緑の手って、こんなんだっけ?2
書きたくなって途中まで書いて、思い出したように続きを書いて、と何回かに分けて書いたので、それぞれテンション違います。
私ことレティシアは、前世の記憶のある転生者で。
私の死に様で大笑いした自称神様から、『緑の手』を転生特典にもらった。
生まれ変わった先は異世界だったが、家族にも恵まれて幸せに過ごしてる。
最近、平穏ではなくなりつつあるけれど。
●
穏やかな昼下り。
私は中庭のテーブルセットで、猫耳メイドなコラリーが用意してくれたお茶をのんびりと堪能していた。
「わふわふ」
そこへ、平穏ではなくなりつつある原因の小さな魔狼が駆け寄ってきて、布で出来たボールを口にくわえ、私の顔を見上げてくる。
ぶんぶんぶんと千切れんばかりに振られている尻尾が可愛い。
私は無心でいい子いい子と魔狼の頭を撫で回す。
可愛い子は愛でてなんぼやー。と、私の中でエセ関西人が叫んでる。可愛いからしょうがないよね、とついでに言い訳もしておく。
「もういっかい?」
「わふ!」
私は渡されたボールをしっかり握ると、「えい!」と気合を入れて精一杯遠くへ放り投げる。
幼児の精一杯でヘロヘロと飛んでったボールを、ビュンッと駆け出した魔狼が追う。
芝生の上を駆ける青みがかった銀の姿に、十日ほど前──出会った当初のボロ雑巾な面影はない。
「すっかりお元気ですね」
コラリーの安堵の滲む言葉に、私は大きく頷いて、
「うん! みんなが、がんばってくれたおかげだね」
と、私が原因じゃないよアピールをしておく。
「レティお嬢様のお優しい気持ちが届いたんだとコラリーは思っております」
「そ、そうかな」
ノンブレスで言い切って、興奮で猫耳をピコピコしているコラリーに、私は若干どもりながら曖昧に返しておく。
「わふっ!」
コラリーを生暖かく見守っていると、いつの間にか戻って来た魔狼が、私の膝へ頭を乗せて投げてアピールをして来る。
こういう無邪気な姿を見ると、可愛らしい子犬にしか見えない。
「ふふふ、もういっかいだけだよ?」
再びヘロヘロと飛んでいったボールを、弾丸と化した魔狼が追っていく。
私が笑顔で魔狼を見送っていると、近くで控えていたコラリーがピシリと姿勢を正した気配がする。
もともと口調はゆったりしてても、仕草はテキパキシャッキリなコラリーが、さらにかしこまった様子に、私は誰が来たかを悟って椅子から立ち上がって振り返る。
「おとーさま!」
「おや、よく気付いたね」
予想通り、そこには穏やかに微笑むお父様がいて、軽く驚いた様子で目を見張りながら私を抱き上げてくれる。
確かに足音はしなかったから、コラリーの反応がなければわからなかっただろう。
「たまたまだよ!」
えへへと笑っていると、ボールをくわえて戻って来た魔狼が、私をお父様の腕から取り戻そうとお父様の足をカシカシ噛んでいる。
ガシガシではなく、あくまでもカシカシだ。
一回かなり本気でお父様を噛んで、驚いた私が泣いてから、手加減するということを学習したらしく微妙に痛い甘噛みを覚えたようだ。
微妙に痛いという感想は、実際噛まれたルトお兄様の感想だ。
私が魔狼へ手を伸ばしてなだめていると、お父様が笑顔を消して私を見つめて、重々しく口を開いた。
「……レティシア、よく聞きなさい」
「はい」
「魔狼は、貴重な存在だ。それはわかるね?」
「はい、わかってましゅ」
この国の始まりに関わるような存在だから、当然だよね。
初代国王の親友。しかも、この子はその親友だった魔狼と同じ青みがかった銀の毛だし。
うんうん、と大きく頷きながら、私はお父様へきちんとした口調で返す。
「それで、だな……魔狼は、然るべきところへ預ける事になったんだ」
「そのほうが、このこのため、なんですよね」
「レティが魔狼を可愛がってるのはわかってるけれど、でもこの子は違法なルートから来た子かもしれないからね……って、いいのかい?」
うん、お父様がちょっとノリツッコミみたいなことして、私の顔を覗き込む。シリアスどこ行ったんだろ。
「はなれるのはさびしいけど、わがままでこのこをくるしめたくないから」
本音が漏れて、わざと変えていた口調が戻ってしまう。
「レティ……。ありがとう」
お父様はくしゃりと顔を歪めると、私をギューッと抱きしめてくれる。
「へんなひとに、わたしちゃいやだよ?」
「それはもちろん大丈夫だよ」
「ありがとう、おとうさま!」
「ローゼとしっかり対策を練ったからね」
おう、そこでお母様の名前が出ますか。
うちは、かかあ天下ってやつなのかな? まぁ、ラブラブだから問題ないよね。
対策って、何なんだろ?
