第五章:その10
「”中身”というのは性能のことかね」
「性能と、あとは術者の能力でしょうか」
オジサマの問いかけにロン毛が答える。
嫌味ったらしく俺の方を見ながら。
「先生方はこの”ワンド”に興味津々のご様子、そしてそれは我々も同じです」
ロン毛は明らかに注目されることに慣れていた。
こんな風に全方位から視線を浴びながら朗々とひと演説かますとか、俺には絶対無理だし嫌だ。
俺にもこの図太さがあれば、この世界でもっと気楽に生きられるのではなかろうか。
あんまり見習いたいとは思わないが。
俺がこんなことやったら少尉とメアリに笑われるだろうし……ヤバい、なんか生々しい光景を想像してゾワっとした。
「事前に”ワンド”の召喚を済ませている者が、ここには私を含めそれなりにいるはずです」
今コイツ「私を含め」をだいぶ強調したな。
”魔法の杖”の召喚は魔法の中でも基礎の基礎らしいし、英才教育を受けている貴族の子弟の中にはそりゃできる奴もいるだろう。
ただ基礎の基礎だしアピールポイントとしては弱いのではなかろうか。
それとも凄く強そうな”魔法の杖”でも召喚できたのかロン毛。
それなら少し見てみたい気もする。
「いかがでしょう、これから模擬戦を行い彼と彼の”ワンド”の性能を───」
「俺は嫌だぞ」
なんか勝手に盛り上ってるところ申し訳ないが、俺は御免だ。
人前で召喚するのも嫌だったのに、何が悲しくて今以上に注目を集めなきゃならんのだ。
今すぐ”オルフェーヴル”を引っ込めて、ついでに俺も引っ込みたい。
「……そうですか、まあ明かしたくない手の内もあるでしょう。例えば見た目と中身が釣り合ってない、とか」
言葉を途中で遮られたことで微妙に感情が表に出かけたロン毛だったが、すぐに元の柔和そうな笑顔に戻った。
ただ相変わらず目は笑ってないし、俺に対しての挑発は悪化した。
「何だアイツ」
平民部の方からそんな言葉が聞こえた。
俺もそう思う、何だこいつ。
だがそれ以上の声は上がらなかった。
メガネを始めとする取り巻き連中がそちらを睨みつけたからだ。
手慣れてんなぁ、と思う。
こいつら普段もこんな横柄な態度で周囲を威圧してんだろうな。
少なくとも平民から好かれる要素はない。
たぶん貴族からも好かれてはいないだろう。
家同士の付き合いや力関係の都合で表には出せないだけで。
傭兵崩れのような見た目の連中……恐らく「何だアイツ」と言ったであろう連中は微妙にいきり立っていたが、抑えていた。
お前らは見た目の割に大人だな。
ともあれ、勘弁してほしい。
何故この年になってまで学校で、一回り下の子供と揉めなくてはならないのか。
げんなりしながら「もうそれでいいよ」と言おうとした刹那───
「適当なことを言わないでください」
ロン毛に対する強い反論。
そしてそれは、当然ながら俺によるものではない。
「タカオも”オルフェーヴル”も、強いんで」
強くロン毛を見据え、凛とした口調でそう言い放ったのはメアリ。
俺は「何言ってくれてんだお前」と言おうとして、やめた。
珍しくメアリが公の場で猫を被っていないことに気付いた。気付いてしまった。
正直なところ、何故彼女がこんな肩入れしてくれるのか俺にはわからない。
「いいじゃんタカオ、やろうよ」くらい茶化してくるかもとは思っていたが、さすがにこの反応は予想外だった。
メアリは今、本気で怒っている。
「いいよ、やろう」
そんな彼女に対し何か言おうとしたロン毛に向かい、俺はそう言い放つ。
何度も言うが、やりたくはない。
俺個人が馬鹿にされるだけなら、別に「尻尾巻いて逃げた」と陰口を叩かれても大して気にしなかっただろう。
ただ今回ばかりはそうもいかなくなってしまった。
俺の方を見上げるメアリの肩にポンと手を置いた時、僅かにビクッとしたような反応が返ってきた。
何だ、緊張してんじゃねえか。
らしくない。
「めんどくさいからさっさと済ませるぞ」
きっと今俺の顔に浮かんでいるのは、半笑いだろう。
カッコはついてないだろうが、まあいい。
お望み通り見せてやるよ。
”オルフェーヴル”の力を、な。