第五章:その3
「お待ちしておりました、ホソダ様」
平民部に到着した俺たちを出迎えたのは教師らしきおっさん。
そしてここでも周囲から遠慮なく注がれる好奇の視線だった。
そりゃそうなるよな、と思う。
貴族連中からすれば「何であんな奴が貴族寮に住んでるんだ?」ってなるし、平民連中からすれば「貴族寮からあんな豪華な馬車で登校してくるあいつは何者だ?」ってなる。
あまりにもオンリーワン、どっち側から見ても異質な存在なのだから。
正直勘弁してくれと思う。
俺はこういう風に注目されることに慣れてないんだよ。
普通の学生生活を送らせてほしい。
「頑張るのじゃぞ」
背後からオレアンダーの楽しそうな……実に愉しそうな声が聞こえた。
今の俺の状況はコイツにとってはさぞかし楽しいものなのだろう。
ファッキューオレアンダー。
いつかなんとかしてこいつには仕返しをしてやりたい。
……皇帝相手にやって許される範囲で。
「ではご案内いたします」
「ヨロシクオネガイシマス」
思わずカタコトになってしまった。
なんというか、気が重い。
授業受けたくないわけではないんだがなあ、どうにかならないものか。
今から始まる学生生活に対して何とも言えない不安を抱きながら、俺はおっさんの後に続き平民部に足を踏み入れた。
平民部の校舎は貴族寮やホールとは違い、華美な装飾は施されていない建物である。
だが質素とかオンボロとかには程遠く、今歩いている廊下もかなり綺麗で広い。
俺の世界でかなり金のある私学がこんな感じだろうかと、そんな感想が浮かぶ建物。
生憎と俺は私学自体に通ったことがないので想像するしかないが、少なくとも俺が通っていた公立の学校とは比較するのもおこがましい。
「本日は明日以降の授業についての説明のみとなっておりますので、その後校内をご案内させていただければと思っています。いかがでしょうか?」
「あー、ありがたいです」
平民部は外から見た感じだと四階建くらいだろうか、けっこう大きな建物だ。
俺はもちろんだが、少尉も初めて来る場所らしいので案内は無理。
ある程度構造を知っておかないと、帝国ホテルのように迷いかねない。
まああのホテルほど複雑な構造はしていなさそうだが。
「それが終わりましたら学部長が是非ご挨拶申し上げたいと」
思わず天を仰ぐ。
やっぱりあるのかそのイベント。
絶対笑ってるだろうなと少尉の方を見れば、意外にも笑ってはいなかった。
ただなんか口角が珍妙な歪み方をしていて頬が微妙に膨らんでいるのが見て取れる。
珍しいな、耐えてるぞこの人。
「わかりました……」
用事があると言ってお断りしたいが、そうもいかない。
何しろこれから数年間お世話になる学校の偉い人だ。
しかも俺は他人の金で通わせてもらっているのだから、わがままを言える立場にはない。
俺はこのオリンピックで金メダル取った人みたいな扱いを受け入れるしかないのだ。
「ありがとうございます、教員一同楽しみにしております」
サラッと人数増やしてんじゃねーよ。
いつの間に教員一同になったんだ。
さっきは学部長って言ってたから一人だと思ったのに。
その際俺ににどんな事態が降りかかるのか、もう簡単に想像できてしまう。
少尉の方からも「ンブッ」って変な声が聞こえたので、たぶん俺と同じような想像をしてついにこらえきれなくなったのだろう。
この人はどうして俺がひどい目に合うと笑うんだ。
こうして俺の学校生活は幕を開けた。
いい大人になってから若者に混じって学校に通うってだけでも少し緊張するのに、ここは異世界の魔法学校という全くもって未知の世界。
しかも俺は寮でも学校でも、学生からも教員からも注目の的。
はっきり言って地獄のようなロケーションである。
もはや「無事卒業できるんだろうか」という不安がかなり強くなってしまっている。
とりあえずファッキューオレアンダー。
もう少し静かな学校生活を送らせろ。