「たいさく?」
聞いてみたけど、お父様はいつも通り穏やかに微笑んでるだけで、答えてはくれない。
この魔狼が違法なルートで来たっぽい関係?
あのじゃがいもの品種みたいな肩書の嫌味な上司対策?
どちらにしろ、私にとって悪いことじゃないか。
私は少し──かなり寂しいと叫んでいる心を無視し、お父様から私を取り戻そうとしてわふわふ鳴いてる魔狼を見つめる。
あえて名前は付けてない。
私に懐いてるし、名前付けたら? と両親や兄姉、使用人達も言ってくれたが、頑なに拒んだ。
──だって、名前を付けてしまったら、呼んで応えてもらえたら、お互いに情が湧いてしまう。
私が辛いのもあるけれど、魔狼だって裏切られたって感じるかもしれないから。
「ずっとだいすきだよ」
だけど、私やお父様達が魔狼を思う気持ちだけは伝えさせて欲しい。
自己満足って言われると思う。
それでも、私が魔狼を大好きになったことは本当だし、出来れば覚えていて欲しい。お父様達が魔狼のために奔走してくれた事を知っていて欲しい。
「わふ?」
なに? と言わんばかりに見上げてくる無邪気な姿は、ただただ愛らしい。
相変わらず、お父様の足をカシカシしてるのを除けば。
「……さすがにちょっと痛いかなぁ」
お父様の力無い突っ込みは、完全にスルーされました。
●
あれから二日経ち、魔狼は『然るべき』場所へ連れて行かれる。
私はそれを見送り……見送る……うん、見送れなかった。
「すまない、レティ。ただ私の側にいてくれればいいからね?」
申し訳なさそうなお父様に、私は安心させようとひとまず笑って頷いておいた。
で、どうしてこうなったかというと。
あの子は暴れたりしないから檻とかは用意せず、魔力? を抑える首輪をして丈夫なリードで繋いで連れて行く事になったらしい。
実際、首輪をされても、リードをつけられても、魔狼は少し不思議そうに首を傾げるだけで、いつも通り人懐こい子犬だった。
でも、いざ馬車へ乗せて、屋敷から連れ出されようとしている事に気付くと様子が変わったらしい。
馬車の中で周囲を見渡し、小さくキューンと鳴いてから、もう一度反応を見るように周囲を見回し、わん! と一声鳴いたと思ったら馬車が壊れていたそうだ。
中にいたお父様、御者さん、馬には怪我は無かったけど、中から爆ぜたみたいになった馬車は再起不能だった。
魔狼を見送ろうと外にいた私も見ていたけど、爆発音とかはなく、本当にゆっくり爆ぜるみたいに馬車は内から外へ向けて壊れた。
上手く説明出来ないけど、ミカン剥いちゃったみたいな?
それぐらい静かに綺麗にパックリ。
状況から考えると、魔狼が何がしたんだと思うけど……。
その魔狼は、リードを引き千切ってお父様の手から抜け出し、私の所まで駆け寄ってきていた。
なんで? どうして? 一緒じゃないの?
