第五章:シオン・クロップと教官
三人称視点です。
「随分無茶な戦い方をするんだね、あの異世界人は」
シオンは、隣に立ち言葉を投げかけてきた人物の方を振り向かない。
それが何者なのか、確かめる必要を感じなかったからだ。
「あれで何度か実戦を乗り越えてきたんだから凄いと思うよ」
彼女が返した言葉にその人物……セレーネ・クロスは怪訝な表情を浮かべる。
「というか、彼には興味無いと思ってたけど?」
「教授どもが揃って遠足前みたいになってりゃ興味も湧くさ」
セレーネ自身はシオンが言う通り、隆夫に対しての興味があってここに来たわけではない。
この授業が始まる前に教授陣が異常に色めき立っていた理由は何かと気になり、そしてちょうど自身に授業が入っていない時間だったこともあって足が向いたという程度の理由でここにいる。
「その様子だとキミの評価は芳しくないんだね」
「アレのどこに評価するところがあるのさ」
セレーネから見た隆夫の動きは、どう見ても素人のそれであった。
対戦相手を一撃で戦闘不能にした体当たり、それを敢行した思い切りの良さはまだ評価しようがある。
ただ、それだけ。
それ以外は全てにおいて論外と言わざるを得ない。
その辺のチンピラのほうが余程まともな戦い方をするだろうと感じる。
恐らく喧嘩の経験すらないのだろう。
それが彼女が戦闘教官として見た、隆夫の戦いぶりに対する評価だった。
あれで実戦を……それも複数回経験したなどと言われても、俄には信じることができない。
「もう少し見てればわかるよ」
当たり前のようにそう言うシオンと、それに怪訝な顔を向けるセレーネ。
そんな二人を尻目に貴族側……言い出しっぺの集団の中から二人目が前に出る。
どうやら彼らもセレーネと同じく、異世界人は素人だと判断を下したらしい。
要約すると「ラッキーパンチで勝ったと思うな」という内容の言葉を、無駄に長々と修飾して叫んでいるのが聞こえてくる。
そして二人目が選んだ戦い方は慎重そのもの。
接近戦は”事故”が起こりうると見たのだろう。
距離をとりつつ魔法をぶつける、という安全策。
所謂引き撃ち、素人には対処が難しい戦法と言える。
「彼、アレが効かないんだよね」
僅かな苦笑とともに放たれたシオンの言葉。セレーネは「それは一体どういうことか」と尋ねるより先に、聞き慣れない破裂音を聞いた。
連続で、何度も響き渡る音。
音のする方角では”金色のワンド”が前後左右にと軽快に跳び回る光景がある。
だがそれはフットワークによるものではない。
魔力の作用……噴射あるいは炸裂により発生したエネルギーによって”ワンド”が移動しているのだ。
物体を移動させる、操作するといった類の魔法を”ワンド”ほどの質量に作用させるには、かなりの魔力を必要とする。
そのため理屈の上では行使可能な技でありながら使ったことのある者は稀、何なら目にすることすら稀という程度には難易度が高い。
しかもそれは磨けば上達する”技術”ではなく、魔力量という”才能”に依拠した難易度だ。
セレーネは過去にシオンがそれを軽々と、極めて精緻なコントロールで多用しているのを見た時心底驚愕したのを今でも覚えている。
「こんなことができる人物が神話や創作でなくこの世界に実在したのか」と思ったほどだ。
そして今、二例目が彼女の前に現れた。
シオンのように緻密ではない、無駄が多く雑としか言いようのない動き。
制御に失敗したと思しき挙動が何度も見て取れる程度には”下手”でもある。
「あっ」
そして隆夫が避け損なったのか、相手が上手く当てたのか。
移動の終わり際に飛来した火球が”金色のワンド”に直撃する。
だがその時セレーネの脳裏に浮かんだのは、攻撃を回避しそこねた事に対する呆れではなかった。
「魔法障壁か、やるねえ」
”金色のワンド”は無傷。
届いたはずの攻撃は、魔力で作られた見えない壁によって阻まれた。
セレーネはそれを咄嗟に展開した防御だと思った。
動きの稚拙さに反して、魔法の行使はそんなに的確なのかと感心した。
「展開しっぱなしだからね、アレ」
だがその思考は、僅かに悪戯っぽい笑みを浮かべるシオンによって否定される。
隆夫は魔法など全く使えない。
そして制御もまるでできないからこそ、魔法障壁が常に展開されたまま放置されているというだけの話だ、と。
セレーネにとっては信じ難い話であったが、眼前で展開されるのはその話を裏付けるかのような光景。
回避すらも面倒になったと言わんばかりに佇む”金色のワンド”に対し二発目、三発目、四発目と魔法攻撃が降り注ぐ。
だが、無傷。
一切の攻撃が届いていない。
「無茶苦茶が過ぎるだろう」
それ以外の感想など、セレーネには浮かべようがなかった。
魔力障壁は普通、展開し続けるものではない。
魔力には限りがあり、そんなことで無駄に使えばすぐに底をつく。
だからこそ展開の際にタイミングや位置、強度などに精緻さが求められるこの魔法は、実戦では扱いが難しい魔法に分類されているのだ。
「一体どんな魔力量してるんだい」
「さあ?」
隆夫はシオンの言う通り一戦目から……否、”ワンド”と同調した時からずっと魔力障壁を展開し続けている。
だがそれはセレーネにとっては信じ難いことだ。
その上さらに魔力を使った移動を継続して行っているとなると、もはや異常と言うほかない。
「無尽蔵の魔力でも有しているとでも言うのだろうか」という思考に至る。
そして「それはもはや人間に対する評価ではない」という思考にも至る。
もはやセレーネにとって隆夫は、自身の理解が及ぶ範疇にいる存在ではなくなっていた。
彼女が戦いを見つめる視線に力と、熱がこもる。
そしてその瞬間、隆夫は彼女に三度目の驚愕をもたらした。
「───は?」
”金色のワンド”が空へと飛び上がる。
まるで鳥のように、空を舞う幻獣種のように。
もはや「何故」「どうやって」という疑問すら浮かばない。
悠然と上空から地上を見下ろすその姿を目にし、セレーネはついに分析を放り投げた。