3大学へ*
ソンイは貯めたお金を持ち、大学へと旅だった。森を抜けると王都となっていて、大学は王宮の西、王都の北西地域にあり、大学街を作っている。大学の敷地内に寮も併設されていた。ここで生活していくには、学費と寮費とかかるが、ソンイは学費免除生であるため寮費だけを納めればいい。しかし、家賃と食費とになるので、これが結構キツイ金額なのだが、払うと食事も3食ガッツリついていて、紙代、筆記用具、衣類、医療費まで、生活に必要なものはすべて支給される。
部屋は身分や家格などで分けられている様子だったが、どんなに身分が高くても4人部屋である。入寮には試験があり、15才以上の者すべてに、試験を受けることが許されているので、様々な年齢の者がおり、いろいろな顔ぶれがある。
大学の門をくぐり、すぐに受け付け部屋があり、そこで手続きをしてくれる。その場で身長と胴回りを測り、適当な制服を渡された。
「下着と日常着はいるか?」
「是非。」
「……そうだろうね。じゃ、これとこれでいいかな。」
「大変助かります。」
「それと、筆記具や紙類は隣でもらってくれ。」
「何から何まで、ありがとうございます。」
「いやぁ、見るからにねぇ。バイトも紹介しているから、困っているようだったら声をかけてくれ。」
「恐れ入ります。」
「……あれ、部屋は仁?……お前さん、身分は高いのか。あそこは金持ちばかりだけど大丈夫かね?」
「……そうなんですか?……気をつけます。」
「困ったら、まぁ、声をかけなさい。」
「よろしくお願いします。」
受付を通り、衣類ももらい、続いて紙や筆、墨などをもらい、ほとんど手ぶらで来たのに、風呂敷いっぱいの荷物となった。
ここをまっすぐ行って、桜の木の所で左に曲がってまっすぐ行ったところにある、仁という寮へいくようにと言われた。言われたまま、歩いていくと、まだ咲いていない桜の木に出会い、そこで曲がると小道となった。
前から制服を着た先輩と思われる人たちの集団が歩いてきたので、道を避けてそっと頭を下げた。先輩達は自分に気がつかず、話に花を咲かせながらワイワイと歩いていってしまった。
道に戻ると、寮まで歩いていく。寮は長屋のようになっていて、5部屋で1棟になっていて、8棟建っている。全部が4人部屋なのだと、さっきの支給所の役人が言っていたから、大学の定員はさしずめ各寮40人定員として、仁・義・礼・智4寮で160名か。3年から5年で卒業していくと聞いたから、毎年、寮の部屋が空いただけ受験者が合格する仕組みなのか。
どの部屋も中に人の気配がする。
「……仁八、ここだ。……失礼する。」
声をかけて、ソンイは縁側にあがり、だらしなく開いていた扉に手をかけた。
「クソンイという。よろしく頼む。」
「……ソ ジョンミンだ。」
「……ミョン テスクだ。」
「アン グァンシク。」
「部屋は来た順に好きな場所をとらせてもらった。君はそこでいいか?」
ジョンミンと名乗った男が、場所を教えてくれた。3人とも、上品な絹の私服を纏っている。かなりの高位貴族であるように見える。自分の姿がそれはみすぼらしく、異様に見えるのではないかとソンイは思った。しかし、そこで思考停止していても仕方がない。とりあえず、何をしたらいいのかを聞くべきだ。
「あぁ、場所はそこでいい。ところで、教えてもらいたいのだが、このあとはどうすればいいのだろう。」
「あぁ、今夜は君は夕食の鐘がなるまでは特にすることはないだろうから、風呂に入って着替えたらどうだ?我々も、適当に今日の風呂はすませている。」
「そうなのか。湯をもらえるところがあるのか?」
「私が案内してあげよう。」
「ジョンミンといったか、君は親切だね。ありがとう。」
「いや、気にしなくていいよ。」
風呂場のような囲いのある小屋に連れて行ってくれた。昼間の間の空き時間に、160名で入れ替わり人が使っているようだった。釜には常に湯が沸いていて、半分くらい水を張った桶をもち、沸いた湯をそこに柄杓ですくって入れる。水浴びに適当な温度に調節すると、洗い場に行き手ぬぐいを湯に浸しては体をこする。
