9夏休み*
「スイカ祭で、一躍有名人だな。ソンイ。」
「ジョンミン、36個のスイカをどうしろと。」
「いや、いい判断だったんじゃない?」
「みんな満足してたぞ。食えりゃいいんだ。」
試験が終了し、結果発表も修了し、おまけでスイカ祭をして、後は部屋を片づけて家に帰るだけである。
「ウンジュちゃんを連れてくるのは、中日の8月の5・6日辺りでいいな?」
ジョンミンが背中からくっつきながら言う。
「問題なし。暑いって。」
「グァンシクも来るのか?」
「……俺は仲間外れか?」
「いや、そう言うつもりはないけど。」
「当然、僕も参加するよ。」
「俺も。」
テスクが後ろを振り向きながら言う。
「じゃあ、うちの妹も誘っていいか?」
「ジョンミンの姫登場?」
テスクが嬉しそうに言う。
「だから、跳ねっ返りだって。」
「なら、うちの妹も参加させようか。」
「グァンシク、妹いたのか?」
「あぁ、12歳と10歳に2人も。弟もいるぞ。3人も。」
「1人に絞ると喧嘩にならないか?」
「……妹を2人つれて来るというのはダメか?」
グァンシクは首を傾げるように考えて、提案。3人はグァンシクの妹の存在にも興味を持ったので、何の問題もなかった。
「僕は残念ながら末っ子だからね。兄弟はもう年長で結婚して家をでているよ。」
「そうなんだ。爽やかテスクは末っ子ね。」
「なんか含みがないか?ジョンミン」
「ないよ。何も。」
「妹たちもいるから、ウンジュちゃんも心配せずに遊びに来るように伝えてくれな。」
「ありがとう。グァンシク。」
学院でもらった衣服や、夏休みにやる予定の写本のための紙束、図書室で夏期休業中の貸し出しで借りた本、旅の途中での握り飯、諸々を背負いカゴに投入し、旅支度を整える。
部屋のゴミなどを焼却所に持って行き、戻ってくるときに、ウンジュの宿泊予定を事務所で確認した。夏休み中であれば、大学内を見せて回ってもいいらしい。ウンジュには図書室を見せてあげたい。感動するに違いない。
「じゃ、また来週な。」
「楽しみにしているぜ。」とジョンミン。
「「「「うおぉ!」」」」
なぜかテンションが高くなっていて、4人で腕を打ち付けあって、一吠え。蝉の大合唱の中、我々4人は自宅へとそれぞれ帰ることとなった。
ソンイは自宅への道を走っていた。毎日、3km走り、懸垂の練習も続けている。週末は山を走ることも続けてきた。毎日の食事もしっかりととり、ソンイの身体には筋肉がしっかりと付き、もう弱々しさを感じさせるものではなくなっている。
(家族は驚いてくれるだろうか。体力が付いて、栄養のせいか、急に身長も伸び始めている。少しは頼りになる感じになっていると思うんだけど。)
そして、走ったり歩いたりを続けているうちに、見慣れた景色になってきた。
「おい、ソンイか?」
「……あ、店長。」
「本当に、ソンイなのか?勉強しに行っていたんじゃなかったのか?」
「いや、大学へ行っていたんですが、ご飯がおいしくて。」
「……あぁ!そういうことか。なんだか、すごくたくましくなっているなぁ。身長も伸びてるし。お母上が驚かれるだろう。早く帰っておやり。」
「はい。」
「ウンジュは、まだ、ホン先生のところが終わらないだろうけど。元気にしているよ。」
「ウンジュもお世話になっております。」
「あぁ、いいから、早く帰っておやり。」
「はい。失礼します。」
そこからは家まで走っていった。たまに知り合いにあうと、軽く会釈した。家はボロ屋で中に入ると母親がいつも通り勝手口で作業をしていた。
「母上。ただいま戻りました。」
「……ソンイ、えぇ、ソンイ、元気そうで、なんだか、逞しく。お祖母様、旦那様、ソンイが戻りました。ソンイ、ご挨拶を。」
「まぁ、まぁ、ソンイ、……あらあら、大きくなって。」
部屋から出てきたお祖母様も自分を見ると、目を見張っていた。
「父上、お祖母様、ただいま戻りました。」
「……おかえり。大学では好きなだけ食べられて、大分、身体が出来てきたようだな。」
「はい。体力大会もありましたので、部屋の仲間の為にも、次回はましな記録を出したくて、体も鍛えています。」
「あぁ、あれか。お前は身体が弱くならなくて、本当に良かった。」
「ありがとうございます。」
「成績はどうだった?」
「全科目1位でした。スイカを頂いたのですが、みんなで食べてしまいました。」
「全科目1位……いや、まぁ、そうか。それは頑張った。」
「はい、父上の指導のおかげです。」
「お金の方はどうなっている。間に合っているのか?」
「はい、講義ノートを写して本屋に卸しています。1回の試験で3ヶ月分には成りましたので、次回の試験で今年中の生活費は何とかなりそうです。」
「そうか。それならよかった。お前の考える通りになるように、今まで通り、頑張りなさい。」
「はい、ありがとうございます。」
ソンイは父親の前を辞し、井戸のところへ行き、水浴びをして汗を流した。着替えには大学で支給されていた物を出して着た。
「お兄さま!お戻りと聞きまして。お帰りなさませ。お元気なのですね、あぁ、なんか逞しく成られませんか。」
ウンジュが飛び込んできて、誰に挨拶するもなく、自分の腹周りに抱きついた。
