表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/59

47思惑

 書記部での仕事は、年末に向けて新年の準備と言う意味でかなり忙しくなっていく。王族の行う祭祀に向けて、大勢の女官や内官が動く様子が、文書の行き交いを見ているだけでもわかる。でも、文書は儀式の部分を示すにすぎないので、結局どんな儀式になるのか、どんな意味があるのかはわからない。

 儀式の内容に関心があると書記部の部長さんにぽつりと言うと、その日の帰りまでに、礼部の文書の差し入れを受けた。


「是非、これを読んで、祭祀をご理解いただけると、今後の職務にも非常に役に立つと思います。続きがたくさんありますから、どんどん読んで下さい。」

「……あ、ありがとう?」


 部長が言うには、礼部の文書のミスは、書記部ではなかなか気がつける人材がいなくて困っていたらしい。興味があるなら、是非、お勉強して下さいと言う事みたいだった。


 ぱらぱらとめくると、誰も読もうとしない原因が何となく分かった。これは古典文書だと言ってもいいくらいのもので、使われている文字も現在ではあまり使用しないものや、見たことのないものまで含まれている。これは、図書室で調べながらでないと読めないと思った。

 結局、金曜の夜から、それらの現代語訳を作ることに決めた。単純な写本では自分も読みづらいし、誰かに教えるときにもきっと難儀する。夜の講義もなく、自由に使える時間が増えたので、すっかりこの作業に没頭する事になった。


 最初は年中行事について、その意味や概要について書かれた本を読んでいった。1回、わからない言葉も調べないで、ざっくりと通し読みをする。それから、辞書で言葉を調べつつ、現代語抄訳を作っていく。


 カン女官が寝るようにと諫めるが、やめることが出来ず、だいぶ夜更かししてしまった。


「眠いわ……。」

「当然でございます。今日はしっかりとお休み下さいませ。」

「気をつけます。」


 お仕事へ行き、夜はカン女官に言われるまで本に没頭するという生活である。


 日曜日の朝、セリが迎えに来てくれて、行政書庫に行く。


「ウンジュ、寝不足かい?」

「はい、少しだけ。殿下はいかがでしょう。」

「僕は元気だよ。おいで。」


 挨拶を交わしながら、すごく自然にお袖の中へと包み込まれて、ぎゅっと抱きしめられた。すぐに放してくれて、すごく自然にいつもの作業に戻った。おやつの時間を挟みながら、作業を終えると今日は殿下が忙しいようで、私は部屋へと戻された。


 部屋で昼食をとり、午後には書記部に行った。礼部から借りた本をざっくりとだけど一巡読んでいるので、年末年始の祭祀がらみの文書の意味が少し推し量れる感じになっている。まだまだ知らない言葉だらけだが、頑張って読んでいけばそのうち誤字脱字や文章のミスに正確に気がつけるようになるかもしれない。


 書記部での仕事を終えて、カン女官と一緒に部屋に戻る途中、カン女官から報告を受ける。


「殿下から、お手紙と一緒に、本が数冊、届けられました。女官様のお仕事中に、内官が持ってこられました。」

「そうなの?」


 部屋に戻り、届けられた本を見ると、非常にありがたいことに、礼部からお借りしている本の詳説と、講義ノートのようなものだった。1年ぐらい貸せるから、夜更かしはしないようにと書かれた手紙付きである。


「殿下って、細かいところまで気のつく方なのでしょうかね。」

「……どうかしら。つきあいが短すぎてわからないわね。」

「……殿下にはそれは言わない方がよろしいですわ。ちょっと傷ついてしまわれるかも……。」

「……でも、本当に、殿下については知らないことだらけだわ。」


 その日も入浴と夕食をすませると、部屋で本に取り組み始めた。部長さんに、礼部で借りた本を正確に読むのに辞書が必要で、図書室へ行ったという話をした。すると、帰りまでに書記部に辞書が届けられ、カン女官が持ち帰ってくれた。結局、部屋で作業が出来ることになった。

