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36恋バナ

 朝、カン女官はいつものように朝食の膳をもって来た。


「ク女官様、殿下とはいったいなにをなさっていたのでございますか?」

「……行政書庫へいってきたのよ?」

「……王太子殿下とお昼を一緒になさったのは本当の事でございますか?」

「あぁ、えぇ、殿下の居所に招かれて、お昼を一緒に食べたわ。凄く美味しかった。」

「美味しかったじゃありません!」

「え?」

「あーんってされたのを召し上がられましたか?」

「えぇぇ、そんなことは……無かったと思うけど。」

「砂糖菓子をあーんって!」

「……あ、書庫で、おやつを食べたかも。だって、お食べって。」

「だってではありません、兄弟でもないのに、そんなことを男女の間でしてはなりません。」

「……ごめんなさい。……でも、どうして知っているの?」

「その場にどれだけの女官がいたと思っているのですか。」

「……そうね。」

「今は、殿下の所の女官だけで話が止まっていますが、外での振る舞いにお気をつけ下さい。お嫁入りに響きますよ?」

「……はい。すいません。」


 朝からカン女官のお小言を聞くことになってしまった。昨日のお昼も、勝手に連れて行かれてしまったわけだし、私に落ち度はほとんどないんじゃないだろか。お菓子だって、口まで運ばれたら、食べちゃわないだろうか。それに、女官たちから見たって、私はどう見たって子供だろうし、別に噂にするほどの物ではないと思う。つまり、面白可笑しく楽しまれているだけなのだろう。

 なのに、叱られる私、可哀想。


「反省しているんですか?」

「してます、すごくしてます!……でも、カン女官もその場にいれば殿下の意図がわかるから、そんなに心配しなくても済むのに。」

「……。(殿下が女官様の言動に一喜一憂している姿に、王太子宮の女官一同が唖然としているだなんて、私からは言えない。)」

「今日は、ミヨン王女とのお勉強会なのよね。午後はなにをするつもりなのかしら。」

「……風流なお遊びでもされるのでしょうかね。」

「寒いから、屋内での作業よね。ちゃんと、場に応じた振る舞いができるか、心配だわ。」

「……大丈夫ですよ。」

「え?」

「例のお祖母様仕込みは伊達ではありません。」

「そうよね。お祖母様を信じるしかないわ。」

「その方は、王妃様にも通用しますから、信じて大丈夫な方です。」

「わかったわ。他に信じられるものもないし。」


 午前中は教室で講義を聞いて、途中から暗誦試験が行われた。先生の所へ行き、指示された箇所を暗誦し、意味を伝える。


「君、クソンイ君の妹君だと言うのは本当か?」

「……兄をご存知なのですか?」

「あぁ、大学で教えている。」

「そうでございましたか、兄弟揃って、お世話になります。」

「いや、この本は、誰に習った。」

「はい。父上に習いました。」

「なぜ、ここに来ているんだ?」

「王妃様にもう一度勉強するようにといわれて、伺わせていただいています。」

「……そうか。……もう、学び終わっているよね。」

「はい。一通りは。」

「……普段は書記部の女官なのだよね。」

「はい。」

「そうだな……この本を読んで、読めたところまでの感想を、次回、簡単に書いて来てくれないか。」

「……はい。」


 試験を終えて、部屋の端っこで先生と少し言葉を交わす。宿題が増えてしまった。医官補助の学科試験前だというのに、先生に言われたら断れない。

 渡された本は、ざっと見た感じ、算術についてかかれている。漢字が左から右へと書かれていて、読みにくい。中に同時にしるされている数字や絵が面白い。四則演算について、図形について、言語化されたものを見たのは初めてだった。


 座席に戻ると、次の人が試験に向かう。他の子たちは、座って自分の番を待っている。学習期間が短い人からの順番で呼ばれているようだ。

 待っている間中、やることが無いので、渡された本を読んでいた。横書きにも次第に慣れてきて、自分の習った九九や計算方法を、全く違う観点で展開されているのに驚きつつ読む。


(これ、外国の本かもしれない。)


 心にわくわく感がわき起こるのを感じる。この国ではひたすら科挙を目指すための本を勉強することになっていて、こういう自由な学問に出会える機会は皆無な気がする。大学だって学生は全員、科挙に合格する為の一つの手段として通っている。大学に残って研究を続けるにも、科挙に受かる必要がある。科挙に通らなければ、国の機関で働いたり研究したりする事はできないことになっている。なので、受かるか諦めるまでは、国のすすめる学問に終始するのだ。

 

