのだが……なんとほぼ全員が挙手。
しかもこの手の挙手制にありがちなやかましい自己主張や怒声の類は一切なし。
ギラついた目のおっさんたちが静かに、そして整然と手を挙げている光景はルールを守っているはずなのに異様だった。
そんな中最初に指名されたのは、大量の髭のせいで顔のサイズが本来の倍くらいになっているドワーフらしきおっさん。
「異世界から来たということですが、どんな場所からですか?」
彼の質問は、俺に向けてだった。
まあそりゃ興味もあるわなと答える。
詳細に語っていたら時間が押すので軽く説明するだけになってしまったが。
「魔王様とはどういったご関係で?」
そして、次の質問も俺へ。
ベルガーンはいいのかよと思いながら、最近出会ったばかりですと答える。
「この世界の印象をお願いします」
「好きな食べ物は?」
次も俺。
その次も俺。
というか好きな食べ物って何だ。
俺はようやく気付いた。
学者連中にとっては見えないベルガーンより、見える俺の方が強い興味の対象であるということに。
「身体を見せてほしい。脱いでくれ」
そうしてついに、質問ではなく要求が飛んできた。
あとから少尉に聞いた話だが、俺はこの時物凄い速度で瞬きを繰り返していたらしい。
「端に絵が書いてある紙の束を次々めくる奴みたいだった」とのこと。
俺はさすがに恐怖を感じた。
それも貞操の危機的な奴。
ギラついた目で身を乗り出すおっさんたちにそんなことを言われたら、誰だって怖いだろう。
……いや美しい女性に言われても怖いなこれ。
「すっ、すいません少々体調が悪く……」
やむを得ず俺はカードを切った。
体調不良による面談の中止、よく政治家とかが逃走するのに使う手法だ。
これ以上こんな場にいられるか、俺は部屋に戻る。
「異世界の風土病かもしれん!検査をさせろ!血液の採取だ!」
奴らには通じなかった。
むしろ貞操の危機が身の危険に進化したことで、状況は悪化したと言える。
「ホソダさんに無理をさせるわけにも行きませんし、今日はこのあたりにしておきましょう」
そんな時助け舟を出してくれたのは、ロンズデイル。
さすが出来る男は違う。
というか同性なのに惚れそうになってしまった。