 合間、合間に外国語の単語復習を挟みながら、様々な儀式について読み込んでいった。


 月曜日は午前中は外国語講義で、午後からは自由。夕方に講舎へ行き、医官補助の講義の試験の発表をうけた。生徒たちは一喜一憂していて、自分の番を待つ。

「ク女官様、終わりましたら、少しお時間をいただけますか?」

「……はい、大丈夫です。」

「では、授業が終わりましたら、受付横の部屋へお越し下さい。」


 終了後、待っていたカン女官と一緒に先生の話を聞くことになった。


「こちらが、今回の試験結果です。」


 他の科目の答案用紙がそこに並べられた。


「……その、講義を受けられていないのに、大変優秀です。……大変申し上げにくいのですが、私どもで検討したのですが、女官様がご受講する意味があまりないように思います……。」

「……数回受けただけですが。」

「この先に講義する教科書の部分も、もう、覚えてらっしゃいますよね。」

「……はい。」

「それでしたら、これ以上はご受講は不要と思われます。」

「……さようでございますか。」


 もうわかっているだろうから、授業受けるなって事を、大変丁寧にすすめられているけれど、どうしたらいいのだろう。


「最近、学習されているのはどのような事ですか?」

「最近は礼部からお借りした、年中行事や宮中祭祀についての本を読んでいます。」

「でしたら、3学期はそれらに時間を使ってはいかがでしょうか。」


 変だ。私の時間の使い方について、どうして先生たちが配慮するのだろう。


「……わかりました。ご配慮いたみいります。」


 王妃様かな……。王妃様の言われるとおり、王女様との学習会へ参加して、王女様とは仲良くさせていただいている。医官補の講義は確かに王族の教養としてはちょっとずれている感が否めない。


「あの、先生、今後も質問などをさせてもらってもよろしいですか?」

「……はい、それは、なんなりと。」

「今年に入ってから医学を勉強していたので、続けたいと考えていましたが。ですが、今後も医学書を読まさせてもらいたいし、読めば疑問を感じると思うので。」

「でしたら、もう教科書は終わりにして、次の本を読まれてもいいと思いますよ。他の学生には文章が小難しいのですすめないのですが、いい本があります。ここに書いておきましょう。」


 答案の続きに、するすると数冊の書名が書き加えられていった。


 お礼を言って席を立って、カン女官と一緒に部屋へと帰った。


「ねぇ、王妃様かな?」

「気はお済みになられたでしょう?」

「ここで暮らしてきて、医官補にはなれないと、諦めがつきました。殿下のお役に立てる勉強をした方がいいかもしれませんね。」

「諦めが肝心です。」

「はい。」


 着替えを手伝ってくれながら、カン女官が声をかけてきた。

「来週の1週間、私の代わりに側仕えをする方との顔合わせですが、木曜日の午後でもよろしいですか?」

「方?」

「ふふ、大ベテランの方でして、どうしても同僚とは思いにくくて。ソ女官様は、下級貴族なのですが、とにかく有能で、女官長もされたことがあるような方です。」

「そんな方が私のところへ?」

「王妃様のご意向が大きいのではないでしょうか。」

「何か気をつけることは……。」

「王女様の前にでもいるように振る舞われてはいかがですか。それならいけます。」

「1週間も?……堅苦しいわ。」

「一緒に食事していたとかばれたら、やばいです……主に私が。」

「それは、そうね。大丈夫、パーフェクトに演じるわ。期待してて。」

「お願いしますよ……。」


 夜は兄への手紙を書いた。カン女官がいるうちに手紙を届けてもらわなくてはならない。12月分の俸禄を渡したいし、しばらく会えなくなるだろうし、会いたい。

 家に帰りたいな……。母上に会いたい。


「ク女官様、また、寂しくなっちゃってませんか?」

「手紙書いてたから。でも、大丈夫よ。」

「そうですか?」

「今度、兄上が来たら、甘えるから。」

「……宣言されてしまいましたね。」

「ふふふ。」


 殿下も、ぎゅってしてくれるので、ここに来た当初より、何となく守られている気がする。


 木曜日の午後、カン女官の休暇中に来てくれる予定になっている、ソ女官がやってきた。ソ女官は小柄でほっそりとした方で、話から貫禄のある女性を予想していたので、意外だった。そして。カン女官が完璧な女官として振る舞っている事に逆に驚いた。