「ウンジュ様、ウンジュ様。」


 身体を揺さぶられて初めて講義中だったことを思い出した。講義が終わり、皆で次の場所へと動く所だった。


「申し訳ありません。先生から本を借りて、没頭しておりました。」

「どんなご本なの?」

「ミヨン王女様、これは算術の本でございますね。」

「難しそうね。」

「足し算引き算かけ算わり算の考え方などが、書いてあるだけで、風変わりですが、難しい内容では無いですよ。あと、横書きなので読みにくいですね。」

「あ、本当だ。でも、面白いわね。横書き。」

「そうでございましょう?」


 後宮内を歩いていくと、池の畔の四阿へと通された。お膳が用意されていて、皆で昼食をいただいた。食後はそれぞれが刺繍を刺しながらおしゃべりをすることになった。話を聞いていて、少しずつこの4人の関係性が見えてきた。

 ミヨン王女は10才で私と同い年である。だいたい彼女がホストの役割を演じている。アン家のミョンスは12才で年上だが王女と仲良しみたいだ。妹のハギョンは下のクラスで勉強中らしくてこのクラスにはいない。

 ノ スリョンは11才でノ家の次女、チョ ソンジンは11才でチョ家の3女で、この二人は馬が合う感じで仲良しに見える。

 ミヨン王女は勉強のことは口では面倒そうに言うが、実際の所は向学心旺盛で、疑問をそのままにしないですぐに解決したいと思ったり、暗誦に真剣に取り組んだりしている。なので、ご学友として3人が選ばれているが、彼女たちも皆、勉強熱心なようだった。


「ミヨン王女様、今日の暗誦はうまくできました?」

 ミョンスがミヨン王女に尋ねた。

「何とかね。ミョンスはどうだった?」

「私も、昨夜、必死に覚えました。」

「今回の部分は、なんか覚えにくかったわよね。スリョンはどうだった?」

「私はこう言うのは苦手です。姉上に手伝ってもらって、覚えたつもりでしたが、試験では思い出せないところもちらほらありまして。」

「ソンジンはどう?」

「はい、王女様、私も兄上に山掛けをしてもらって何とか。」

「ソンジン様、山掛けですか?いいなぁ、兄上が家にいてくれて。」


 ソンジン様の山掛け発言にスリョン様が食いついた。


「スリョンの兄上は、大学生でしたものね。家からでているのですね。」

「はい、王女様、いつもはいなくてもいいのだけど、こう言うときにはいてくれる方が役に立ちますわね。」

「ふふふ。スリョンは言うわね。ウンジュはいきなりの試験で戸惑わなかった?」

「はい、この本は、以前から父に繰り返し読まされてまして、すっかり覚えていたので何とかなりました。」

「え、全部、覚えているの?」

「……えぇ。何十回も書き写しもしましたし。お恥ずかしい話ですが、うちは貧乏でして、本を写して売っておりましたので。」

「ウンジュは勉強ができるのね。書記部の女官がつとまるのですものね。」

「え、書記部で働いているの?」

「はい、スリョン様。」

「え、女官なの?何で、働いているの?」

「ソンジン様、うちは深刻な貧乏でして。」

「「……。」」


 スリョン様とソンジン様が固まってしまい、王女殿下に視線を泳がせている。


「ウンジュの家は、ご当主のご病気が続いてらして、ずっと無役でしたから、財政状況がお苦しいのかもしれませんね。」

「ウンジュ様の兄上はうちの兄上と大学が同室なのですけど、秀才だと聞きますわ。科挙に及第して、官吏になれば、生活はすぐに落ち着かれるでしょう。」

「……王女様にミョンス様、ありがとうございます。うちは貧乏ですけど、何とか食べていますので、ご心配はいりません。」

「……お金など無くても、お勉強も礼儀作法も難なくこなすのですから、確かに、仰るとおりなのかもしれませんね。驚いてしまって、申し訳ありません。」

「いえ、スリョン様、私、自己紹介の時にお話しなかったですし。」

「私もごめんなさいね。」

「ソンジン様、こちらこそ、驚かせてしまってごめんなさい。」


「ウンジュの仕事と言えば、この間、皆さんに紹介した詩集ありましたでしょ?あれ、ウンジュの写本ですわ。スリョンも、気に入ってくだすったでしょ。」

「あの恋の歌!あの方の本は、なかなか手に入らなくて。ウンジュ様が写されたの?」

「……あの詩集。はい、書記部に回ってきたので写本いたしました。書き写しながら、内容にちょっとドキドキしました。私、恋ってしたことないんですけど、こんなにドキドキするなら、早くしてみたいですわ。」

