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4お手伝い

 畑の苗達はすくすくと育ち、芽かきをしたり、育てる枝を決めて支柱を入れたりし始めた。草の勢いがついてきて、抜いても抜いても、気がつくと育っている草がいたりする。

 ウンジュは強い日差しを藁で編んだ帽子で防ぎながら、朝から農作業をしていた。

「母上、今日は暑くなりますね。」

「えぇ、旦那様がおつらくないといいのですけど。」

「父上は急な気温の上下に弱いですものね……。」

「昼間はいいのですけど、夜半から急に冷え込んだりするのが、堪えるのではないかしら。」

「確かに、今朝は少し涼しいくらいでしたものね。」


 午後になると、河原で釣り糸を垂れてみる。本を読みつつ、引きがかかるのを待つ。運がいいとつれる。父の栄養になるので、ちょくちょく兄がやっていたが、兄がいなくなったので、私が兄の子供の頃の服を着て、男の子っぽくなって川縁に来ていた。

 家から釣り竿と桶を持って川へと歩いていく。近所のおばさん達は会えば声をかけてくれる。我が家の窮状をよくご理解されている面々である。

「ウンジュちゃん、釣りかい?」

「おばさん、こんにちは。釣れるといいのだけど。」

「こればかりは運だね。頑張りな。」


 家のすぐそばを流れる小川にでると、草地と砂地が続く場所があり、そこを抜けると、両手いっぱいぐらいの大きさの岩が連なっているような場所となる。その辺りまでくると、糸を垂れてみた。川の水音が心地よい。ザブザブと大きな石を通る音、ちょろちょろと小石をすり抜ける音。どちらも重なり合い大きな音をたてている。鳥のさえずる声も聞こえ、静かなはずの、誰もいないこの場所は、実はかなり騒々しい。大きな音に身を任せてしまうのが心地よい。

「あ、かかった。」

 独り語ちる。慌てて本を投げ出すと、釣り竿を引き上げる。小さな鮒がくっついていた。小鮒を桶にあける。

「よし!」

 かけ声をかけて、また、釣り糸を垂れる。餌はミミズである。気持ち悪いが、いくらでもどこにでもいるので便利である。


 父上と書いている注釈書だが、注釈すべきと考える部分を、父の視点で色々な書籍に立ち返っては説明を加えていき、思いもつかない展開がなされていった。私は原本を繰り返し読み上げ、また、参考になりそうな本も繰り返し読む。父は、横になりながら思考をしているようで、まとまってくるとまた口に出し、私はそれを筆記する。それほど長くはない論文の註釈なので、何とかなりそうだった。父の論文が出来あがってきていることに、わくわくしている。父の名で、この注釈書は世に出るのである。その手助けができていることがうれしい。


「おっと、またかかった。」


 結局、1時間ほどで5匹もの小鮒を釣ることができた。写本の仕事もあるので、そろそろ帰らないといけない。桶を紐で釣って、竿を持ち、本を懐中すると川を後にした。母上は小鮒に喜んでくれた。いつものように、酢で締めてから和え物などにしてくれるのだと思う。


 夜半、急に父上が苦しまれ始めた。風邪を召してしまわれたのか、ここ数日の陽気が恨めしい。夜が明けてから、近くの医者を呼びに行くことになった。

 医者のいる街まで歩いて40分、医者の家の門で声を上げる。

「ホン先生、ウンジュです、父上が苦しまれていて。往診をお願いします。」


 家の中の方でがたがたしたかと思うと、しばらくして先生が扉から顔を出した。先生は40代で、身綺麗にしているが、独身らしく、一人で医院を切り盛りしていると兄が言っていた。結構お人好しで、お金のない人の面倒まで見ているから、人を雇えないのだと言っていた。病人と共倒れしないと良いけどとも兄は言っていたのだけど、うちも払いの悪い家の一つであることは間違いない。

 ホン先生に来てもらい、いくつか針を刺してもらい、父は少し落ち着いた。


「ホン先生。」

「はい、どうしましたか。」

「お支払いがだいぶ、滞っていると思いますが、ウンジュを手伝いにやるのでは、足しになりませんか。」

「え、そんな、お嬢様をそのようにお考えにならなくてもよろしいのでございますよ。」

「そちら様で昼間だけ、働かせてもらえば、もう少し、患者をさばけると思います。先生のような方が、このまま経営困難に陥っていくのを見ているのは忍びなく、また、私も大変困りますので。」

