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45病みあがり試験*

 朝からグァンシクのため息がすごい。試験前に風邪で寝込んだ面々は、試験勉強が間に合わなかった連中も多いらしく、完全に盛り下がっている。そして、現在進行形で風邪をひいている連中は、寒気や全身の痛み、倦怠感がハンパないようだが試験を受けないわけにもいかないと講堂へと出てきている。やたら厚着をしているので、見ればすぐわかる。


 今日から試験が始まる。先週は、試験勉強中だというのに、殿下に色々と問題を持ち込まれて付き合わされた。人のせいには出来ないが、久しぶりに風邪をひいたりもした。

 自分に関しては、試験自体は何とかなるだろうと言う感じがしている。大学に来て初めて気がついたが、皆は教科書を覚えていないようだ。何度か読んだり書いたりすれば、だいたい覚えてしまう気がするが、そうはしないみたいだ。覚えてしまえば、知識詰め込み型の試験は楽勝なのに。


「何で、お前だけ涼しげな顔をしているんだ。」

 ジョンミンが隣で呟く。

「楽勝って顔している。」

 テスクも人の顔を見て笑う。

 グァンシクは無意識のため息が続いている。


 講堂の前につくと、靴を脱ぎ、下駄箱に靴を入れると、座敷に上がって、4人でかたまって席に着いた。ノートや教科書を袋から取り出すと、最後の見直しを始める。



 先週の土曜日に、ウンジュに縁談話を告げた。まだ、いずれは王妃にならなくてはならないことは伝えていない。

 ウンジュが王妃になったら、そして殿下が王位についたら、僕は彼らを守る。だけど他に力になる勢力って誰がなるんだろう。王権は朝廷に支持されてこそ、安定した治世が送れる。ということは、今から、王太子の側近を集めていかないといけない。

 不安定な政権維持のもと、粛正の嵐などが起きて、血の雨が降るなどというのは望ましくない。さりとて、潤沢な国家予算を目指すとなれば、民衆が富む必要もある。既得権益をあまり害さずに、不正なども出来るだけ是正する方法を模索しなくてはならない。


 机に頬杖をつきながら、ぼんやりと将来の政治について思いを馳せる。お金を稼げればいいと思っていたけど、思いっきり殿下に巻き込まれている。殿下は生まれながらに逃げられないが、僕はここまで頭をつっこむ必要はなかったはずだ。

 囲碁の盤面を思い浮かべる。そして、現在の朝廷の盤面を思い浮かべる。さらに、その他大勢の貴族を思い浮かべる。食い込んでいける場所と、守りの堅い場所。対立している人々と、歴史的にも協力関係にある人々。

 大学の仲間で、僕が一緒に働いていけそうなヤツは誰なのか。そして、官吏になってから出会う人たちの中で、使える、そして信用の出来る仲間を作っていかないといけないのかもしれない。



 結論から言って、僕の試験は出来たと思う。回答に困ることはなかった。


「おい、ソンイ。」

 グァンシクが背中からのしかかるように肩を抱きにかかってきた。

「何だよ。」

「図書館での勉強会の記憶が、役に立ったよ。明日からの試験も、何とかなるかもしれない。」

「これ、嬉しいときの合図か何か?重いんだけど。」

 その次に、グァンシクはひょいと僕を持ち上げて、自分の肩に乗せた。

「嬉しいの合図なら、このくらいだな。」

「……お、降ろしてくれ。」

「了解。」

 いつも冷静なグァンシクが、試験の出来に安心したのか、変なテンションになっている。丁寧に降ろしてくれたが、びっくりした。


「重量挙げじゃないんだから。」

「いやいや、進級できないかもしれないと不安だったのが、何だかどうにかなりそうな感じでなぁ。」


 グァンシクを始め、流感組の多くも、それほど出来なかったわけではないだろう。皆、そういう顔をしていた。

 今回は図書室での学習会を開催していたから、いつもよりも早めに学習のまとめ作業に取りかかっていたのかもしれない。そして、覚えた上での議論も展開していたから、知識はかなり定着していたのだろう。


「図書室での勉強会に救われたな。」

 グァンシクが呟く。

「あれな。今回は僕もテンポ良く学習を進められた気がする。皆で同じ事を進めていたから、自分だけペースが遅れるわけにもいかないって、気が気じゃなかったしな。」

 ジョンミンがつぶやきにつぶやき返す。そして、テスクも加わった。

「ジョンミンもか?僕も、一人だったら、ちょっと今回みたいな所までは到達できなかった気がする。」


 テスクは自分で言うだけあって優秀だった。大体何でも良くできるのだ。そんなテスクの発言にジョンミンもグァンシクも目を見開く。


「テスクは僕たちに付き合ってくれているだけだと思っていたよ。」

 グァンシクが小さく言う。


「いや、僕はけっこう優秀だけど、大学の連中も何だかんだでそれなりに優秀だろ。塾の頃の連中とはひと味違っているよ。今回、議論した中で、本当に気づいていなかったような、はっとする意見に出会えたよ。レポート作りや作文なんかに影響を与えられた。」


 テスクの珍しくまじめな物言いに、一同がちょっと驚かされた。まじめなのに、まじめに見られることに照れる質だ。


「この学習会をこれからも続けたいと思うのだけど、お前らはどうかな?」

「テスクからそんなに歓迎されるとは思わなかったよ。僕はとりあえず今年科挙に受かるつもりでいるから、僕が関われるのは今年いっぱいの予定だけど、それまでは僕は協力するよ。」