私を見上げて必死でわふわふ言ってる魔狼から、そんな感情が伝ってくる気がする。
決心が揺れるから止めて欲しい。
「首輪だけでは無理か。檻を用意してくれ」
お父様はある程度予測していたのか、あまり驚いてはおらず、控えていた使用人に指示を出す。
すぐに運ばれてきたのは、金属っぽい素材で出来た小さめな檻。ぽいと表現したのは、遠目では金属らしからぬ色に見えたからだ。
その不思議な色をした檻は、小さめとはいっても、大型犬の子犬サイズな今の魔狼なら余裕で入りそう……あ、壊れた。
「……これでも駄目か」
またお父様の手を振り解いて駆けてきた魔狼が何かしたのか、今度は魔狼は中へ入ることすらなく檻はパッカーンしてた。
「旦那様、お時間が……」
懐中時計を確認した執事さんが重々しくお父様へ話しかけてる声が聞こえ、私はわふわふしてる魔狼と視線を合わせる。
「これから、きみがあんしんできるところにいくの。だから、いいこにしててね?」
「わふ?」
可愛らしく首を傾げた魔狼は、私を連れて行く気なのか、はむっと私のスカートをくわえてしまう。
可愛いけど、これは困ったな。
魔狼の様子を見つめていたお父様も、頭痛を堪えているような表情をしてるし。
「……仕方ない。レティシアも連れて行こう」
折れたのはお父様の方で、私はコラリーに高速で着替えさせられ、魔狼と一緒に新たに用意された馬車へと乗せられた。
で、先程の会話へと繋がる。
魔狼は暴れて疲れたのか、私の膝へ頭を乗せてすやすやと寝息を立てている。
憎たらしいぐらいに無邪気で可愛い寝顔だ。
離れたくない、と呟きそうになるのをギュッと唇を結んで閉じ込め、私は無心で魔狼の頭を撫で続けていた。
──馬車の揺れでお尻がやられるまで。
●
途中、休憩をはさみ、目的地に着いたのは我が家を出発して二日後だった。
まさかこんなに長旅になるとは思わなかったよ。
「ここが目的地の王都だよ」
「おっきなまちだね」
私と魔狼は、並んで馬車の小窓から王都の風景を眺めていた。
これがいわゆるナーロッパって言われるやつなのかな……そもそもヨーロッパの街並みをよく知らない私じゃ、レンガとか岩畳とか洋風だなーぐらいの感想しかないけど。
海外旅行に来た気分で通り過ぎる街並みを眺めていると、馬車の向かう先に高い壁と大きな門が見えてくる。
御者と門番が何か話すと待ち時間なく門が開かれていき、馬車はゆっくりと開いた門の間を進んでいく。
着いた先で馬車から降りる時は、お父様に抱えられて降りた。
本当なら、お手をどうぞ? 的なエスコートされるんだろうけど、今はクゥンクゥン鳴いてる魔狼から押し倒されそうだから、今回は安全のため抱っこされた。
目の前にあった、明らかな『お城!』と主張してる建物を前に、固まって動けなくなった訳じゃ……はい、そうです、固まりました。
然るべき場所って、どう見ても城やん!
というか、王都って言われた時点で気づかんかい私!
脳内でエセ関西人が叫んで、自称神様の笑い声が聞こえてる気がする。
「私が声をかけるまで、いい子にしてるんだよ?」
優しく微笑んだお父様の言葉に小さく頷くと、抱っこされたままどう見てもラスボスが待っていそうな重厚な両開きの扉の中へと突入する。
魔狼はというと、道中も興味深そうにあちこちを見ながら付いてきていて、開いた扉を見てから私を見上げて嬉しそうに「わん!」と鳴いてる。
ぶんぶんと振られている尻尾を見る限り、完全に散歩気分のようだ。
ちょっと君が羨ましいよ、私は。
部屋の中から、ビシバシ飛んできてる視線が気にならないのかな?
「ルードヴィク・リュコス、さっさと来い」
一番奥の方からお父様のフルネームが呼ばれ、両脇に立ち並んだ偉そうな人達の間を通って、赤い絨毯の続く先にいた偉そうな人の前へと──お父様と魔狼だけが歩いていく。
私は抱っこされたままだ。
魔狼はお父様の足元をちょこまかしてて、その姿を見た偉そうな人達からヒソヒソと話し声が聞こえてきている。
「おとーさま、わたし、あるけます」
「陛下の前まで行ったら、降ろしてあげるからね」
マナー的にヤバいのでは、とお父様に小声で耳打ちしたけど、お父様は真っ直ぐ前を見たまま聞き捨てならない事を囁き返してきた。
「へーか……」
塀か……いやいや、どう考えても『陛下』だよね。
え? 王様? お父様、王様とこうやってすぐ対面出来るぐらい偉かったの?
というか、私は本当に抱っこされたままでいいの?
