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37試験前*

 ウンジュが王宮にいるが、毎日会うことも出来ないので、むしろ1人で王宮に置いている感じがして不安になる。カン女官という方がウンジュをかなり気にかけてくれているのを、ありがたく感じつつ、殿下が妙にウンジュを気に入っているのが気に入らない。


「勉強中に何を考えているんだ?」

「あぁ、ジョンミンお帰り。……ウンジュのことをね。」

「妹っこだな。」

「お前だって妹がいるんだから、少しは心配な気持ちがわかるだろう。」

「……うちのが王宮にいるとしたら心配だな。絶対にきかん気を起こして、一日も持たないよ。」

「……お嬢様なのに。」

「お嬢だからだよ。ルールに縛られるのは無理だろう。」

「……確かに。ウンジュは奉公に行くつもりで出仕したから、丁寧な扱われように逆にびっくりしているけど。」

「うちのだったら、どこに行ってもお姫様として扱われないと無理だと思うよ。金持ちでないと嫁げないと思う。」

「ヨンギョンちゃんなら、どこにお出ししたって恥ずかしくないお姫様だよ。」

「そうかなぁ。」


 朝起きて、ひとっ走りしてから、部屋で教科書を眺めながら、物思いに耽ってしまっていた。グァンシクとテスクは走りにいってから、まだ戻ってこない。早めに戻ってきたジョンミンと妹話をしていると、ジョンミンがふと話し出した。


「昨日さ、家に戻れって連絡が来たから、朝から家に戻ってきたんだけどさ。」

「……?」

「婚約が決まった。」

「……知っている人?」

「……何となく……あの子かな……と言う程度。」

「それで、どうなの?」

「ムンガクファンの長男の娘だ。」

「兵部の長官の直系の孫か?家柄から言えば、かなり、いいんじゃないか?」

「……さすが、完全に覚えているな。」

「顔合わせはいつだ。」

「正月に挨拶に行く予定だよ。結婚は、卒業してからだから、まだ、数年はこのままだよ。」

「……そうか。」

「あ、婚約のこと、まだ皆には。」

「君が言うべき事だ。僕は黙っておこう。」

「そうしてくれ。」


 結婚の話は父上とはついぞしたことがない。母上のような、貧乏に耐えられつつ、王族に嫁げる身分がある姫君?を捜さないといけない。着物の一枚も櫛の一本も買ってあげられないような家で、お祖母様と両親の面倒を見てくれるような方がこの世にいるのか、甚だ不安であるが。まぁ、仕事に就きさえすれば、誰か来てくれるだろうか。


 しかし、恋とか、そういう感情はいつ芽生えるのだろうか。何か恋いこがれるようなそんな経験をしたことがない。女性に興味がないとは言えない。ただ、近しい世界に具体的な女性がいなかった。知り合いと言えるほどの関係を持った女性がいただろうか。いやいない。


「あれ?」


 逃避したくなる現実。いや、でも、婚約者を大切にすると言う意味では、女性の知り合いは皆無だというのは問題ないのかもしれないが。恋だなどと、何を言っているのだ。しかも恋煩いでもない。


「……どうでもいい。まずは、勉強。」


 完全に学習モードから逸脱してしまっていることに気が付いたので、自分に声をかけた。


「独り言、唱えているぞ。」

 ジョンミンから忠告。

「……どうも。」


 レポートの類はほぼ完成した。この内容のままでいいか、書き直しをするか、日々読み直して推敲を重ねている。

 朝食の時間前に、グァンシクたちも汗を流してから帰ってくるはずなので、それまではもう少し頑張る。


 昼間に授業へでかけ、講義修了とともに学生が立ち上がるが、ノートを見直していて、一歩出遅れていたら、声をかけてきた先生がいた。

「クソンイ君。」

「あ、先生。何かご用でしょうか。」


 隣にやってきてそのまま座り込まれたので、立ち上がれなくなり、そのまま先生と話を続けた。


「君の妹さんにお会いしましたよ。」

「ウンジュに?」

「王女殿下の学友を勤めることになったのかな。今更な勉強をしに来ていたよ。」

「……それは、よろしくお願いします。」

「あの子は外国語は何かやっているのかな。」

「いえ、そう言う学習はさせてきていません。」

「ちょっと、教えてもいいかい?」

「はい?」


 その先生は国に許可を受けて、外国語を研究している一族の出で、工学や医学などの分野の本を翻訳したりする作業をしていると聞いたことがある。西方の文化レベルは高く、思想や宗教に気をつける必要はあるが、学問的には学ぶ価値があると聞いたことがある。


