第五章:その11
その後はトントン拍子に事が進んだ。
授業内容から大幅に脱線することや危険性を危惧していた教授たちも、短い話し合いですんなりと許可を出した。
危惧より興味が勝ったのかも知れないし、当の俺やロン毛が乗り気になったので止めようがなかったのかもしれない。
あるいは他に何か理由があってのことかもしれないが、それは俺にはわからない。
いずれにしても許可が出た以上やるだけ、今はそれしかない。
「許しを請うなら今のうちだぞ」
そんな中、俺に対して三下感あふれる言葉をぶつけてきたのはメガネ。
おそらくはこいつが俺の対戦相手なのだろう。
ロン毛が自分で来るんじゃねえのかよとは思うが、まあ最初は手下をぶつけてくるのはよくあるパターンだと納得しよう。
「手加減よろしく」
「ふざけているのか?」
「本気なんだけどな……」
解せぬ。
というかこいつも大概俺のこと嫌いだよな、何でかわからんけど。
何ならロン毛より俺に絡んできてるし。
とはいえ、俺とメガネの間にそんなに長々と話すような因縁はない。
そもそも俺はコイツの名前すら知らんしな。
まあもし知ったところで俺は今後もメガネとしか呼ばないだろうとは思うんだが。
というわけで俺はさっさと会話を切り上げ、足早に”オルフェーヴル”の下へと向かう。
途中振り返れば心配そうにこちらを見つめるメアリと、いつも通りどうでも良さそうにしている少尉の姿。
できれば少尉も心配そうにしてくれると嬉しいんですけどね。
『よもや自発的に始めるとはな、どういう風の吹き回しだ』
「さすがに今回くらいはカッコつけとかないと」
『そうか。まあ頑張るが良い』
ベルガーンが応援してくれただと……?
しかも珍しく口元が笑ってるし。
怒ったメアリといい、今日は珍しいもんばっか見るな。
いや俺が乗り気になったのがそもそも珍しいのか。
うん、これは明日季節外れの雪が降るかもしれない。
『何だ』
そんなことを考えながらしげしげとベルガーンの顔を見つめていたらいつもの……いやいつもより若干不機嫌そうな顔になってしまった。
いかんいかん、今のはどう考えても俺が悪い。
「じゃあ始めっかあ」
気を取り直しつつ呪文を唱え、”オルフェーヴル”と同調。
急に視点が高くなるこの感覚にもすっかり慣れた。
眼前ではメガネも”魔法の杖”を召喚し同調しているのが見える。
なんか騎士っぽい見た目の”魔法の杖”だ。
得物の剣を構える姿はカッコよく、絵にはなると思うが俺の好みではない。
やはり俺的には少尉の駆る白銀の騎士のほうが美術的にも一番だ。
見た目も動きも美しすぎるんだよなあアレ。
俺もいつかあんなカッコよく動いてみたい。
───そういえば開始の合図ってどうするんだろう。
そんなことを考えた瞬間、メガネの”魔法の杖”が動いた。
剣を振りかぶり、こちらに突進してくる。
せっかちなのか、頭に血でも上ったのか。
どう考えても開始前の奇襲なんだが、仮にも決闘みたいな一対一の戦いでそれは貴族的に大丈夫なのか。
それとも帝国の貴族は「勝てばよかろうなのだ」的な逞しい精神をお持ちなのだろうか。
何にしてもメガネの振るった剣は最短距離で俺に迫る。
きっとメガネは剣術もしっかりと学んでいるのだろう。
そのなめらかな動作は俺にはきっと真似できない。
俺がやったらもっとバタバタした面白い動きになると断言できる。
だが残念ながら、俺の目は肥えていた。
思い出されるのはアンナさんとヘンリーくんの手合わせ。
見ていて「意味がわからない」以外に感想の浮かばなかったアレに比べたら───だいぶ遅い。
右腕を振りかぶり、背中のバーニアに魔力を廻す。
リアクションとして俺がしたことは、ただそれだけ。
「愚直!」
一瞬、身体が凄まじい圧を感じた。
同時に、世界がスローモーションになったような錯覚。
「全力!」
俺に出来ることなどたかが知れている。
愚直に、全力でぶつかっていくしかない。
それは”死の砂漠”で俺が学んだこと。
”デーモン”との戦いで、ベルガーンから教えられたこと。
きっとこれは、誰が相手でも同じだ。
衝突音。
正式なやり方すら知らない俺が繰り出した、美しさもへったくれもない技。
命名、ド根性ラリアット。
それをマトモに食らったメガネの”魔法の杖”が空中で一回転し、地面に叩きつけられた。