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51新年

 新年、明けて早々、朝から小さな祠に参って祭祀を行った。小さな掌を合わせて、朗々と祝詞を唱える。夜に雪が舞ったのか、今朝は雪が薄く積もっていて、あたりはきらきらと輝いている。いつも通り、自分が座るところには、板が渡されて座布団が置かれる。地面は凍っているが、板と座布団にだいぶ救われている。あとは、礼部のしきたりに従った方法で、神に請い願うだけ。

 祝詞を終え、立ち上がると、背後から強い風が吹き上がった。白い衣装の袖や裾が大きくはためく。神威とはこういうものなのだろうかと、自然のもつ圧力を感じた。


 自分の祭祀が終わると、新年の行事を見学することができた。元旦行事は、華やかで美しかった。鮮やかに彩られる衣装。そして、冬の晴天下、澄み切った風にたなびく色とりどりの旗、布、紐の数々。王様と王妃様がそろって入場されて新年を祝われた。

 私は礼部の下級女官の出で立ちで、静かに柱の陰に控える役目をもらうことができた。座席表があったので、招かれた重臣たちの顔ぶれも見ることができた。実家でも彼らの名前は聞かされていたけど、単純丸暗記だった。入宮してから目にする文書に、彼らはしばしば登場し、少しずつ名前にイメージが付いてきていた。今回、実際の顔ぶれをみて、文章から勝手に想像していた方々とはだいぶ違ったので驚いた。

 先の王太子妃の親族もいたし、学友となったスリョン様のノ家やソンジン様のチョ家の当主も招かれている。父上も健康であれば招かれたのかもしれない。


 華やかな儀式が一通り終わると、今回の儀式について、印象に残ったところを書き出してみた。事前に聞いていた話や本に書かれたものと比較してみて、やはり百聞は一見にしかずだと思った。


 後半のお休み組の女官が戻ってくると、後宮は一気に日常の活気が戻ってきた。


 ある日、文机で書をめくっていると、カン女官の声がかかった。


「ク女官様、王女様よりお使いが。」

「……どうぞ。」

「はい。……お入りください。」


 返事をすると、カン女官が女官を連れて、部屋へと入って来た。


「ク女官様、ご挨拶申し上げます。」

「えぇ。」

「王女様より、お文をお届けに参りました。」


 王女様からのお文は、お茶会の誘いだった。王族だけのお遊びではなくて、少し範囲を広げて王女様がお友達つきあいのある重臣の家のお嬢様たちが招かれるようだった。何よりも驚いたのは、開催日がもう間近だったことだ。王女様自身から、こんな急なお誘いになってしまって本当に申し訳ないと書いてあった。

 急だからといって、お断りの出来るようなものでもない。筆を整え、上等な紙を出してお茶会へのお誘いへの返事と、誘ってくださった事へのお礼を書いた。手紙を丁寧にたたむと、カン女官がそばへ来て、手紙を取り次いでくれた。


「お誘い大変ありがたく思います。謹んでお受けいたしますとお伝えくださいませ。」


 それからが大変で、王女様のお茶会について、カン女官にしっかりと調べてもらった。だいぶ前から決まっていたようで、他の方々には早めにお知らせをしていたらしい。私が入宮する前にご案内が配られていた。最終確認で席次を確認していたときに、王女から「ウンジュの席は?」と尋ねられ、私を招待していないことに担当者が気が付いて、慌ててご招待下さったようだった。結構手広く、豪勢なお嬢様方が招待されていることがわかったが、いったい何を着ていけばいいのだろう。