私が一人であわあわとしている間に、お父様は陛下の前まで来てしまっていた。
先程の言葉通り、私は床へと降ろされ、お父様は私の隣で跪いている。
私もお父様に倣い、一応跪いて、
「ルードヴィク・リュコス、御前に……。こちらは末娘のレティシアでございます」
「レティシア・リュコスでしゅ」
滑舌悪くなったのは、幼女だから多目に見て欲しい。
「堅苦しい挨拶はいらぬ。お前は大切な妹の夫で、私にとっては実の弟のようなものだといつも言っているだろう」
さっさと顔を上げろ、と無駄に色気溢れるバリトンボイスで促され、私は恐る恐る赤い絨毯から視線を陛下へ移す。
すると、キラキラした眼差しでこちらを見ている陛下とバッチリ目が合ってしまった。
お父様と同い年ぐらいの、精悍な顔のイケおじ様だけど、何処か既視感があって私は首を傾げ、思いついた言葉を口に出してしまう。
「おかーさま、とにてる?」
私の言葉を聞いた陛下は、精悍な顔にニパッと人懐こい笑みを浮かべ、玉座から立ち上がるとスタスタ近寄って来て、床に跪いていた私を抱き上げる。
「賢いなー。そうだぞー? 私はレティのお母様の兄だ」
お母様のお兄様ってことは、陛下は私の伯父様……って、お母様、元王族?
「おじさま?」
「そうだぞー? レティは賢いな。ミーハニア伯父様……は長いな。ミーハ伯父様だ、言えるか?」
私が思わずお父様を振り返ると、困った顔をして笑ってるし、陛下の側に控えていた見た目二十代ぐらいの渋面の眼鏡お兄さんは、もっと渋面になってる。
陛下は期待に満ちた目で私を見てる。最初に、つい口に出したのがまずかったか。
「……ミーハおじさま?」
言うまで事態が動きそうもないので、私は何もわからない幼女っぽく、あどけなく陛下を呼んで首を傾げておく。
「可愛いなぁ。ルード、レティくれないか」
「うちの娘はあげません」
大人げない睨み合いを横目に、私はミーハ伯父様の腕の中からお父様を見つめて素朴な疑問を口にする。
「おとーさま、きぞく?」
「そこなのかい、気になるのは。一応、うちは辺境を守る貴族なんだよ?」
辺境を守る貴族……辺境伯ってことで合ってるのかな?
「可愛いなぁ。レティのお父様は辺境伯って言うんだ」
合ってたらしい。私が小首を傾げてたら、陛下がデレデレな顔で私の頭を撫でながら教えてくれた。
「おー、おとーさま、へんきょーはく、かっこいいです!」
「そう、かな」
ファンタジー小説とかでよく聞く役職の登場に、私は困ったように笑うお父様をよそに、感動してパチパチと手を叩く。
この世界での『辺境伯』の立ち位置はよくわからないが、とりあえず響きが格好良いので私の中の厨ニ心がうずうずしてる。
「レティ、レティ、ミーハ伯父様は、国王陛下だぞ? この国で一番偉いんだ、格好良いか?」
「へーか! こくおーへーかも、かっこいいです!」
周囲の視線がグサグサ来るし、かなり不敬だろうが、陛下改め──ミーハ伯父様の目が期待に輝いてるので逆らえず、とりあえず手放しで誉めておく。
これで私の馬鹿さを披露してお父様の立場を悪くする作戦だったりしたら、全力でぶん殴らせてもらおう。
そんなことを幼児なニコニコ笑顔な裏で思いながら、私は足元でくぅんくぅん鳴いてる魔狼の子へ視線を落とす。
その時は、あなたも思い切り甘噛みしてね、と視線に乗せてみると、わん! と鳴いてくれた。
「おう、忘れてた。今日はコイツのことだったな」
「……思い出していただけたようで、何よりです」
ここに来て、やっと眼鏡お兄さんが口を開いた。
冷ややかな感じの印象だったが、声まで冷ややかなだ。というか、声が冷ややかなのはミーハ伯父様のせいだろう。
「よーしよし、どう見ても元気そうな姿だな。──トラッシュ男爵、リュコス辺境伯が魔狼を捕らえて、いたぶっているという話だったか?」
ミーハ伯父様は片腕で私を抱えたまま、空いてる片手で器用に魔狼を抱え上げて、両側に立ち並んでいた偉そうな人達の一人へゆっくりと歩み寄りながら、朗らかな笑顔で話しかけているが、その目は全く笑っていない。
「とてもよく懐いているようで、いたぶっていたという証言は何処から来たのか、丁寧に教えていただきたいものですね」
そこへ冷ややかな声の追撃が行われ、トラッシュ男爵とかいう名前だったらしいお父様の上司? が真っ青な顔でガクガクと震えている。
私? 私はそんなざまぁ展開なやり取りを見ながら、魔狼にペロペロされまくってますけど、何か?