 でも、上級女官に仕えているのだから、考えてみれば、それなりの人材が側仕えとして充てられるはずだった。たまにカン女官が不在の時に、一時的に来てくれていた女官たちもきちっとした人たちだった。


「ク女官様、ソともうします。」

「カン女官の代わりに、1週間も来てくれると聞きました。よろしく頼みます。」

「これから1週間、お仕えさせていただき、女官様の今後のお勉強の予定をたててくるようにと王妃様より申しつかっております。」

「お勉強ですか?」

「身分の高い方で幼い方の入宮の場合、特別に教育係がついて作法や儀式の所作などを教えます。」

「それは、ありがたいことでございます。」

「……ご興味がおありでしたか?」

「はい。しっかりと出来ていないと、どこで何を言われてしまうかわかりませんので、実は怖いと思っておりました。」

「では、来週からよろしくお願いいたします。」

「えぇ。」


 ソ女官は挨拶をすませると、すぐにさがっていった。カン女官と顔を見合わせて、お互いに巧くできたことを視線で確認しあった。


「カン女官の所作の美しさに驚きました。」

「あら、酷いですわ。私は女官の中では結構、優秀と言われて育ってきましたのに。しかも、ク女官様への配属は、一門の栄誉だとすらいわれているのに、ご本人からのこのいわれよう。」

「ふふふ。」

「上司となる女官に仕えるのと、ご側室様達よりも上位の女官様に仕えるのとどちらが名誉か考えてみて下さい。」


 子守役という感じにとらえていたけれど、ポジションとしては、かなりいい立場なのだろうか。位からいうと、王宮内女性の上から何番目、みたいな位置には当たると思うけど。


「でも、儀式関係の所作も教えるとなると、今後、宮中祭祀の分担が割り当てられる可能性がありますね。」

「え?」

「今の直系王族は数が少ないのです。王様に王妃腹のご兄弟がありませんから。先の王のご兄弟となるとご高齢ですし。お子さま方は王太子様以外まだ幼くいられます。王妃様もご懐妊期間も多く、王妃様がご出産のおりなどは、ヤン女官様がかなりの儀式を執り行っていた気がします。」

「傍系王族だから?」

「そうでございましょうね。」

「私では幼すぎる気がしますが。」

「……見た目は幼くても、話してみるとそうは思えなくなります。」

「そう?」


 ソ女官が帰ったので、文机につき、礼部の本を読み始める。木曜の午後はいつも雅な遊びをする日だったが、今日は好きなことをして部屋で過ごせる。文机に肘をついて、頬杖をつきながら本のページをめくる。もし、自分の父や祖父が元気な人で、王都で普通に生活できる資力のある王族の娘だったら、こんな生活をしていたのだろうか。

 誰かにかしづかれて、身の回りの世話をする者がいて、食事を作ることなど機会もなく、王女様のお勉強会に出かけるほかには、スリョン達は何をして過ごしているのかしら。


 実家の母は、屋内の寒さを和らげるために、薪を焚いたり運び込んだり、水をくみに行ったりしているのだろう。冷たい水で手を痛くしながら、家事をしているに違いない。お祖母様は、もう永遠に近い時間を、縫い物に捧げてるように思う。

 それでも、うちの人たちは誰も生活に対して何か不満を漏らすでもなかった。全員が何とか食いつなぐことに、喜びすら感じていた気がする。

 本だって家にあるものは限られていて、繰り返し読み過ぎて覚えるほど読んだ気がする。書き損じのくず紙を兄がもらってきては、それに先のすり減った筆に水で文字の練習をした記憶もある。


 ここで生活することで、多額の報酬がもたらされる。来年になれば兄も出仕することが出来るだろう。2人の報酬があれば、家族を王都に寄せることができるだろう。


 でも、それで?


 父上は王家に仕えられないことを残念に思っているようだった。だから、きっと、これでいいのだ。私も兄も、王家に忠実な僕になれればいいのではないか?


 ぼうっと、本の文字を追いながらも、思考がさまよっている。もう雪が深いから、兄は帰れるが、私は帰れない。春が来たら、帰れるのだろうか。帰るよりも先に家族が王都に来るのだろうか。


 何かに集中しよう。とりあえず、本だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