「……僕も是非続けたいから、協力する。」

「グァンシク、どうも。」

「僕だって協力するよ。」

「ジョンミンも、どうも。」


「それじゃ、仁八中心に、今後も学習会を継続して運営する事を、ここに宣言します。」

「「「おぉぉ。」」」

 結局、テスクがえらいやる気になっていて、宣言してしまい、皆で小さく賛同。


 昼食を挟んで、試験のあるものは引き続き講堂へと向かい、そうでないものはそれぞれに部屋や図書室へと引っ込んでいった。



「クソンイ、手紙が来ていますね。」

「……ありがとうございます。」


 水曜日頃に事務へと行くと、ウンジュからの手紙が届いていた。


 殿下に告白されたこと、縁談の話をしたら殿下の事だったこと、安易に縁談の話を受けてしまったこと、自分が殿下の治世の足しになるのか心配だということ等がつらつらと綴られた内容の手紙だった。


 ウンジュは王妃になるということに、大いに戸惑っているようだ。茨の道にしか思えん。いや、巻き込まれた僕も相当に茨の道なのかもしれないなぁ……。殿下に会わせてしまったのは、正直、迂闊だったな。


 ため息しか出ない。


 しかし、恋かぁ……。恋をしたことがない自分には、何もかける言葉もない。ウンジュは農民っぽい色黒さを持っているけど、殿下はぜんぜん気にしていない様子だよな。ウンジュなんかより、カン女官の方がどれだけきれいで上品か。殿下もソウォン様の裏切りに、大人の女性というのを遠慮しちゃっているのかなぁ。ウンジュなら、しばらくはお友達な関係を築いていくしかないだろうしなぁ。


 王様の命令書がでる前に、父上には伝えておきたいが、帰り道は雪道だろうと思うと、そう何度も往復はしたくない。さりとて、手紙を認めて誰かに読まれても差し障る。そして、正直言って王命がいつになるかもわからない。来週かもしれないし2年後かもしれない。


「クソンイ殿、手紙をお預かりして参りました。」

「……キム内官殿。」

「お返事がある場合は、ク女官様を通すようにとのことでした。」

「わかりました、ありがとうございます。」

「では、失礼いたします。」


 縁側でウンジュの手紙を読んでいたら、次の手紙が届けられた。キム内官が直接持ってきたということは、殿下からに違いない。


 開けると、大体、ウンジュの報告と同じ内容であった。ウンジュの了解を得たという喜びの報告だった。王妃様はお喜び頂いていて、王様とウンジュに会う機会を設けて、その後に正式に決めることになるとあった。さらりと書かれているが、ウンジュは、王様に拝謁する必要があるらしい。我が妹ながら、なんて可哀想な娘だろう。王様に拝謁する機会ってどんな場面なのだ。


 文箱にどちらの手紙もしっかりとしまった。


 週末に向けて雪が舞うようになった。講堂まで行くにも、外気に触れると痛みを感じる程に冷え込んでいる。布を顔の周りにまで巻きつきつけて、防寒して試験へと向かった。


 試験は滞りなく終わり、提出物もしっかりと出してある。首位をとれたかはわからないが、上位にはちゃんと入っているだろう。


「クソンイさん、あの、添削の件で。」

 試験が終わって、昼食を終えた昼下がり、図書室で本を読んでいると、サム先輩が声をかけてきた。

「ここだとよくわかりましたね。……じゃ、やりますか。」

「はい。」


 会話が出来ると言う意味で、図書室の小研究室を一つ借りた。試験明けと言うこともあり、一人で図書室を使っているような状態だったが、サム先輩は見つけてきた。


 とりあえず、科挙で良く聞かれるようなお題について、それぞれの考えを語りあうことから始めることにした。典拠はどの本なのか、その本を書棚から持ってきて、実際に話の筋を確認したりもした。そして、それらの話を道徳的にも必要だと補強していく。


「先輩、筆に起こさないで、口頭で僕を試験官と思って、先輩の意見を説明して下さい。」

「……君を試験官として?」

「王様でもいいですよ。」

「……わかった、わかりやすく、順序よく説明するんだな?」

「はい。僕は先輩の説明をメモします。」

「わかった。」


 説明されたメモを先輩に示して、この順に作文を作ってみるようにと伝える。

「……そうか。」

「はい。」

「すぐに書く。」


 先輩はハッとしたようにメモを見つめてから、作業を開始した。何かを乗り越えたのかもしれない。僕も同じお題で作文を書いてみる。先輩の論点を使いながら反対の結論を導いたものを書いてみる。


「できた。」


 1時間程かかっただろうか。先輩が、筆を置いた。


「いかがですか?」

「……以前ほど、迷走はしていないと思うのだが。順序はいいと思う。」

「では読んでみます。」


 金曜日の午後いっぱい、サム先輩との作文練習を続けた。


「先輩、迷走しない方法はわかってきましたか?」

「……今まで何を書いていたのかと、恥ずかしくなる。」

「次回のお題はこれにしましょう。締め切りは来週の水曜日でいいですか?僕は来週末には実家に帰ろうかと思っていますので、週末に向けって作文を読ませてもらいたくて。」

「了解した。では、これから説明メモを作ってから書いてみよう。ありがとうな。」


 小研究室にサム先輩を残し、僕は普通の閲覧席へと戻る。暖房の効いている閲覧席と、極寒の閲覧席がある。当然、温かい席を目指して本を数冊持って行くこととした。

 読んだことのない本を読んでいく。家では受け継いできた本はあるが、新しいのは写本として預かってきた本のみだった。田舎の本屋に出回る本は数が限られていて、数冊の本を何度となく写本し続けた。大学に来てからは、暇を見つけては本を読んでいる。写本やノート作りにも時間を割いたが、結構な量の本を読むことも出来た。


 朝廷政治の事など正直あまり考えたくない。興味があるのは都市計画や流通だ。民衆が平穏に、豊かに暮らせるように、何か仕事をしたいと思っている程度なのだ。しかし、それだけでは済まなそうだ。

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