「……よろしいのですか?」

「こちらからお願いしたのです。」

「それは、ウンジュは筆記が出来ると、本屋でも聞いています。助かります。」

「使えないようなら帰して下さい。」

「……はは。」

「明日からは朝7時の鐘で家を出しますので、夕方は4時の鐘で家に帰ると言うことで。」

「よろしくお願いいたします。」

 ホン先生が父上に頭を下げた。

「こちらがお願いしたことです、頭を上げてください。ウンジュ、しっかりと働くのだよ。」

「はい、そのように致します。」

 

 その日、父は突然のようにそんな話を始めた。以前から考えていたのかもしれないが、余りに突然のことで、私もホン先生も家族も驚いた。私はホン先生の医院で働くことになったけど、畑や写本は早朝や帰ってからやればいいってことかしらね。

 

 先生は帰って行き、私は朝明るくなり、近所の寺の鐘が鳴り始めると家をでた。

「ウンジュ、ちょっと今日は見学して、色々とうちでの仕事を学んでもらいたい。」

「はい。取りあえず、お部屋を掃除することから始める感じですか?」

「いや、掃除は最後だよ。うちは午前診療で、午後は往診に出るために閉めているんだ。朝、患者が門の前に来るから、木札を順番に渡して、順番に診察をすることにしている。午前の診療中は、今日はよく見ていてくれる?追々、教えるから。そうだ、処方箋を写す作業は頼めるかな。時間短縮になる。それで、午前中が終わったら、午後、往診にでている間に、掃除や洗濯を君にしてもらえると本当に助かる。」

「色々と教えて下さい。出来るだけ、速やかに覚えてお仕事できるようにします。」


 先生の話を聞いているうちに、すでに医院の前には体調の悪い患者さんの列が出来ていた。


 医院は、門を入って庭があり、建物に続いている。建物の入り口を入ると、土間が続いていて待合い室となっている。待合室には腰をかけていられるように、切り出した丸太の腰掛けが並べて置かれている。隣の人が呼ばれると順番に横にずれていくようになっている。

 待合室の続きは診察室兼処置室だった。患者さんが座る床にはござが敷かれている。先生の机には記録するための紙が置かれていた。面白かったのは、壁一面に、番号が書かれた取っ手の付いた小さな棚が並んでいたことだった。お薬だけでなく、色々なものが入っているとのことだった。

 その奥は、先生の居室の様で、また布団がひかれていて、脱ぎ散らした寝間着が散乱していた。


「おっと、見た?」

「他言いたしません。」

「……いつもは綺麗にしているんだよ。」

「先生の居室でございますから。」

「……信じてよ。」

「お気になさらず。」


 ホン先生は、居室の布団をあげて、私は寝間着をたたんで布団の上に置いた。先生の居室と納戸があり、納戸には本の山が形成されていた。じろじろと興味深そうに覗き込んでしまった。


「昨日患者さんにもらった握り飯、君も食うか?」

「朝食は済んでますから。」

 答えると先生は皿の握り飯をぺろりと食べて、瓶から水を注ぐと飲み干した。

「水はここで飲んでくれ。はい。」

「いただきます。」

「うちはお金よりも食べ物での支払いが多くてね。君のお昼はごちそうできると思うよ。」

 茶碗を受け取り、水をいただいた。朝から何も食べていないので、すごく美味しかった。


 ものの数分で、全ての準備を整えた。

「じゃあ、患者を入れるから、入れ方を今日は見ていて。明日からは君に任せたい。」

「了解です。」


 先生は医院の門まで降りていき、声をかけた。

「大変、お待たせしました。木札を受け取って待合いでお待ちください。順番に見ますから、列を崩さないでゆっくりとお入りください。」

 患者さん達はだいぶ待たされたのに、木札を受け取ると、行儀良く静かに列を進んで待合いに入った。待合いでは木の札の順に呼ばれることになっているらしい。木札は待合いの入り口に置かれていて、新しく来た人は木札をとって中に入ってくる仕組みになっているようだ。


