57発表*
科挙の発表の日。大学の掲示板に、合格者の名前が張り出された。発表を見に行き、名前を探すも何も、冒頭に自分の名前があったので確認はすぐに終わった。
「「「マジか。」」」
3人の声が揃った。
「いや、想定内なのかもしれないけど。」
ジョンミンがつぶやく。
「わかっていたつもりだけど。」
グァンシクがごちる。
「いやいや、世の中、そんなに甘くないと思ってたでしょう、僕ら。」
テスクが二人のつぶやきに対抗する。
「ソンイ君、おめでとう。」
「サム先輩。」
「僕の名前もあったよ。そこに。」
何枚か先の紙を先輩が指さした。指さす方を見ると、先輩の名前があった。
「本当に、ありがとう。両親を安心させられる。」
「……おめでとうございます。僕は賭に勝ったようですね。僕も及第しましたし。」
「明日の表彰式の後、二人とも及第したら、うちで宴を催す予定だったんだ。君たち兄妹で出席できないか?」
「僕は是非参加したいですが、ウンジュが動けるかは聞いてみないと。確認して、お返事できるようにしたいと思います。」
「……すまないね、実は母から事前に伝えるように言われていたのだけど、自信がなくて。かえって迷惑をかけてしまって申し訳ない。ウンジュ殿には王宮前までかごを差し向ける。」
「え?」
「上級女官が外出となれば、かごが必要だろう。失礼かもしれないけど、こういう常識は僕の方がよくわかっているよ。」
「……全く考えていなかった。助かる。」
「じゃ、ウンジュ殿がいらっしゃれるか、確認がとれたら、僕の部屋に伝言を残してくれないか。」
「わかりました。」
サム先輩と別れて、3人組のところへと戻った。
「それで、君たちの名前はあったのか?」
「「「あるわけないだろう。」」」
「そこ、声揃えちゃうのか?」
3人組と分かれて、その足で王宮へと向かった。ウンジュに取り次ぎをお願いする。本を読みながらのんびりと待合いで待っていると、カン女官がやってきた。
「お待たせしております。」
「……いつもすまないね。」
「お部屋へご案内いたします。」
歩く道々、ヘジュ第一王女様の嫁ぎ先のサム家のお祝いの席に、招待されたことを告げる。
「……外出するためには、かごの準備やお衣装の準備が必要です。正式な訪問ではないにしても、それなりでないと失礼にあたります。」
「……かごは差し向けてくれるらしい。」
「護衛官2名と私と3名が付き添いますので、滞在できる部屋をお願いしてください。」
(マジで言ってますか?)
「……ふふ、冗談で言っているのではございません。」
「……先方に伝えておきましょう。」
「よろしくお願いいたします。」
言葉を交わしながら、後宮を進んでいく。
「兄上、いらっしゃいませ。」
ウンジュは別の女官にかしずかれて僕を招じる準備をしていた。
科挙について報告し、明日の午後に他家に招待を受けていることも伝えた。ウンジュは静かに床に手をついていた。下を向いたまま、ぽたぽたと涙がこぼれ床と手を濡らす。黙ったまま、小さく肩を揺らした。
僕は自分で未来を選ぶことができたが、ウンジュはそうではない。家族をここへ呼び寄せるために、ウンジュが自分の努力で決められることはほとんどない。自分の努力によって選ぶことのできない未来に、どれほど心を揺らしていただろう。それなのに、僕のために、家のために、全てを投げ出してくれる妹なのだ。
「兄上、本当に、おめでとうございます。」
ウンジュは静かに、ゆっくりと、言祝ぐ。ハンカチで涙を拭ってやる。
ウンジュは明日の招待に伺えるように準備するということで、僕は早々に帰ることにした。帰り道は1人である。行きは取り次ぎが必要なので正門から入るが、帰りは出るだけだ。今日は大学に開いている門へと向かう。殿下や内官と一緒でなくても、門番に身分証と学生証を見せれば通してくれる。
大学の構内を抜け、寮棟へと向かう。サム先輩の部屋へ行くと、サム先輩がいた。
「サム先輩、妹はご招待をありがたくお受けしたいと。ただ、護衛と女官と3名ほど連れて行くことになるので、待機する部屋をご用意願えないかと。」
「3名だね。身分のある女官や護衛官を連れてくるんだろうね、食事も用意させよう。」
「……私は相当な世間知らずのようです。先輩、今後とも、よろしくお導きください。」
「……どうしたんだ?」
「身分の高い者の振る舞いが全くわかっていないようです。」
「あぁ、そういうのは、慣れだよ。僕にわかることであれば、聞いてくれ。」
「はい、よろしくお願いします。」
ウンジュが王宮から出るのにカゴが必要な身分だと言うことに、まだ馴染まない。まだ女官になって3ヶ月かそこらだ。
少し背が伸びて、ガリガリだったのがほっそり程度になってきて、屋外で過ごすことがめっきり減ったのか色白と言っていいほどに肌が白くなってもいる。髪も毎日手入れされているのか、つやつやしてきている。農民のような娘だったのに、最近は少しは女官っぽくなってきた。幼さは全く抜けない気がするけど。
夜は、ジョンミンたちと、食堂で飲み、そのまま部屋でも飲んだ。この部屋の、僕の抜けた場所には誰か入るのだろうか。新入生が入るのか?定員割れのままで行くのかな。
寂しいなと、素直にそう思う。正直、単純に喜べない。大学生をのんびりやっていたいという気持ちが非常に強い。
