41小さな指
月曜日は勉強会の日。朝、目が覚めて、頭の中で今日の予定を思い巡らす。不意に殿下に触れられた感覚がよみがえり驚く。昨日からずっと続いている思考の巡りだ。気がつくと、無意味なので思考を止める。
「ク女官様、お目覚めになられていますか?」
「……えぇ。」
「まぁ、まだ、おしとねの中でございましたか?珍しい。」
「考えが散ってしまって、ごろごろしてしまったわ。もう、起きるわ。」
布団から起き出すと、カン女官が布団を畳んで片づけてくれた。今日は勉強会へ行くから着替えもカン女官が張り切って着付けてくれる。
「この衣装、可愛いわね。この紐の刺繍の鮮やかなこと。今まであったかしら。」
「あら、お気づきいただけましたか。」
「?」
「私が刺繍しておきました。」
「……そうなの、やっぱり上手ね。」
「もちろんです。しごかれましたもの。王宮を追い出されることがあっても、お針子として生きていけます。」
着付けが終わり、次は座らされて髪を梳かれる。髪をきゅっきゅっと引っ張られては紐で絞められる。
「王宮って、追い出されることあるの?」
「女官補から女官になれなかった子は、17歳で全員退去なんです。」
「……そうなんだ。」
「私も、勉強不得意でしたから、女官に上がれなかったら生活に困るだろうからと、手に職って感じで頑張ってました。」
「王宮から出さた人たちは、どうしているの?」
「女官補の子たちは、とりあえず結婚ですかね。」
「……まぁ、そうなの。」
「はい。女官は文字を理解できますし、それなりに暮らしていけると聞きますけど。」
おしゃべりしながらも、カン女官は髪を結い上げる。
「では、お食事をとって参りますね。」
「ありがとう。」
カン女官を送り出すと、文机に座り、今日の夜の試験のためにノートの見直しをする。合間に、外国語の練習もする。飽きて、嫌だなぁ……と感じつつも、見直しをする。見直しの作業自体はさほど難しさは感じないが、苦痛は感じる。これしか取り柄がないから、やめるわけにも行かず、気を取り直して見直し続ける。
「ご朝食をお持ちしましたよ。」
「はーい。」
座布団を持って、食膳の前までいく。
「いただきます。」
「どうぞ召し上がれ。」
いつものように二人で食事をする。
「今日はお勉強会の後に試験なのですよね。」
「えぇ、日常的に医官補助の仕事をしている皆さんに比べたら経験も少ないから、恥ずかしい出来になるような気がするわ。」
「……そうでしょうかねぇ。女官様ほど熱心に勉強をしている女官の知り合いが、私にはいませんよ。」
「受けてみるしかないかなって思ってる。女官試験の時もそうだったし。」
「ク女官様はこの試験でどんな評価でも、別になにも変わりませんしね。」
「……そうね。残念だけど。」
迎えが来て、その日の午前中の講義を受けにいく。今日は学んだ文字を使って、単語を作り、意味を学んだ。しばらくは、単調な単語をひたすら覚えることになるらしい。
「ここまで、次回試験をしますから、きっちりと覚えてきて下さいましね。」
「……はい。」
単語のメモ束をもらい、王女殿下達の講義室へと向かう。まだ、講義中のようだった。廊下に座ってぼんやりと庭を眺める。
「ウンジュ。」
殿下の声が聞こえた。振り返ると、先ほど出てきた教室の方から殿下が顔をのぞかせて、手招きをしている。
「はやく。」
幻まで見るようになったかと思いつつ、誘われるままに立ち上がりそちらへと歩いていく。
「パク教授に用があってきたのだけど、お前にも会えないかと思っていた。会えて嬉しいよ。」
「……殿下。」
「今日は可愛らしくしているな。」
殿下はふわりと私の頭を撫でた。
「昨日、あれから色々と考えたんだが、これをお前にやろう。」
殿下が懐から出した布を開くと、玉で出来た指輪があった。
「手を出して。」
「……え。」
「この指で合うかな。……さすが、サイズもちょうどいい。」
「……殿下?」
「これなら仕事中でも付けていられるだろう。」
「……このような高価なもの。」
「いくつもあげるものでもないんだから、いいだろ。」
「……あ、ありがとうございます。」
「いつも、付けていてよ。」
「……ですが。」
「あー、命令だ。この指輪は決して外さないように。」
「……は、はい、わかりました。」
殿下は例の完全無欠な微笑みを見せた。指輪をはめた側の手を取り、優しく撫でられた。
殿下は兄のように私を喜ばせ、可愛らしく着飾らせようとして下さる。
「嬉しい?」
殿下が耳元まで顔を近づけて聞いてくる。
「……可愛い……。」
ぐっと引き寄せられて、腕の中に抱き留められた。殿下の衣装から焚きしめられた香が仄かに匂う。
「殿下、そろそろ。」
扉のところに内官がいた。ずっとそこにいたのかと思うと、急に恥ずかしくなる。
「殿下。」
また、内官が声をかけてきた。
「あぁ、わかった。……じゃ、またね。」
殿下は内官をつれて、そのまま講義室の方へと向かった。パク教授に用があると言っていたっけ。
私は足の力が抜けてしまい、その場にしゃがみ込み、そのままうずくまった。
(何だったの?)
今までの殿下とのやりとりがあふれるように思い出されて、感情も考えも追いつかない。何を思い出してもじたばたしてしまいそうだ。
「あー、ここにいた。ウンジュ様、講義終わりましたのよ。」
スリョン様が扉からのぞき込んできた。
「どうしましたの、そんなところに座って。」
「……皆様をお待ちしてたのですが、お恥ずかしいところを。」
「外国語というのは面白いのでございますか?」
「まだよくわかりません。文字を覚えているところです。」
「色々読めるようになりましたら、楽しいのでございましょうね。」
スリョン様が近づいて、その辺に落として散らかしてしまった紙束を拾い集めてくれた。
「あ、いたいた。」
ミヨン王女様が声をかけてきた。
「ミヨン王女様。ウンジュ様、いらっしゃいましたわ。」
「申し訳ございません。廊下でお待ちしていればわかりやすかったのですが。」
「いいのよ、それじゃ、昼食に参りましょう。」
ミヨン王女様が颯爽と歩きだしたので、皆が後ろをついて行く。講義室を通ったときに、殿下がパク教授と話しているのが見えた。
袖の下の指輪を撫でてみる。人に大切にされるというのは嬉しいものだ。殿下にとって、私は親しい友人の妹で、かわいがる対象なのかもしれない。王妃様も私に衣装を下さったりするが、王太子殿下もそれと一緒なのかしら。
指輪を触る。
「この指輪は決して外さないように。」
殿下の声が耳にこだまする。