「カン女官、お招きされている方たちは錚々たる顔ぶれのようで、生地や刺繍などの華やかさではもう太刀打ちできないと思うの。」

「さようでございますね。」

「こちらとしては、王族の立場を示せて、衣の季節を合わせられれば、それでもういいと思うのだけど。」

「王族にだけ許された文様などを、裳に立派に刺繍されてもいいのですけど、間に合うでしょうか。」

「刺繍はもう無理よ。」

「あ、……それよりは、王族しか許されていない袿を纏うとうのはどうでしょう。質素でも、比べられることは避けられますわ。」

「袿ね。それなら、衣も裳も衣装部で貰えるいつもの白に、袿として単色の絹衣で、薄桃・白とかさねてみてはどうかしら。」

「……一番上に薄様の白衣に私が銀糸で刺繍を少し散らしますわ。」

「雪月花がいいわ。」

「そうしますわ。髪はハーフアップにして、簪はどうしましょう。……山茶花でも刺しましょうか。」

「そうね、白の八重があるといいわね。」

「それはようございますね。」


 もう、礼を失さないレベルであれば、周りから見劣りのするものでもいいと思った。そもそも、我が家は勢いのある貴族ではないのだ。父も宮仕えしていないし、恥をかいたとしても大した問題ではない。


「他の方はどんな衣装になるかしら。」

「王族の方の出席は7名です。最近の流行を考えると、衣装に袿を選ぶ方はいないでしょう。動きにくいですし。華やかに金糸銀糸の刺繍がびっしりと入った腰丈の衣を纏い、裾に幾重にも刺繍の入った裳をつけるのが一般的です。」

「そうなの、なんだか聞いただけで豪華ね。」


 私たちは、支給品の新しい白の衣と裳、そして、絹衣装の緑、薄桃、桃、白の衣装を借りてきた。襟や袖に美しい重なりが見えるように工夫をする。そして、一番上に羽織る、薄様の白のみお給金から買い取り、カン女官が手に入れてきてくれた銀糸で、一緒に雪月花の文様を小さく刺繍した。

 

 夜に部屋の外から小さく呼ぶ声がして、カン女官がそっと外へと出た。手紙を持って入ってきた。


「内官様です。」

「……どうぞ。」


 部屋に入ってきた内官は、急なお茶会に支度が間に合うのか、殿下が心配しているということだった。よくご存じで。


「十分なものを用意するように、言いつかってまいりました。」

「この衣装で伺おうと思っています。」

「……これは、袿ですか。白衣に袿を重ねて、雪月花の銀糸の薄様……髪はどうなさいます?」

「下げて、山茶花を刺そうかと。」

「……簪はこちらでご用意いたしましょう。生花もよろしいですが、いい頃合いのものを見つけるのも大変ですし、咲きすぎても見苦しい。」

「では、簪はよろしくお願いいたします。」

「それと、今回のお茶会は実はお歌の会です。お嬢様であれば、当日、即興でもよろしいでしょうが、一応、お知らせしておきます。」

「……そう。ありがとう。」


 翌日、銀細工の梅の枝の簪が届けられた。静かな佇まいの品物だった。


「これ、素敵ね。」

「……あの内官、なかなかの者ですわね。」


 新年明けてすぐにお茶会は開かれる。その日、空は厚く敷き詰められたように雲に覆われて、地上は強い冷え込みのある朝だった。池は完全に凍結していた。


「ク女官様、そろそろお出まし下さいませ。」

「寒いわね。」

「みなさまは、門より歩かれているのでございますよ。」

「そうね。」


 立ち上がると、カン女官がさっと近寄り、私の袿の裾をまとめて重ね、腰に結い上げた。そして、髪を整え簪の位置をただした。


 部屋の外へと出ると、空を見やる。10時の鐘がお茶会の開始となるが、外はなんだか、雪が舞いそうな感じだ。


「お天気が保つといいのだけど。」


 部屋から、書記部への通い慣れた道を歩く。いつもよりもおしゃれをして、カン女官を従えて歩いているので、私だと気がつく女官もちらほら。

 会場がどこなのかは直ぐにわかった。美しく着飾った華やかなお嬢様たちが集まってきていた。私もカン女官と少女たちの列に混じり、入場を待つ。それほど待たされることなく、すぐに待機用の部屋へと案内された。