「おまえは、先に王宮へいって、僕たちを待っていてくれ。」
「調べものは手伝ってやってもいいぞ。」
「コネをしっかりつくるんだぞ。」
3人は喜んでくれている。
「まだ、大学生でいたいな。」
「「「貧乏のせいだろう。」」」
「……全くその通りです。稼がないとな。」
翌朝、表彰式へと向かう。奴らも見に来るといって、立派な身なりに着替えて一緒に部屋を出た。どうみても、僕が一番、みすぼらしい。
王宮の会場へ行くと受付をすませた。決まった席次があるようだが、とりあえずまだ入場の時ではないようで待つように告げられた。
待っていると、サム先輩が見えて、一緒にご家族がいるのに気がついた。近づいていって、礼をとった。僕はまだ、傍系王族の嫡子とはいえ、無位無冠の無職の家のただの大学生である。十分な礼をとる必要がある。
「まあ、クソンイ殿、そんな。かしこまらなくてもよろしいのですよ。」
ヘジュ王女様は優しく声をかけてくれた。歓談していると、ウンジュがやってきた。
「失礼いたします。兄上。」
「あぁ、ウンジュ、こちらがサムドンヨル様で、奥様のヘジュ王女様だ。」
「お初にお目にかかります。クソンイの妹のウンジュと申します。」
綺麗にめかし込んできたウンジュが、サム先輩の父親に礼をし、その後、王女へ直系王族への挨拶を丁寧に行った。背後に護衛官や女官を何名も伴ったちょっとした集団の主が、最敬礼をしたので、誰がいるのかと周囲が若干驚いた様子だった。
そこからは定型文のご挨拶、お祝いの言葉、お礼の言葉と続いていった。ウンジュの従者みたいな人たちも、カン女官とセリさん以外は、少し離れたところへ移動した。
ウンジュは自然になのだが、徹底的にヘジュ王女を上げ続けた。僕にとってもウンジュにとっても当然のことなのだが、ヘジュ王女はあまりそのような待遇を受けたことが無い様子だった。
まぁ、僕もたいがいそんな待遇を受けたことは無いからな。王女とはいえ、王宮外で育つと言うことは、そういうことなのかもしれない。逆に、この数ヶ月、王宮で徹底的に仕込まれているウンジュの方が王女然とした雰囲気を持っている。ベースはお祖母様の仕込みに違いはないが、かしずかれることに慣れてきている。
時間がくると銅鑼が鳴らされ、合格者たちは席次順に並び始める。全てが整うと、次の銅鑼が鳴り、どこかに控えていた来賓の大臣たちが並び、そして、最後に王様が現れた。
合格者は、王様の前で、1人ずつ名前を呼ばれ、礼をとる。初めて王様を間近に見た。そして声も聞いた。王と母方従兄弟である父が似ていてもおかしくないと思ったが、だいぶ雰囲気が違う。病弱であることを差し引いても、似た部分はみあたらなかった。
首席として、最初に、王様から直接、声をかけられ、その場で答えた。少しざわついた感があった。王様は僕を見ながら、どこか納得されたような、そして笑むように表情を崩された。
そのことが意味することは何なのか、よくはわからなかったが、もしかしたら、父ジェモや祖父テギュの姿を僕に重ね見たのかもしれない。僕は二人に似ていると言われて育ったし、自身も父と似ていると感じているのだから、他人が見れば尚更似ているだろう。
式が終わると、僕はウンジュと王宮の門まで歩く。ウンジュの後ろには相変わらず何人もお供がつき従う。ウンジュが用意されたカゴに乗ると、カン女官とセリさんとあと1人女性の護衛官がついた。他の者たちはその場で静かにカゴが動き出すのを待っている。門から動き出してふと振り返ると、まだそこにいた。
ウンジュは次期に王太子妃となる。こんな扱いではすまなくなる日が来る。ため息が出そうだ。
男たちは徒歩で、女性陣はカゴで、サム家に到着した。先日もおじゃましたので緊張感は少なかったが、今日はウンジュもいる。ウンジュはカゴから降りるとヘジュ王女と歓談しながら部屋へと案内され、カン女官に身だしなみを整えられてから会場へと現れた。
僕の席の次の席へと案内される。王宮での立ち居振る舞い、王女たちとの食事会、最近では祭祀への参加もしていると聞くから、それっぽい振る舞いに慣れているのだろう。少しだけしゃべり、少しずつ、おいしそうに食事をいただいている。
酒が進み、次第に科挙のお題についての話になっていった。そして、ふと、サム先輩の父親がウンジュにも問うてしまった。そして、ウンジュはそれは丁寧に、質問に質問を重ね、サムドンヨルの質問の意図をはっきりとさせてから、理路整然と自分の考えを述べた。
「年の途中から、女官として取り立てられた理由がわかりましたね。父上。」
「……あぁ、大したものだ。」
「宮中でのお勤めは大変ですか?」
サム先輩がウンジュへ聞く。
「まだまだ、勉強させていただいている段階です。お役に立てるといいのですが。」
「大変な仕事なのですね。」
「慣れないことばかりでございます。」
ウンジュはその後、特にヘジュ王女とお話をしていた。王宮の門が閉まるまでに帰らないといけないので、適当な時間にお開きとなった。ウンジュのカゴの横を僕とサム先輩とおしゃべりをしながらついて行く。王宮の門の前で別れると、ウンジュたちが王宮の門の中へ入ったのを確認してから、僕たちは大学へと戻る道を歩き始めた。




