第五章:その9
俺は人生において、そこまで多くの注目を集める機会はなかった。
ぶっちゃけそれは俺が凡庸極まる人間だったからだろう。
そしてそれを悲しいとか悔しいとか思ったこともない。
むしろそういう立場の人々に対しては憧れではなく「大変そうだなあ」と同情を向けていた。
「自分用の入場曲と煽りVとかけっこう憧れるよね」って思ったことくらいはあるが、それは間違いなく自分には縁のない世界だと思っていたが故にだ。
それがどうだ。
俺は今、過去最大量の視線を浴びながら歩いている。
というかこれ、俺のような一般人に向けられていい量の注目じゃないだろ。
もはや何度目かわからないが、どうしてこうなった。
帰りたい以外の感想が浮かんでこない。
もう嫌だ、本当に。
遠慮なく向けられる好奇の視線が辛すぎる。
そしてそんな中で妙に敵意じみたものを感じるなと思いそちらを見てみれば、案の定ロン毛だった。
多分「どうしてお前なんだ」とか思ってるんだろうけどそれは俺が言いたい。何で俺なんだよ。
いやまあ理由は知ってるが、それでも言いたい。
あとできれば代わって欲しい。
というか後ろを向いて初めて気付いたんだが、少尉だけじゃなくメアリまでついてきていた。
何でお前までついてくるんだよ。大人しく待ってろよ。
間違いなく俺に対する注目度上昇に一役買ってるじゃねえか。
「さあさあホソダくん!オルフェーヴルを見せてくれい!」
最悪な気分でランウェイを歩き終えた俺の肩を、素晴らしい笑顔を浮かべたストーンハマーのおっさんが力強く叩く。
痛いです。
周りを見回せば他の教員連中もおっさんと同じような笑顔でうんうんと頷いている。
オジサマも表情こそ変わらないがそわそわしているのを隠しきれていない。
まあそりゃそうだろうな、呼びつけるくらいだもんな。
「それじゃあ召喚しますんで」
俺は愛想笑い……もはや引きつった笑みと言ったほうが正しそうな表情を浮かべながら、魔石をかざした。
俺が”魔法の杖”を召喚したのはこれまでに三度で、一度も失敗はしていない。
しかも内二度は身の危険が迫っている状況での召喚だ。
そろそろ経験者を名乗っても許される回数をこなしているとは思う。
ただ今回、俺は正直過去最高に緊張している。
失敗しませんようにと半ば祈りながらの召喚は初めてだ。
もし失敗したら成功するまでやらされるのは目に見えている。
この衆人環視の中でそれは、だいぶ地獄だ。
というか今思えばテロリストに拉致された時は何であんな落ち着いて召喚できたんだろう。
もしかして俺は本番に強いタイプなんだろうか。
あんな本番二度と来ないでほしいけど。
そんなわけで呪文を唱え終え、魔石が光を放ち、”オルフェーヴル”の黄金の輝きが見えた瞬間俺はめちゃくちゃ安堵した。
めちゃくちゃ頬を膨らませてめちゃくちゃ長い息を吐いた。
後ろから「ブフッ」って声が二つ聞こえたけど一体誰だろうなあ、全然わからんなあ。
「おお……」
教授たちも生徒たちの方からも、どよめきが巻き起こった。
まあ気持ちはわかる、俺もこいつを初めて見た時は感動したし。
自分でもかなりグッドルッキングな”魔法の杖”を召喚できたとは思ってるよ。
召喚されてくれてありがとう”オルフェーヴル”。
「近くで見せてくれい!!」
そんな誰かのお願い……じゃねえなこれ、ただの宣言だわ。
誰かがそう叫ぶと同時にまず教授たちが我先にと”オルフェーヴル”を取り囲んだ。
次いで学生たちも興味津々といった様子で近寄ってくる。
ロン毛は……なんかその場で俯いてるな。
取り巻きがめっちゃオロオロしてるけど大丈夫だろうか。
そして俺はというと素早くその輪から離れ、遠巻きにそれを眺める位置に移動。
ここまでの展開は予想通り。
予想通り故にげんなりする。
断言してもいいが、あの場にいたら質問攻めに合うだろう。
後でそうなるかもしれないが、今は嫌だ。
今はそんな気分ではない、少し休ませてほしい。
「相変わらず人気あんね」
「オルフェーヴルがな」
「タカオも大人気じゃん」
メアリの言葉を否定しきれない。
そして俺自身に人気があったとしても何も嬉しくねえ。
俺は穏やかに、静かに生きることに幸福を覚える人間なんだ。
”オルフェーヴル”を取り囲んでいる連中はやいのやいの、ああでもないこうでもないと語り合っている。
なんかしばらく終わらなさそうなんだが授業大丈夫かこれ。
特に教授連中、熱の入り方がおかしいぞ。
まさか授業そっちのけで俺の質問コーナー始まったりしないだろうな。
「いやあ素晴らしい!」
そんな俺の不安を吹き飛ばしたのは、拡声され訓練場に響き渡った声。
一番そう言いそうな、ストーンハマーのおっさんの声ではない。
他の教授たちの声でもない、もっと若い声だ。
「見た目に関しては素晴らしいものがありますねぇ」
「見た目」の部分が強調されているので、多分嫌味なんだろう。
なんというか妙に芝居がかった、妙にイラッとする声の主を俺は知っている。
教授たちも、学生たちも声の主の方を見る。
「折角です、”中身”についても品評いたしませんか」
そこにいるのは顔は笑顔、だが目は全く笑っていない一人の男。
いつの間にか取り巻きを引き連れて近寄ってきていたロン毛が、なんか妙なことを言い出した。