「あの子なら王族だからすぐに外国語学習の許可がでるだろうし、まだ若いし、吸収も良さそうだ。筆記も早い。」

「一生働かせるつもりで王宮にお出ししているつもりではないのですけど。」

「……3年あれば物になると思うんだよね。その後は結婚しても、手伝うくらいはしてくれるだろう?女性にしては、いい小遣い稼ぎになると思うよ。」

「……それは。……では、あの子がやる気を見せるなら、どうぞ、ご伝授下さい。ただ、この一年位は医学に興味が強く引かれていて、最近は王宮の医官補助の講義を受けていると思います。ですから、語学に専念できないと思いますが。」

「……医学をかじっているのか。じゃあ、数学をと思ったのだけど、医学書もいけるかもしれないなぁ。とりあえず、君の了解が得られてよかった。本人に話をしてみよう。」

「そうしてみて下さい。」

「それより、君は今年、科挙を受けるのだろう?」

「……そのつもりですが。」

「官吏になったら、ジェモ様もようやく都に戻られるのかな?」

「父をご存知ですか?」

「恐ろしく出来る後輩だった。」

「ははは。」

「体調はともかく、田舎に埋もれている人じゃない。王様も代替わりしたし、もう、戻られても大丈夫だろう。」

「……父は今年、初めて注釈書を手がけていました。」

「それは手に入るか?」

「ウンジュに写本させましょうか。写しを持っていると思います。」

「じゃ、私からウンジュに頼んでみよう。木曜にまた会うから。」

「よろしくお願いします。」

「じゃ、また。」


 ウンジュはやはり忙しそうだ。働くというのはそう言うことなのだろう。僕の今年一年は本当に貴重な一年なのかもしれない。


 しかし、王様が代替わりしたから、父上が都に来ることが出来ると先生は言わなかったか。父上の身体のせいで、田舎に暮らしていたのではなかったのか。先生の意味深な発言に、心の中では疑問符がわいていた。祖母の姉が王様の生母であるという問題が、祖母の子である父上の安全にも関わっていたのだろうか。父上は王位継承にはほぼ無関係なのに。見た目が似てるとかあるのかな。王宮って恐ろしいところだな。

 真実がどうなのか僕にはわからないが、先の王妃の問題で父上が田舎に引っ込んでいるという見方をする人々が、ほんの一部でも存在するという事実に驚きだ。全くの名無し役無しの没落名家だと、考えていてはいけないのかもしれない。何に足をすくわれるかわからん。


「あの、クソンイさん。」

「……はい、なんでしょうか。」


 今日はよく話しかけられるな。先生と立ち上がったはずだが、再び話しかけられて座ることになった。


「このレポートを添削してくれないか?」

「……僕が、ですか?」

「頼む。」

「……添削はしますが、代筆はしませんよ?」

「当然だ。」

「今、持ってます?」


 どさりと4枚のたたまれた紙束が渡された。


「では、今、読みます。」

「おぉ、ありがたい。」


 まず、ざっと読む。論点の破綻はないか。誤字脱字はないか。課題について、論点がずれたりせず、正しくこたえているか。


「これは……直した方がいい気がしますが、直す気ありますか?」

「え?」

「内容についてはよく学習されていて、検討もされていて努力されている感じがして良いと思います。課題にも正対しています。ただ、文章が明瞭ではありません。」

「……そうなんだよね。どうしたらいいんだろう。自分で書くとこうなってしまう。」

「人に説明する順番ってあるじゃないですか。こういう文章も同じです。たとえば、このレポートだけど、この文章をここにいれて、この段落をここにうつして。」


 ざくざくとレポートに線をいれたり、数字を書き込んでいく。展開に無理があるなら、もう一度、検討するように指示したりと、結局、昼の休憩時間、全部を使って文章を添削した。


