第五章:その4
そうして案内されたのは子供から大人まで幅広い年齢層の男女が集まる、大学の講義室のように長机の並んだ部屋。
中にはかなり身なりのいい者や入学式で見た軍服の集団もいて、この学園は本当に色々な立場の人間が集まっているのだと実感する。
あとは明らかに強そうな「私死線くぐって来ましたけど何か?」みたいな人たちがいたのが印象的だった。
あれは傭兵とか冒険者だろうか。
そしてそんな混沌とした空間でも俺と、その隣に座る少尉はめちゃくちゃ注目の的。
少尉に対しては美しさに驚く声や感動する声。
俺に対しては「あれがあの馬車に乗ってきた人?」「何者?」といった声が寄せられた。
貴族寮とは違い、ここではきっと馬車にさえ乗せられなければこんなに注目されてなかったことだろう。
ファッキューオレアンダー。
ちなみにこの時点でベルガーンも合流していたのだが、どうやらその姿を見ることができる者は誰一人いないらしく何の反応もない。
最近こいつの他人から見えない設定が羨ましくて仕方ないと思うことが多々ある。
そんな心底居心地の悪い空気の中授業日程等の説明会は始まり、そして早々に終了した。
だいたいゴールド免許の講習会くらいの時間だろうか。
予想以上の短さである。
「ではまた明日」という教師の言葉で説明会が締められた瞬間、俺はほぼ逃げるように教室を後にした。
少尉の方はのんびりした動きでそれについてきたのだが、彼女的には視線やらヒソヒソ話は気にならなかったのだろうか。
まあ何にしても一応一緒に教室を出た俺たちは外で待ち構えていた案内係のおっさんと合流し、予定通り彼の案内のもと学内を回ることとなった。
校内は懐かしい気分になりつつ新鮮味もあり、といった感じ。
まずは図書室や保健室、美術室といったお決まりの部屋。
固有名詞は違ったがパソコン室もあった。
テレビや冷蔵庫もそうだが割と何でもあるよなこの異世界。
ちなみに美術室の隣の部屋、準備室と思しき場所を覗いたらテーブルと机にベッド、冷蔵庫が見えた。
まさかの生活感である。
もしかしてここ、誰か暮らしているんだろうか。
元の世界で見たことがないものとしては、薄暗い空間に水晶玉が並んだ部屋。
淡く光る水晶玉が、それを使って何かしてる人たちの顔を微妙に照らしていたせいで少し……いやだいぶ怖かった。
あとは謎の祭壇がある部屋など怪しげな部屋もいくつか存在したが、いずれも固有名詞に馴染みがなさすぎて聞いても覚えられず。
後で少尉に確認しておこうと思う。
「では最後に学部長室にご案内いたします」
「アッハイ」
そしてついにこの時がやってきた。
案内係のおっさん的にはお待ちかね、俺としてはちっともお待ちかねではないイベント。
平民部の学部長とやらへのお目通りの時間だ。
校内探索で若干上がっていた俺のテンションは急降下。
気が滅入って仕方がない。
「教員一同楽しみにしておりました」
「ソウデスカ」
さっきも聞いたわ。
どんだけ楽しみにしてんだよ。
というか入学式の後にやった教授たちとの握手会、アレとまとめてやることはできなかったんだろうか。
そうすれば俺の手間もストレスも大幅に軽減されたんだが。
いや逆に入学式の日が大変になるのか、だいぶ良し悪しだな。
そんなくだらないことで思い悩む俺を尻目に、おっさんは鼻歌でも聞こえてきそうな軽やかさで廊下を進む。
そしてしばらくしてたどり着いたのは両開きの大きな扉の前。
扉の上のプレートに書かれているのはおそらく学部長室とかそんな文言だろう。
おっさんはその扉を、身なりを整え背筋を伸ばしながら「失礼します」と言ってノックする。
「あらあら、いらっしゃい」
───魔女。
そしてゆっくりと開いた扉の向こう、部屋の中に佇んでいたのはそうとしか表現しようのない人物。
とんがり帽子に黒いローブ、眼鏡をかけた白髪のおばあさんだった。
浮かべる笑顔は柔和だが、同時にそこはかとない威厳がある。
恐らくというか間違いなく彼女が平民部の学長なのだろうと、そう確信した。
促されるまま「失礼します」と入室して室内を見渡せば、種族も年齢も様々な人たちの姿。
年齢的には皆大人で、一様に笑顔を浮かべている。
それはもう、満面の笑みとしか言いようのないものを。
「いらっしゃいホソダさん」
盛大に俺のトラウマを刺激る空気感の中、まず歩み出て来たのは魔女のおばあさん。
やはり風格が段違い。
何なら理事長とか校長でもおかしくないと思えるほどだ。
「私はイザベル・スターライト、この平民部の学部長を務めています」
「あっどうも細田隆夫です」
「あなたの話はグレタから聞いていますよ」
グレタって誰だっけと思ったが、ストーンハマーのおっさんか。
ファーストネームで呼ぶってことは仲いいのかなこの二人。
ロン毛の反応を見るにストーンハマーのおっさんもかなり偉いみたいだし、立場的に近いとかだろうか。
「入学式の時は大変そうで声をかけられなかったから……こうして会うのを楽しみにしていたわ」
「あっどうもありがとうございます」
優しい、優しいぞこの学部長さん。
この世界に来てからこの方「遠慮して声をかけなかった」と、俺の都合を優先してくれた人は初めてだ。
だいたいのやつは俺の都合なんてガン無視してきたのでとても新鮮に感じてしまう。
「何かあったら遠慮なく言いに来てね」
「あっどうもありがとうございます」
あまりのことに同じことしか言えなくなってしまった。
恐縮するとだいたいこうなるんだ、許してくれ。