6春の体力大会*
最近の大学では、走り込みをしている生徒が増えてきていることにソンイは不思議に思っていた。
「知らないのか?」と一声目はだいたいジョンミン。
「5月の中頃に、体力大会があるんだよ。」
いつも説明を加えてくれるのはグァンシク。
「体力大会……?」
「本当に知らないんだな。」
結構素っ気ないのがテスク。
どうやら、学校からの正式な案内はまだの様だが、誰もが知っている恒例行事の体力大会というのがあるらしい。体育大会とか運動会とかそういうのではなくて、体力大会。いやな想像しかできない。ここはむさ苦しい男の園なのに、これ以上むさ苦しくなってどうするのだ。
「むさ苦しさを争うわけではないよ。」
「ジョンミン、心を読まないで。」
「体力大会だから、まぁ、体力を競うんだよ。長距離と、登山、重量上げ、懸垂の4種目。」
「十分、むさ苦しい。」
「僕たちがやるのに、僕ら爽やか青年だよ?」
「テスク、爽やか青年、了解した。……で、全員参加なんだよね。」
「そう。しかも、4人で4種目で部屋対抗なわけよ。」
「もしかして、君たち勝ちたいの?」
「重量挙げは任せてくれ。」
「グァンシクは重量挙げ希望ね。他は?」
「僕は長距離を颯爽と走ろうかな。」
「テスクは長距離ね。僕は懸垂はちょっと自信ないな。」
「じゃ、僕が懸垂ね。ジョンミンは登山でいいの?」
「懸垂以外なら。」
「じゃ、決定だ。皆、仁八、入賞目指すぞ。」
「「「「おー!」」」」
「ところで、入賞すると何かもらえるのか?」
「図書券と王宮の管弦の宴に招待される。」
「それは、何とも微妙な。」
「「「おい!」」」
とりあえず、支給所でロープをもらってきて、庭の適当な樹に結わいた。懸垂なんて、やったことがない。僕の身体はこの1ヶ月の食糧事情の改善により、大分しっかりしてきてはいるけれど、ガリガリの骨ほね君だ。モヤシほどの実もなかった。だって、食べる物がなければ太れない。水で太るとかはない。
しかも、父上と剣を打ち合うなどと言う、親子的な行事も経験がない。父上が死んでしまう。ウンジュとの草むしり大会とか収穫祭とかが、運動的活動だったかな。
一回目の懸垂というか、ぶら下がりをしてみて、周囲に盛大な溜息が落ちた。
「いや、初めてやったのを、それほど意気消沈されると、傷つくなぁ。」
「初めて?」
「生まれて初めて懸垂という物をしてみた。少しは筋がいいとかほめてくれよ。誉めて伸ばそうよ。」
「初めてと仰いましたか。」
「グァンシク君、冷静さが怖いんですけど。」
「管弦の宴、今年は美姫が舞うと聞いた。」
「コイツを鍛えるしかないよな。」
3人の意見が一致したらしく、その日から、食事は大盛り、見張り付きの体力づくりがはじまった。
「では、取りあえず、体力づくりだ。」
「「「おー!」」」
早朝、起こされて「今から走る」とか言う暴言に、渋々とついて行く。汗だくになるので、水浴びをしてから朝食へと行き、ガッツリと食わされる。講義は眠くて仕方がないが、これは僕にとっては生計となるので眠っていられない。眠らないためには作業である。とにかく詳しくしっかりとノートをとり、大切な所は口のなかで声に出さないでもごもごと唱える。
昼食もガッツリ、不思議と食欲が旺盛になってきている気がする。昼食休みにはぶら下がりを数回行った。いや、いきなりは無理だから。昨日のぶらさがり1回を5回程度したせいで、腕から背中から上半身がぴりぴりのぎしぎしの絶賛筋肉痛祭りだから。痛いの我慢して数回。これで許して。
「ソンイ、授業取りすぎだよ。運動する時間がないじゃないか。一緒に登山行きたかったのに。」
「いやいや、ここは大学で、学生の本分は学ぶことであって、云々。」
「云々じゃないよ。」
「後期の寮費を稼がなくてはいけないし、これは譲れません。」
「じゃ、俺独りで走り込みでもしますか。」
「行ってらっしゃい。」
ジョンミンはつまらなそうに走っていってしまった。
ジョンミンは3カ年計画で大学を単位修得による卒業を目指していると言っていた。大体の生徒が3から4年で修了するつもりでいる。
学期に12~14回講義があって、学期末単位認定試験を受けて合格したら1単位。1日3講義取っていると、週6日で18単位。これが3学期あるので、年54単位。卒業までに140単位取得すれば良いのであるから、3年程度でいくつか落第があっても卒業できる計算だ。
テスクが言うには、大学に入る段階で、結構優秀なのだと言うのだ。国の学習機関はここくらいなもので、後は私塾だという。私塾はここへの入学試験を目指すような学習内容となっているという。テスクも7才くらいから私塾に通わされて、ひたすら勉強をさせられて、15で一発で受かって家族中が驚いたと言っていた。爽やかな男としては、さらりと合格するべきだと思ったのだとのたまっていたが。