「……これを元に、書き直してくる。もう一度見てくれないか?」

「夜は、図書室で皆で学習会しているの知っていますか?」

「あぁ、最近、図書室に人が集まっているとは聞いていたが。」

「僕もそこに参加しているので、夜でしたら図書室でお会いできます。」

「わかった。助かった。あ、名乗っていなかったが、サムヒョンオンだ。4年なんだが、このレポートが通らないと卒業単位がやばいんだ。」

「……そうでしたか。」

「お礼は何がいい。」

「僕、講義ノートを1冊15文で写しを売っているんですけど、レポート、1教科、15文でも良いですか。合格したら出いいですよ。」

「わかった。助かる。このレポートは、実は1学期にも突き返されていてね。」

「それは苦労されていますね。先輩はすごく勉強されているのに。作文の練習をされるといいですよ。」

「……作文?」

「はい。先輩はよくわかりませんが、致命的に作文が下手です。」

「……クソンイ君、君が見てくれないか?」

「……そうきますか。なぜ僕なので?」

「僕がすごく勉強しているなんて言うのは、母上と君くらいだ。これでも僕は、かなり勉強しているつもりなんだ。だがうまく行かなかった。君が作文を勉強した方がいいと言ったんだ。そんな指摘は初めてだ。それと、僕はテスクの母方従兄弟でね、あいつが君の話をよくしてくるんだ。藁をも掴むって気持ちで話しかけさせてもらったんだが、こんなにしっかりと添削してもらえて感動している。是非、頼らせてもらえないか?」

「テスクの従兄弟なんですか……。あの、先輩、僕は先輩が勉強ができないとは思えません。作文が下手なんです。かなりな知識をお持ちなのに、残念な状態なんです。先輩の作文、大混乱なんですけど、いい文章が入ってます。」

「そんな風に言われたのは初めてだよ。」

「……作文かぁ。……そうだ、今年、科挙をお受けになりますよね。」

「一応な。」

「僕も受けますが、科挙まで、作文を添削しますよ。試験明けから科挙の2月末まで、毎週1枚書きましょう。添削した物の書き直しも翌週中に。滞る週があったら、僕はそれ以降は添削しません。如何でしょうか。」

「……試験明けからか。頼む。」

「お礼は先輩が合格したらでいいです。僕の病身の父を王都に連れてくるのに必要な旅費を持ってもらえませんか。寝たきりなので、船に乗せたり荷車に乗せたりしないと連れてこられなくて。」

「受かったら?」

「はい。」

「……カゴと人夫を用意する。お体に響かないように丁重に運ばせてもらう。マジで頼む。」

「じゃ、ライバルですね。僕も受かる気でいるので、よろしく。」


 先輩の作文にだらだらと書かれている文章は濃い。教科書をよく読み、よく考えられた意見が述べられていて、論拠としてあげてくる内容もよく検討されている。教科書以外の先生のすすめた本もよく読まれている。これは勉強している人の作文だった。

 ただ、読み手の気持ちを一切無視していて、バラバラと情報が提示されていくのだ。数行読むだけで、苦しくなってくる。「いつかちゃんとした内容が書かれる」と信じていないと、読みきれないタイプの文章だ。ただし、読んでいくと、名文が散在するのだ。

 時代を超えて受け継がれる、迷作というのはある。わかりづらいと全員が悶絶しながらも読みたくなるという作品。でも、試験じゃそんな迷作書いてたら受からない。

 文章力をのばすことが出来たら、今学期の単位は取得できなくても、科挙合格による卒業に該当させることが出来るかもしれない。こう言っちゃなんだけど、父上の旅費にちょうどいい。

 先輩の意見は非常に練られていてハッとさせられる。一緒に取り組むことで、自分の勉強にもなりそうだ。


 先輩と別れると、遅い昼食をとり、その日の午後は授業がなく、研究会などにも顔を出さずに部屋に戻った。自分の提出予定のレポートを読み直したり、各科目で出題されそうな課題を検討して、どう答えるかを書き出してみたりして過ごす。


 夜、図書室へと移動すると、サム先輩が紙束を持ってやってきた。きっちりと書き直されている。その場で読み、そして、再度気になる文章や段落構成を動かす。サム先輩はその後、2晩かけてレポートを完成させた。


「この文章の論点も論旨もすべて、先輩の考えで作られた先輩の作品です。」

「……確かにその通りだ。」

「この文章を提出する前に写しを作っておいて、唱えたり書いたりして、丸暗記しておくといいと思います。ほかの科目にもこの論理展開は使えるはずです。」

「……丸暗記?」

「騙されたと思って、今回だけ、覚えてみて下さい。」

「……わかった。必ず覚えるよ。」


 サム先輩の熱意はすさまじく、真面目っぷりや博識ぶりに、改めて尊敬の念を抱いた。自分も頑張らなくてはと思わせてくれる。所謂、彼は人格者なのだと思う。

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