第五章:その8
「皆様、格調高くごきげんよう」
授業は、そんなよくわからない挨拶から始まった。
いやマジでどんな挨拶だ。
ごきげんようにくっつける修飾語としてそれは正しいのか。
そんなツッコミどころ満載の挨拶で注目を集めたのはカールした口髭と顎髭がキュートな中年男性。
あの巻き具合は間違いなく念入りにセットしていると断言できる、全体的にオシャレなおっさ……オジサマだ。
「これより”ワンド”の召喚、取り扱いに関する授業を始めます」
ちなみに彼がいる場所はそれなりに遠いのだが、声はよく聞こえる。
入学式のオレアンダー同様、魔法か機械で拡声しているのだろう。
野外でも効果的な辺り、俺の世界のマイクとかメガホンより有用なのかもしれない。流石魔法。
そしてオジサマの背後には……笑顔の教授たちの姿。
それもやたらと多い。
入学式の時と平民部登校初日に握手した顔ぶれはほとんどいるのではなかろうか。
当然のようにストーンハマーのおっさんの姿もある。
「本日は是非にということで、他の先生方も大勢見学にいらしていますがあまり気になさいませんように」
いや気になるだろというのはさておき、それを聞いた学生たちの反応は様々。
「何故?」と困惑する者。
「ヤバい緊張してきた」と悲壮感を漂わせる者、笑顔になる者。
無言で気合を入れる者。
自信たっぷりに髪をかきあげるロン毛。
自信たっぷりにメガネをクイッとするメガネ。
こう見ると面白いなあいつら。
そんな中、俺は顔を手で覆い天を仰ぐ。
あいつらの目的は俺だ。
間違いなくあの連中は俺を見に来たのだ。
正確には俺の”魔法の杖”である”オルフェーヴル”を見に来たのだろうが、正直どちらでも大して変わらない。
ふとメアリの方を見ると、目が合う。
多分俺と同じ考え……こら、目をそらすな。
口元微妙に笑ってるの隠せてねえぞ。
「では早速召喚の方から始めていきたいと思いますが───」
オジサマは何故かそこで言葉を切った。
瞬間、ぞわりとした何かが俺の背筋を駆け抜ける。
嫌な予感、そうこれは嫌な予感だ。
この世界に来てから冴えに冴えているがぶっちゃけなんの役にも立ってない俺の勘が、全力で危険を訴えている。
そしてオジサマと目が合う。
遠く離れた位置にいるオジサマと、だ。
「ホソダタカオさん、前に出て実演を」
「ウッソだろお前」
絶望。
今の俺の気持ちを一言で表すならそれになる。
隣にいるメアリが吹き出した。
背後の少尉も吹き出した。
皆が笑ってる、お日様も笑ってる。
俺は、笑ってない。
「誰だ……?」
そんな困惑に満ちた声が聞こえた。
それも複数。
そりゃあそうだろう。
本来はどういう手順で授業が進むのかは知らないが、普通実演しろと前に出されるのは成績優秀者とかのはずだ。
今この場にいる中だと家の格的にもメアリかロン毛あたりが適任だと思う。
断じて俺ではない。
「俺、この空気の中で前に出るの……?」
誰にともなく呟いた問いかけに対する返答はない。
強いて言うなら俺の横と後ろで必死に笑いをこらえている二人が肯定を示している。
そうこうしているうちに、数名の生徒が俺の方を見る。当たり前だ。
オジサマの視線の先にいるのは俺とメアリと少尉、あとはほとんどの者には見えないベルガーンだけだ。
平民部に馴染めていれば、せめて平民部の輪の近くに立っていればもう少し時間は稼げただろう。
だが今俺が立っているのは、平民部の輪からも貴族部の輪からも離れた場所。
要するにクッソ目立つ位置だ。
『観念して行け』
わかっている。
わかっているが、行きたくない。
俺は、目立ちたくない。
「ホソダくん!そんな照れずとも大丈夫じゃぞ!!」
笑顔で手招きするストーンハマーのおっさん。
この瞬間、生徒の視線はほぼ全て俺に集中した。
俺は、目立ちたくなかったんだ。
どうしてこうなった。