ジョンミンも、グァンシクも15才でこの部屋は全員同い年、一発合格組なのでぴんとこなかったが、確かに非常に年輩の同級生を数多く見かけるから、テスクの言もなまじっか嘘とまではいえない。
科挙がどの程度のものなのか、単位認定試験というものがどういう程度のものなのかがわからないので、自分が実際に友人たちの中でどの程度の位置にいるのかもわからない。とりあえず、父上との学習でここへの入学は果たせたので、ここで努力していれば、それなりに卒業も出来るだろうとは思っている。
それよりも、体力大会というのは、いきなりである。話に聞くと、これが年に2回あるらしい。5月と11月。ただ、体力をつけると言うことを、今まで一度たりとも考えたことが無かったことに、自分のことながら驚いた。
動くとお腹が空くから、動かないようにしよう。畑仕事や近所へのお使いなどは仕方ないから頑張って作業していたが、動くと腹が減る。腹が減ってもご飯は少ない。やはり、出来るだけ動かないようにしよう、と言う感じだった。
ここに来てからは、食べたいだけ食べることが出来、細かった腕や足に少しずつ肉が付いていくのがわかる。そして、動いてみてわかったが、動いて腹が減ってまた食べて、動いて腹が減ってまた食べてというこのサイクルは中々に清々しいのである。
懸垂をやっている人間を見かけるようになり、懸垂とは何かを理解したが、僕にはあのようには出来るようにならない。とりあえず、ぶら下がるだけである。そして、そう長いことぶら下がってもいられないのである。それでも、何度もぶら下がってみた。ぐっと腕に力を入れるが、まったく無理である。それでも、少しずつぶら下がっていられるようになってきた。
部屋の仲間たちと毎朝走り、毎日何度もぶら下がった。懸垂は出来るようにはならないが、腕に少しずつ筋肉も付いてきた。
「僕、思うんだけどさ。」
「何でしょうか、ジョンミン。」
「僕が懸垂の方が良くない?」
「……でも嫌なんだろ?」
「いや、でも勝ちたい。ソンイは軽いから、山登りの方が向いているかもしれない。」
「……僕はどちらでも同じ未来しか見えない。」
うんうんと唸りながら、ジョンミンは部屋で提案した。懸垂に関しては、自分の方がまだましだろうと。勝敗の順位は、全ての競技で、1位から40位までそのまま得点とし、全部足したものを単純に若い点数から上位とする。懸垂で40点も取ってしまうよりは、山登りに期待をかけた方がいいのではと言うことだった。
「僕も、ジョンミンに賛成だ。」
「僕も、ここは勝利にこだわりたい。」
グァンシクもテスクも賛成の様で、結局、僕は山登り担当となった。ただ、15才男子として、懸垂が出来るのはあたりまえだという認識を持つには至り、出来ないことを克服しないわけにも行かないので、懸垂の練習はその後も続けていた。
休みの日に山登りというか、山走りに連れて行かれた。山走りは、日常的にやっていた気がして、腕よりは足の方が強いようで何とかみんなについて行くことが出来た。
準備すること2週間、ついに体力大会がやってきた。
大会当日の早朝の学内は、昨夜から続く妙なテンションで覆われていた。準備運動的に走り込みをする学生や、部屋毎にかけ声を掛け合ったり吠えたりと常軌を逸した有様で、逆に酒盛りをしてしまって二日酔いの雰囲気の集団もあった。
先生方も準備に余念がなく、机やテントなどが広場に出されて受付場所や、父兄の観覧席なども用意されている。今日は父兄が大学内に入ることが許されていると聞いている。どんな雰囲気になるのかは、全く想像できない。
そして、うちの部屋もお揃いの運動着をジョンミンが準備しており、朝からそれを着るようにと強要されている。絶対に必要のない飾り紐などがチャラチャラしているので、着たくないのが本音だが、そんなことを言おうものなら何を言われるかわかったものではない雰囲気が漂っている。
「よし!仁八頑張るぞー」
「「おー!」」
「……おぉお?」
べし、と乗りの悪さに頭を小突かれた。もうどうでもいい、とりあえず、山登り頑張って、今日一日を終えよう。絶対に入賞は無理だし、世の中そんなに甘くないはずだ。ヒョロヒョロの僕が何かに勝てるわけがない。さて、いくしかないぞ……。
太鼓や鐘の鳴る広場で、全員が集合し、長距離がスタートする。長距離は一斉に走り出したが、学内の外周が3000mなので、5周する事になっている。その間に、重量挙げを中庭で行う。山登り組と懸垂組は応援に回る。長距離は5回戻ってくるが、先頭が近づいてくると鐘が鳴る。重量挙げの応援をしていた者達が一斉に長距離の応援を始める。そして、走者たちはばらけて入ってくるので、部屋の番号が読み上げられる。
「1位は仁八、ミョンテスク、1年生です。2位は仁二、カンナモ、昨年の勝者です!」
「おい、テスク、1位走っているぞ。」
「頑張れ!すごいぞ!」