「ただいま、ウンジュ。でも、まずは父上にご挨拶しておいで。ここにいるから。」
「……はい、そういたします。」
ウンジュは父母、祖母に順番に挨拶をしに行き、また井戸端まで戻ってきた。
「ウンジュ、変わったところはないか?」
「え、と、特に。それよりも、兄上の腹周りの方が変わっています。」
「お前の見立てでは僕は健康かい?」
「えっと。」
ウンジュは兄の脈を取り、顔を触り、舌を見させ、皮膚を触り、膝や脛などをなでたりしてから言った。
「ご健康ですが、たくさんの汗を流されて、塩分と水分が若干不足されております。また、長距離走ってこられたのでしょう、足の筋肉が非常に張っています。今、お水を差し上げますね。キュウリの浅漬けをもらったんで、それも召し上がって下さい。夕飯をしっかりとお召し上がりになってお休みになれば、明日は元気はつらつなんではないでしょうか。」
「しっかり勉強しているのだね。」
「ホン先生は結構厳しいのです。曖昧な記憶を嫌いまして、教えてもらうには努力を示さないといけないのです。」
「いい先生だね。」
「はい、そう思います。」
ウンジュも少し身長が伸びてきている気がする。でも、ジョンミンの妹の姫の雰囲気はやはりない。
「兄上、王都に連れて行って下さるんですよね、すごく楽しみです。そのご連絡があってから、おばあさまは色々な振る舞いについてすごく厳しく教えて下さいます。衣装の着方、袖の扱い方、裳紐の扱い方、髪の結い方、歩き方、食べ方とかもう大変なんですよ。」
「……それはしっかりと勉強しておくべきかもしれない。大学の友人の妹さん達も一緒に来ると言っているから、失礼のないように振る舞わなくてはならないよ。」
「まぁ、姫君がいらっしゃるの?」
「アン家などは特にうちと一緒で王族だ、お二人の妹様を連れてくると言っていた。1人は10歳だと言っていたから、お前と一緒だろ。」
「比べられてしまって、田舎娘であることがはっきりしてしまいますね。お兄さまが恥ずかしくないといいのですけど。」
「……僕は、ウンジュがどんなでも、君を恥ずかしいと思うことはないよ。君の中身は僕の自慢だよ。見た目だって。ちょっと、外で働かせすぎていて、頼りがいがありすぎるだけだ。」
「まぁ、兄上、誉めて下さっているのか、若干からかわれていらっしゃるのか。」
「お前は同士だ。君無しではたちゆかない。」
「……はい、私は全てにおいて兄上のために出来ることをさせていただきます。なんでも、おいいつけ下さいませ。」
ウンジュはいつだって忠誠を誓ってくれる。僕が家を復興させる義務を感じていても、ウンジュが必ず全力で支えてくれると知っているし、ウンジュがたいていのことは出来る様になってしまうことを知っているから、ものすごく心強いのだ。二人なら、何とかやっていけると思うのだ。
夕食を終え、夜になると、僕とウンジュで提灯を持って裏山に上って行ってみた。足の裏に、なじんだ砂利の感触が懐かしい。ウンジュが好きな岩の上に座る。僕の膝の間にウンジュを入れて、背中から抱きしめるようにする。
「兄上。」
「どうした。」
不意にウンジュは僕の肩に頭をもたげながら、僕の顔を見上げて僕を呼んだ。
「私、兄上がいなくなって、家族を食べさせなくてはいけないと、すごく緊張しました。」
「本当にありがたいと思っているよ。母上たちの裁縫だけでは、どうしても食べていかれないから。」
「はい。私、兄上はこの重さをずっと抱えていたのかと思いました。」
「え?」
「だって、兄上は幼いときから写本をしていたと思いますけど、家族を支えられる者が誰もいない中で頑張っていらっしゃったんだなと思うのです。」
「父上が仕組んでいたんだよ。僕に写本をさせて、本屋に時々持って行かせていたんだよ。」
「そうなんですか?」
「自分で思いつくほど、大人ではなかったよ。本屋も、子供の字に見えない、ぎりぎりの時期に仕事をくれた。ウンジュの字は正直、僕より美しい。君の字を見ていて、早い段階で写本が可能だとは思っていたよ。そして、生活において助かると思っていた。」
「私は自分を売るしかないと思っていました。」
「父上が君を手放すとは思えない。困窮生活の先に、一族の終焉があろうとも、父上は家族を手放さないよ。犠牲にすることは絶対にない。誰かの犠牲の上に、築ける幸せなどはない。」
「私は、私の価値を、軽く見ていました。申し訳ありません。」
「いいや。ありがとう。」
僕は大学生活を送りながら、家督について考えていた。うち如きの家督の存続は、正直、社会にとってそれほど重要ではない。そして、家族が食べられないという問題に関しては、僕が働けばいいだけだった。
大学などいつ入ったっていいし、入らなくたって科挙は受けられる。地方役人の試験はもっと楽だと言うし。
ウンジュが働けない娘だったとしたら、父上は僕が大学にいくことを許さなかっただろう。それだけだ。
「兄上、私、また兄上と一緒に暮らしたいです。嫁にいくまでの期間は短いかもしれませんが、私はまだ兄上と一緒にいたい。」
ウンジュをぎゅっと抱きしめる。こんな小さな身体で、我が家を守ってくれている。大黒柱として立派に家族を守ってくれている。