「……初恋まだなの?」

「……え、皆さん、恋したことあるんですか?」


 全員が、ほんのり赤く色づいたかの様だった。


 話は恋バナへと進んでいく。恋バナと言っても、父親の持ってきた婚姻話に頷く以外の選択肢はないみたいだ。でも、やはり興味はあって、どんな方が良いとか話し合った。


「第2王子のクム様は格好いいですわよね。」

「スリョン様、確かにクム様は素敵ですね。」

「クム兄上?まだ14だから、もうしばらくはないんじゃないかしら。」

「ですよね……。」


 王子は結婚すると王宮から外へ出なくてはならなくなるので、王太子以外の王子の結婚は遅いらしい。結婚適齢期をすぎた頃に、適齢期の姫と婚姻する慣例があるから、20才前後で14才位の方を娶ると思われる。


「ミョンス様のお兄さまのグァンシク様なんか凛々しいですよね。」

「えぇ!ソンジン様はあんなのがいいのですか?……汗くさいというか……。」

「妹の評価、低いのね。」と王女様。

「でも、グァンシク様は確かに逞しいですよね。」とスリョン様。

「ソンジン様、重量挙げ、グァンシク様が1位だったって兄上から聞きましたわ。」

「やっぱり、素敵よね。」

 ソンジン様は少しうっとりとなさる。


「王女様はどなたが好きなの?」

「ジョンミンお兄さまがずっと好きだったのですけど、最近、婚約されてしまって。」

「まぁ、それは。」


「……結婚って、運なのでしょうか。」しんみりととミョンスが声を出した。

「運というか、私たち、男の方を知らなすぎますわよね。大学の体力大会を見るくらいしか、王族以外との出会いなんて無いですしね。」とスリョン様。

「王族同士というのが楽ですけど。」とソンジン様。

「どこかで見初められて、是非にと望まれて、嫁いでみれば愛されて……。子供が出来れば大喜びされて、共に慈しんで育てようなんて語り合っちゃったりしてなんて……奇跡なのかしら。」

「「「王女様。」」」


 実際は、家の家格とか、雲をつかむような噂話で相手を見定めたり。娘を美しく着飾らせてお茶会に参加させてみたり。有力者でなければ、声がかかるのを待つしかないようだ。


 女の子の結婚適齢期は、14~16才位で、身分の高い家同士だと、12才位から結婚させてしまう事がある。この場の誰にとっても、誰と結婚するのか、どんな結婚生活なのかというのは、大問題なのだ。


「王女様、王太子妃の空位って、私たち影響受けるのでしょうか。」

「どうでしょうね。」

「もう一度、禁婚礼がでるとか?」

「それはないんじゃないかしら。継室になるわけだから、略式で行くんじゃないかしら。ソウォン様の生家のサン家から出すか、王族から出すかというところじゃない。こんなことになってしまって、いい方が来てくれるといいのですけど。」

「そうですね。王太子殿下はのどのような方がお好みなのでしょうね。」

「……ウンジュ、あなたがそれを言うの?」

「……え?」

「……あなたみたいな勉強できるタイプかもしれませんよ。」

「……私が出来るのは本当に勉強だけですからね。ここに集まるみなさまの華やかさを見るにつけても、私などは圏外でございますね。殿下は私を猫のように思われていると思います。お菓子をくれたり、子供のように扱かわれますよ。」


 刺繍は着々と出来上がっていて、私はハンカチをつくっていた。兄上にあげようと思って、白地に紺の縁取りで、緑と金糸で、亀が戯れている柄の一枚と、黒と銀糸で、鯉が泳いでいる柄の一枚とが出来上がっていた。


「あら、いいハンカチに仕上がっているわね。」

「本当だわ、ウンジュ様、刺繍もお得意なのですね。」ミョンス様が近づいてのぞき込んできた。

「以前は売り物も作っていましたから。貧乏の力です。ふふふ。」


「ミヨン、今日はお友達と刺繍かい?」

「……兄上様。」

「ウンジュも刺繍できるのか?」


 急に王太子殿下が現れて、ミヨン王女に声をかけてきた。


「ウンジュの刺繍はどんなだい?」

「これでございますよ、殿下。」

「へぇ、亀と魚?」

「鯉でございます。金糸と銀糸を使えましたので、ちょっと、豪華に見えますでしょう。」

「これ、僕に頂戴。」

「……それは構いませんけど、殿下に差し上げるならもう少し刺繍を豪華にした方がいい気がしますけど。」

「これでいいよ。2枚とも頂戴。礼に、そうだな、櫛を交換してあげよう。」


 私の髪から櫛を抜かれて、殿下の櫛を抜いて私の髪に刺しなおした。そして、私の櫛を殿下は自分の髪に刺し直した。


「よし、ハンカチはもらっていくよ。」

「……え、あ、はい。」

「じゃ、ミヨンとお友達の皆もごゆっくり。じゃあ、ウンジュ、またね。」

「「「「……。」」」」

「ほら、ミヨン王女様、子供扱いですよね。」

「「「「えぇ!?」」」」

「え?」


 赤く頬を染めた女の子4人が、ウンジュと立ち去っていく王太子殿下を交互に見つめるのだった。

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