お父様と私を厳しい眼差しで見ていた両側に立ち並んでいた人達も、今はトラッシュ男爵を見てる。なんだったら、物理的距離も取られてる。
ぽかんと空いた空間に一人残されているトラッシュ男爵。
人が少なくなってトラッシュ男爵に気付いたのか、ミーハ伯父様の腕に抱かれた魔狼が、私を舐めるのを止めてグルルルルと唸り出す。
唸られているトラッシュ男爵だけではなく、周囲の人達も怯え出して我先にと逃げ出そうとして、なかなか阿鼻叫喚だ。
「陛下! 危険です、魔狼を離してください!」
そこへ、置物かと思うほど気配を殺していた騎士さんが叫んで、魔狼を引き剥がそうと手を伸ばしてくる。
「だいじょぶです! このこは、いいこです!」
その手が魔狼に届く前に、私はミーハ伯父様の腕の中で必死に体を伸ばして、グルルルル唸っている魔狼を抱き締める。
「だいじょうぶ、わたしがまもってあげるってやくそくしたでしょ?」
声をかけてよしよしと撫でると、グルルルルと唸っていた魔狼がピタリと唸るのを止めて、くぅんくぅん鳴き出した。
魔狼の視線は、脱け殻みたいになってるトラッシュ男爵に向いていて、時々私を見て、駄目? と言わんばかりに可愛らしく首を傾げてるが、これはたぶん許可するとやばいやつだ。
私は何となく直感でそう思い、魔狼をじっと見つめて大きく首を横に振る。
そんな私と魔狼のやり取りを、先ほどまでのデレデレな顔とはかけ離れた真剣な顔でミーハ伯父様が見ていた。いつから見られていたかわからないが、見上げる私の視線に気付いたミーハ伯父様は大丈夫だ、というように優しく笑ってくれる。
「皆の者、自らの目でしかと見たな? この魔狼は、辺境伯が末娘レティシアに従う。こうなってしまったなら、引き離すことは不可能。そうだったな、ユクル」
「はい、残念ながら。強き魔狼は生涯一人を主または相棒と定め、決して離れず裏切らず、と伝わっております」
ユクルという名前らしい眼鏡お兄さんは、ミーハ伯父様の言葉を受け、全然残念そうではない声音で答え、
「そして、その相手を失った時は共に死にゆく。失った原因が自然現象ならただ静かに嘆き死に……」
ユクルさんはゆったりと喋りながら、ニッコリと微笑んでトラッシュ男爵を始め、そのへんに突っ立ってた偉そうな人達の方へと視線を向け、一旦切った言葉を続けるために口を開く。
「何者かに害されたと知れば、その相手の一族郎党、住んでいた町ごと滅ぼして、共に滅びたと伝わっております。実際、リュコス辺境伯が守る、我が国の端にある隣国との境目の果てなき森は、初代王が隣国との戦争で亡くなった際に嘆き悲しんで死にゆく魔狼が創った森と言われております。
その際、そこにいた隣国の兵士は須く森へと飲み込まれ全て亡くなり、その時の隣国の王であった人物も突然死されたと公的資料で残っておりますね」
マジですか!?
固まるギャラリーな方々と一緒になって、私も魔狼をガン見してしまったが、本狼はぶんぶんと上機嫌に尻尾を振っている。
私には、どう見てもこの子がそんな恐ろしい存在には見えない。
「──改めてレティシアに問おう。これほどの強力な力を持つ存在であるその魔狼と共に生きる覚悟はあるか」
鼓膜からも触れ合った体からも伝わる重々しい陛下の言葉に、私はゆっくりと瞬きをして、私だけを真っ直ぐ見つめて尻尾を振っている魔狼と視線を合わせる。
「陛下! お待ちください! 娘はまだ幼いのです! そのような判断は……っ!」
お父様が必死に何かを言ってミーハ伯父様を止めようとして、ユクルさんに抑えられているのは見えたが、私の心は今魔狼に占められていた。
「きみは、わたしといきたいの? なかまのところへかえれるんだよ?」
通じるかわからないけれど、しっかりと魔狼を見つめて問いかけると、返事は高らかな一鳴きと、ベロッと舐めてくる大きな一舐めだった。
『当たり前だろ!』
何だかそう言われた気がして、私は泣き笑いみたいな顔をして、ギュッと魔狼を抱き締める。
「きょうからきみは『セレスト』。わたしのたいせつなかぞくよ」
ミーハ伯父様の問いに答える代わりに力強く宣言すると、ミーハ伯父様はよく言った! とばかりの笑顔になり、お父様は膝から崩れ落ちていた。
たぶんこれがよく言う『私なにかやりましたか?』 ってやつなんだろう。