ジョンミンとテスクを応援。グァンシクもいい線を行っていて、重い重量を今のところさくさくと持ち上げている。あの俵には何が入っているのだろうか。米俵の重さではなさそうだ。
それから、応援が何とも華やいでいる。父兄だけでなく、姉妹の応援も有りなようで、可愛らしく着飾ったお嬢様たちが、学校の準備した応援席に並んで座っている。赤や黄色、水色の衣装が、ふわふわとたくさんあって、色鮮やかな花の精でもあるかのようだった。
うちも貧乏でなければ、ウンジュも着飾ってあそこで応援してくれたのだろうか。まったく、農民にしか見えない妹を思い出す。可愛らしい衣装を着せるには、風呂に入れるだけではダメな気がした。半年くらい、外仕事と水仕事は禁止にでもしないと、あの儚さ加減は出せんだろう。
「ソンイ、かわいいお嬢様でもいたか?お前でも、気になるのか?」
「うちのウンジュも応援にきてくれたら楽しめたのにって思っていたのさ。」
「あぁ、妹さんかぁ。残念だね。うちの妹は来ているよ。うちの面子に会いたがっていたから、後で紹介するね。」
「ジョンミンの妹?」
「ヨンギョンっていうんだ。父なんかはもうすごいかわいがりようだけど。跳ねっ返りさ。」
「あそこにいるのかい?」
「あぁ、ここからじゃ、僕にはわからないけど、友達と一緒に来るって言っていたから。あの華やかな所にいるんじゃないかな。」
公的なゆるやかなお見合いの場なのかもしれないと、ふと思った。ここで見初めて、後で正式に縁を求めるような者達もいそうだ。
再び戦場を見渡せば、顔全体に力を込めたグァンシクが、最後の戦いに挑んでいた。これで勝てば準決勝。
「ふぅぉおっ!!!!!おぉぉおお~!!」
「お、持った。」
「準決勝だ!すごい!」
おろした俵がドスっと音を立てる。何が入っているのだ。鉄や鉛の塊だろうか。
「2周目、トップは仁八、ミョンテスク、早い!」
2周目の合図があり、再び長距離に人々の気持ちが動く。
「テスクもグァンシクも優勝ねらっている気がするんだけど。」
「当然だ。僕も行くからね。」
「……精一杯はやる。」
テスクは結局、爽やか青年なまま1位を独走して、余裕のゴール。グァンシクは悔しくも決勝で破れて2位だった。当然、優勝最有力候補部屋で、今この時、もっとも注目される部屋であった。
「さて、行くか。」
「よし。がんばるぞ。」
テスクとグァンシク、ジョンミンが応援する中、山登りスタート。大学の裏庭まで走っていき、そのまま裏山に入っていく。走るラインでロープが引かれていて、上ったり下ったりのコースが造られている。
身体が軽いことが僕の最大の武器である。2週間の走り込みと大食いで、多少は体力も付いてきている。多少の無理はするべきだろう。集団から落ちないように、必死について行く。
伝統のあるコースの様で、足下は結構しっかりと道になっていて、石で階段が作られているような部分もある。がらがらと小さな石がたまっていて、足場の悪いところも有りながらも、走ることの出来るコースとなっている。
脱落者が少しずつでて、息を切らして立ち止まってしまう者達もいる。いけるとは思っていないが、限界まで挑戦しないであの部屋に戻ることは出来ないだろう。
それでも、先頭集団からは少しずつ離されていく。次の集団からも、少しずつこぼれていってしまう。心臓がばくばくいっている。呼吸もおかしい。でも、動ける限りは走らなくては。でも、足が止まる。ダメだと言い聞かせて、ゆっくりと一歩一歩を進める。歩みを止めたら終わりで、ゴールにだってたどり着けない。勝てるなんて思っていなかった。でも、完走はしたい。
途中から、重い足を引きずるように、一歩一歩を進んだ。情けない。登り切り、下りにかかると、少し呼吸が楽になり、足が動くようになってきて、弾かれたように下へと走っていく。途中転びそうになりながらも、まるで転がるように下へと走っていった。
「頑張れ!」
「よくやった!」
「いいぞ!」
最後、ゴールを駆け抜けたときに、3人はそう声をかけてくれた。順位は32位。
走り込むと、無理がたたって足がもつれて倒れ込んだ。
「悔しい。」
「「「え?」」」
「こんな身体なのが情けない。すまない。」
座ったまま、頭を下げた。
「何を言っているんだよ、骨骨の皮皮の君が、ここまでやったんだから。」
「僕たちは、満足だ。」
「学生の本分は、学業だろ?」
3人は微笑んでくれた。
「次回には、必ず万端で臨めるようにする。その時には、こんな情けない負け方はしない!」
ジョンミンは懸垂で6位入賞。
僕が6位以内入賞で、優勝確定だったらしい。32位なので、入賞も圏外となってしまった。
ジョンミンの妹のヨンギョンと挨拶をし、僕は泣いてしまいそうなので、早々に寮へと戻ることにした。朝の外周1周走る習慣はこれからも維持しよう。週に1回は山登りもしよう。これ以上あの3人の足を引っ張るまねはできない。次回まで半年、次こそは、絶対にこんな無様な姿は晒したくない。