「今日はここで、見学。」

「はい。」


 先生は患者さんを見始める。不快を訴える場所以外の話も聞く。足が痛いと言っているのに脈をとったり、眠れているかなどまで聞いたりしている。


「ここが痛くて。」

「あぁ、これはいつから痛いんですか。」

「……半月くらいかな。」

「だいぶ悪くなっちゃっているよ。ちょっと痛いけど、切って悪いものを出してしまう

よ。」

「ウンジュ、2番の箱、箱ごと持ってきて。」

「はい。こちらで。」

 先生は小刀を火であぶり、きれいな布を準備して、足に切り込みを入れた。患者さんはうっと唸ったが、絞り出されるように膿を出され、2番の粉を切り口にもみ込まれ、包帯を巻かれた。

「明日、もう一度こられるかな。」

「へぇ。」

 小刀を鍋に投げ入れ、汚れた布を別のたらいに投げ込む。


 次の患者さんはだるそうにしている。先生は脈を取り、のどを見て様々な症状を聞き取り、最近のことを聞いた。帳面にするすると文字を書き込み、処方箋を記入する。

 そのときに、処方箋に書かれた文字を横から見て、ウンジュは写していく様に言われた。何を誰に処方したのか記録を残さないといけないのだが、同じ処方をその場で2回書くのは結構面倒くさいらしく、また時間もかかるので、自分が書く時に同時に、書き写してくれると大変楽とのことだった。


 患者さん達は、その場で支払いをして、処方箋をもらって帰っていく。


「先生、みなさん、処方箋はどこに持って行くんですか?」

「役所のそばに、薬屋がいるんだよ。そこに持って行くと、処方してくれる。」


 診療は基本午前中らしいが、2時頃まで患者さんが残ることが多いらしい。今日は始まりが遅かったので3時まで患者さんが続いていた。支払いの難しい患者さん達が、野菜や卵、魚などを手に診察に訪れ、確かに先生の言っていた通り、営業が終わる頃までに、握り飯やおかずがそろった。


「ウンジュへの支払いも、食品でいいか?」

「十分でございます。しかし、まずは、我が家の付けを払ってしまうまではただで結構です。」

「結構たまっているぞ。」

「ははは。」

「食べ物は腐るから、是非持って行ってくれ。実は結構困っている。」

「母に調理してもらったものをお持ちしましょうか。」

「それは大変ありがたいね。」

「では遠慮なく、色々いただいていこうと思います。」


 午後は、包帯や布の洗い方や干し方、取り込んだ後のたたみ方やしまい方を学び、小刀などの煮沸の仕方も教わり、4時の鐘がなる頃には、大体片づいた。

「じゃ、また明日。頼むよ。」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします。」



 長い一日を終え、家路についたが、なかなかに面白い一日だったなと思い返していた。医院から家までは結構遠いので、時間短縮で走って帰ることにした。

「はあはあ、ただいま、はあはあ、帰りました。」

「……まぁ、ウンジュ、走ってきたの?」

「時間もったいないんで。」

「まったく、男の子じゃないんだから、もう少し、おしとやかにしなさいと。」

「はいはい。」

「はいはい、じゃありません。」


「先生の所はどうだったか。」

「はい、父上、大変忙しそうにされていました。お部屋の掃除や、待合いの整理や、包帯や布の整理整頓などを教えていただきました。私がして差し上げられることが増えれば、先生も、もう少し色々なことが出来るようになるのではないかと思いました。」

「そうか。よく仕えるのだよ。」

「はい。それより、父上、そろそろ注釈書を仕上げなくてはなりません。期日はすぐですので。」

「そうか、そうか。じゃ、はじめようか。」


 父上は、まだ体をだるそうにされている。眠ったり少し起きたりを繰り返していたと、母がこっそり教えてくれた。無理をさせると体に悪いが、少しくらい無理をしたい時も、あるのではないかと思う。無理をさせないように、それでも、少しは作業を進めるようにしたい。

 その夜は、父との作業をすすめ、適当なところで父には休んでもらい、本屋に届けなくてはならない写本を終わらせるために筆を走らせていた。急ぎつつも、美しくあげないと、商品価値が下がってしまう。きっちりと筆を運び、楷書で書き上げなくてはならない。


 夜はまだ長くて、終わらせなくてはならない本は途中である。夜中まで作業が続く日は、廊下に机を出して、小さな明かりと月明かりで本を写し続ける日がある。部屋の中では父や母、祖母が寝ていて、誰かが寝返りを打つ時、衣擦れの音が時折聞こえる。外は闇につながっている。

 時折聞こえる鳥の声、そして月が私を照らしている。澄んだ空気が冷えている。

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