まぁ、私は厄介事が来るであろう自覚があったのだけど、真っ直ぐに見つめてくる魔狼の視線には勝てなかった。
お父様は陛下ともう少し難しいお話があるということで、私は一人通された部屋で待機していた。
もちろんセレストと名付けた魔狼も一緒だ。
ま、その難しいお話ってのは、私のせいだとわかってたけれど、わからないふりして「いいこにしてるね!」と満面の笑顔でお父様を見送った。
一人で待っていると、生理現象というどうしょうもなく抗えないものに襲われてしまい、私はそっと豪華な部屋の扉を何とか開けるが、そこには誰もいない。
見張りの騎士さんぐらいいると思っていた私はあてが外れてしまい、左右に伸びている廊下をキョロキョロと見渡す。
足元では同じようにセレストがキョロキョロしているので、ダメ元でお願いしてみる。
「セレスト、トイレわかる? おしっこいきたいの」
私を見上げたセレストは、私の言葉を真剣に聞いていたかと思うと、わふ! と一声鳴いて歩き出す。
その足取りに全く迷いはなく、内心マジで!? と思いながらついていく私。
結果、トイレには無事辿り着けました。
ただし、
「かえりみちわからない……」
完璧に迷子になりました。
どこを見ても風景は似たような感じだし、飾ってある物も私には見分けなんかつかない。
セレストが案内してくれたんだから、とお願いしてみたけどどうやら駄目らしい。
もちろん嫌がった訳ではなく、匂いを辿ろうとしてくれて、しばらくその辺を嗅いで不思議そうに首を捻って、最終的にくぅんくぅん鳴き出した。
もしかしたら、お城だから消臭する何かみたいなのがあるのかもしれない。
場所が悪いのか人通りも人の気配もなく、困り果てた私がしゃがみ込んでセレストを宥めていると、少し行った廊下の先に人影があることに気付く。
置物の陰だったので、しゃがみ込んで目線が変わったら見えたようだ。
すっくと立ち上がってパタパタと駆け寄ってみると、それは目を閉じたまま壁に寄りかかって座っている、ギリ青年かなという年頃の赤毛の男性だった。
近づいてよく見た服装は明らかに豪華で、絶対使用人でないことだけはわかってしまい、私はちょっと二の足を踏む。
偉い人みたいだし、それこそ不敬で打ち首とか言われたら、と後ろ向き全力疾走していた私は、そのまま立ち去ろうとした私の耳に、青年の苦しげな声が聞こえてしまう。
「ぐ……っ」
苦しげに呻いて、のろのろと動いた手が額を押さえる様は、酷い頭痛を堪えているようだ。
その苦しげな表情に、私は思わず青年へと手を伸ばし、セレストにするように頭を撫でる。
「だいじょうぶ、ゆっくりいきをして。ゆっくり、ゆっくり」
正直なところ、腹痛ならともかく頭痛に襲われている相手に『手当て』の効果があるかはわからないが、何もしないよりマシだろう……と思いたい。
そんなことを考えながら撫でつつ、声をかけていると、青年の眉間の皺が薄くなっていき、表情も和らいでくる。少しは楽になったのかな?
そうやって改めてまじまじと見つめた青年の顔は、何故か少し見覚えというか既視感があった。
「どこかでみた?」
というか、似た人と会ったような? と悩んでいると、複数の足音と声がしてきて誰かがやって来るのがわかり、私は反射的にそちらとは逆方向に駆け出した。
かなり走ってから、なんで逃げたんだろ、という突っ込みどころ満載な自身の行動に気づいて、私は頭を抱えてしまった。
その後、半泣きになって廊下を歩いていたところをユクルさんに発見された私は、安心感から本気で泣き出してしまい、最終的に泣き過ぎて熱を出して、そのまま自宅である屋敷に着くまで目覚めなかった。
魔狼『セレスト』の件は、これにてひとまず解決かな思っていた私だったが──、
「あの時の『手』はお前だな、おチビ」
そう言って現れた頭痛持ちの青年によって新たな騒動の種が持ち込まれ、平穏はまだ訪れないようだ。
自称神様へ。私は平穏もお願いすべきだったでしょうか?
応える声はある訳ないが、楽しそうな笑い声が聞こえた気がしたのは、私の被害妄想だろうか。
お目汚し失礼しました。
いつも読んでくださり、ありがとうございますm(_ _)m
突っ込みどころ満載でしょうが、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。