 カン女官は、私の足袋を綺麗なものに履き替えさせ、袿の裾もおろしてきれいに整えてくれた。身支度が整うと、担当の女官が、待合いへと案内してくれた。

 待合いの入口で部屋の中を見渡すと、ミョンス様とハギョン様がこちらをみて手招きして下さった。軽く会釈して、アン家姉妹の元へと行くことにした。


「今年もよろしくお願いいたします。」


 床に手をついて、お互いに年始挨拶を交わす。


 カン女官の流行予想通り、部屋の中は煌びやかな金糸銀糸の刺繍がぎっしりとはいった腰丈の衣に、煌びやかな裳を纏う少女達であふれていた。王族は王族にだけ許されている模様を刺すことで王族アピールしている。衣も裳も、ハッキリとした色になるまで何度も重ねて染め上げた、鮮やかで一目で高価だとわかる物が多かった。


「袿になさったのね。襲目の色合いが美しいわ。」

 ミョンス様が私の袿に触れて言った。

「そう言っていただけると心強いです。」

「最近は王宮でも袿はあまり見ないけど、これはなかなか素敵だわ。王族に特別に許可されている衣装だし、重ね方で趣味も出るし。」

「ミョンス様の衣の刺繍も、とても凝っていて美しゅうございます。髪の簪も煌めいていて、揺れる音も心地よく。」

「これ、父上が隣国の商人から手に入れて下さったの。」

「とても珍しい物なのでございますね。」

「石も色々ついているでしょう。」

「えぇ、とても鮮やかですわ。」


 衣装の話を交わしていると、スリョン様やソンジン様が姉妹で一緒にやってきた。それぞれ、初めてお会いする方もありご挨拶を重ねた。


 挨拶が一段落付くと、今度は兄上のお友達のジョンミン様の妹君のヨンギョンが近づいてきてご挨拶を頂いた。夏にミョンス様ともども一緒に町歩きをした仲である。


 しばらくして招待客の全員が集まったようで、お茶会の部屋へと案内された。王族の序列があって、ノ家のユヨン様とスリョン様が先に案内され、次いで私が入り、アン家、チョ家と順に入る。先日ご挨拶した、元王太子妃のソウォン様の従姉妹のサンジナ様もいらしていた。それは美しく装っていて、家の勢いを感じる。

 年頃のお嬢様達が勢ぞろいすると、ミヨン王女が部屋へ入ってきて、年始のご挨拶をしてお茶会が始まった。


 かの内官が言っていた通り、お歌の会だった。お歌と聞いて、あからさまに表情を変える人もいる。表情にこそ出なくても、部屋には緊張感が漲る。


 これは何の集まりなのだろう。


 年の頃は10~16、成人前の少女達が一斉に集められている。どちらも立派なお家のお嬢様達だ。ミヨン王女とお近づきになって、何か王家としては得られる物があるのだろうか。王女は降嫁しては、政治的な勢力には属さずに静かに暮らすのが慣習だ。お近づきになる意味は皆無だ。


 会が進んでいき、彼らの必死さを前にして、ここに、結果的に、王太子妃候補になれる少女達が集められていると思った。ソウォン様が廃される前から計画されていたお茶会で、計画されたときには、王女様が主催することで、ソウォン様より少し年若い名家の少女たちの顔をつなぐ程度の目的だったのかもしれない。

 たぶん、ソウォン様が王太子妃と決定した後に、殿下と年回りと家格の釣り合う女性はほとんど片づいてしまっている。結果として、継室となる方は、少し下の年齢層の未婚女性から選ばざるをえない。今回のこのお茶会は、絶妙なタイミングで、その未婚女性ばかりを集めて開かれることになったのだ。

 継室としてサン家のジニ様がおそらく最重要候補ではあるとの噂があるが、決定しているわけではない。だとしたら、王太子妃の座は、当然まだ誰のものでもないと理解されているはずだ。この煌びやかで、妙な緊張感に支配された会は、それぞれの家の権勢のお披露目会なのだ。そして、家々の思惑が気持ち悪いほどに渦巻いている。


 歌を書いて、王女様に問われては、お披露目をしたりして、それを上手に褒め合うという不思議な会だった。そして、真打ち登場となる。

 王妃様と王太子殿下が揃って顔を出した。にこやかなお二人が加わって、その後のお歌のお披露目の順番となってしまったお嬢様達には、大変に気の毒な状態になった。一人一人、王妃様の前での発言となるので、正式な礼をしてからお披露目をする。


「次はウンジュね。」


 ミヨン王女殿下がニコリと笑んで私を指名した。ゆっくりと立ち上がり、王族特有の王妃様への特別な礼をして、再び立ち上がって歌を披露する。

 今おつきあいのある人々と、四季折々の美しさに触れるたびに思い出すような、そんな友となっていきたいという歌にした。目立たない方がいいと思い、ふんわりとした感じの作品に仕上げた。


 王妃様も殿下もにこやかに歌を聞いていた。私のお披露目も終わり、次の人へと歌は移っていく。そして、全員が歌をお披露目すると、どなたのお歌が良かったかと再び褒め合う。そして、最後に王女殿下が声を出した。


「皆様のご意見ですと、サンジニ様を1等として構いませんか?」


 ふわふわとした少女達の賛同する声が部屋の仲で重なる。


「2等はどなたかしら。」


 再び、少女達は誰かの名前を挙げては、近い者同士でささやき合う。3等まで決めると、ようやくお茶会へと場は移っていくようだった。


「1等から3等には、お土産のお菓子を用意したので、お帰りの時に、お持ちになってね。」


 次は菓子と思いきや、運び込まれたものは膳であった。王妃様の前で、食膳を頂くというのはかなり緊張する行為だ。全員で日頃のしつけのお披露目会である。


 昼食会が終わって、ようやく、お茶会もおひらきとなった。王妃様も王太子殿下も引き上げられて、王女様だけになったときに皆の緊張の糸が切れたようになった。それぞれは待合いへと下がり、付きのものがお世話しながら、各自のかごが待つ門へと動き始めた。

 私もカン女官に、また袿の裾を持ち上げてまとめてもらう。王女様や他の王族のお友達に頭を下げると、待合いを出た。後ろにカン女官が付き従っている。みなさんとは別の方角へと歩みをすすめたので、煌びやかな集団からはすぐに外れた。


 部屋に戻ると、カン女官は衣装を脱がせてくれた。新品の借り衣装を畳み、返却用に長いお盆に風呂敷が広げられた上に、順番に重ねていく。


「急誂えの割に、何とかなりましたね。」

「薄様の刺繍が、キラキラしていて、良かったわ。」

「殿下が用意して下さった簪もにくい演出ですわよね。」

「これもお返しするのかしら。」

「……頂戴したと思った方が、殿下は喜ばれると思いますけど。」

「そう?」

「これなら、普段使いできますよ。」

「それはありがたいわね。」


 買い取って刺繍をしてしまった絹の衣装も丁寧に畳む。


「無駄遣いではないけれど、自分のためにお金を使うなんて初めてかもしれないわ。」

「……この位の出費は、王宮でのおつきあいをする上では、仕方がないですわ。」

「ふふ、この薄様、他の襲目色でも使えるわよね。縁に濃い色の紐を縫い込めば、印象も変わるかしら。」

「確かに。」

「お祖母様も母上も、ずっと縫い物をしていたから、色々な布を見てきたのよ。だから、私にも、少しはわかるのよ。」


 梅の簪を手の中でくるくると回して眺める。  


「それで、どのような会になりましたか?」

「……王太子妃を巡る牽制合戦……かしら。」

「……どうされるのですか?」

「……静観、かしら。」

「……?」

「あの絢爛豪華な様、見たでしょ。私は完全に牽制されたわ。絶対に太刀打ちできない。」

「では、どうするのですか。」

「私にも、カン女官にも、これといって特に何かできることはないわね。今まで通り、お仕事、ちゃんとするって感じかしら。」

「……はぁ。この当事者じゃない感じ、おかしくないですか?」

「私は目立たないようにしていたわ。他人の口の端などにのぼらないようにしないと。」


 ぷっと吹き出すカン女官。追求すると、用事を思い出したと部屋を出て行ってしまった。

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