足りなくなるとまた、湯をもらえるので、髪もしっかりと湯で洗えて気持ちがいい。男所帯で不潔では本当に救いようが無いだろうから、ここは重要な施設であった。ソンイは後日、規則で2日以上風呂に入らないことを禁じる事項を読んだとき、無精というものはやはりいるのだと感慨に耽った。
若干迷いながら仁八の部屋へと戻ってくると、支給された衣類に着替えたせいか、さっきよりも抵抗少なく部屋に招き入れられた。
「クソンイと言う名は、あまり聞かないが、どちらのク家なのだ?この部屋にいるってことは、それなりの家柄のはずだが。」
話しかけてきたのはアングァンシクだった。アン家は世襲8家の1つである。
「うちは、世襲王族のクだ。5代王の弟が始祖なのだが、曾祖父から祖父、父と事故や病気があってね。ここ100年近く、まったくもって国に奉公できなかったんで、我が家は忘れられてしまっていると思う。」
「確かに、世襲8家のク家なら、名前はしっているよ。我がアン家は8代王の弟を始祖としているんだ。」
「アン家のことは祖母から聞いている。うちの曾祖母が公主だったのだけど、その方の兄に当たる方がアン家の始祖だと聞いているよ。」
「じゃぁ、意外と近い親戚なんだな。」
「よろしく、グァンシク。」
「こちらこそ。」
「ソ家も一応、有名なんだけど。知っている?」
「あぁ、まさか同室だとは思わなかったけど、ジョンミョン、君の家は、父上が礼部長官でその妹君が王妃様、であってる?」
「あってるよ。」
「テスク、君の家は、父上が工部長官で、母上が王様の妹で、第二公主ソヨン様。」
「全部覚えているのか?」
「……全部ではないけど、公になっている貴族名鑑は読ませてもらったよ。」
「あぁ、あれか。」
「俺も見たことある、まだお経の方が読みやすいんじゃないか。意味、見つけられるし。」
「20年毎に改訂されていて、うちに古い物から置いてあってね。最新が去年改訂だったから、祖母が絶対に必要だからと、食えないのに買ってこいと言われたので、もったいないので隅々まで読んだよ。」
「食えないって?」
「うちは貧乏なんです。見てわかったと思うけど。なので、僕は君たちの常識とは違う動きをすると思う。僕は上流階級についてほとんどわかっていないから、是非、いろいろと教えてもらえるとありがたい。」
「うちはかなり金持ちだから、金持ちがなんなのかってことは教えて差し上げられるかな。」
ジョンミンが答えた。
「上流階級といえば、この宿舎じゃ、ノインテク様が君より家柄は上だね。3年生で、今年卒業を目指されていると聞いてる。」
テスクが寝転がりながら話す。
「卒業を目指す?」
「科挙を受けるってことだよ。」
グァンシクが答えた。
「つまり、科挙に受かりさえすれば、卒業できるってこと?」
「昔、1年生の2月に科挙受けて、1年足らずで卒業した偉人がいると聞いたことはある。」
「グァンシク、良いことを聞かせてもらった。僕も早く卒業したい。とにかく、こんなにお金のかかる生活はそうそう続けられない。早く役職について、両親と妹を王都に呼び寄せられるようにならないといけないんだ。」
「……まぁ、励めよ。」
ポン、とグァンシクがソンイの方を叩いた。
ソンイはその日の夕食に、感激を隠せなかった。おかずやおつけ物、山盛りのご飯が盛られている。いつもであれば、これは家族全員で分けられる量だ。なのに、ここではこの膳をすべて食べてもいいというのだ。
「感激していないで食え。ソンイ。」
「これに感動しないで、何に感動するというのだよ。ジョンミン。」
「泣かないで食え。ソンイ。」
「食べられるということは、本当にすばらしいことだよ。グァンシク。」
「勝手にしろ。」
「テスク、捨てないで。」
翌日からは、授業の受け方や、試験の方法や日程、講義の種類やその内容の説明があった。時間割表と単位表、卒業や科挙の申請方法なども説明された。単位による卒業と、科挙に及第することによる卒業があるとのことで、学生は毎年科挙を受験する資格が与えられる。
すべての講義を受講することが認められているが、多くの生徒は1日3講義程度を選び、週6日間を過ごして、1日休養日がある。ソンイは取りあえず参加すると教科書を配布してもらえるので、全ての講義を受けに行ってみることにした。きっちりとノートを作り、6講全てを聞き終えると、図書館に籠もりノートを別のノートに写す作業を始める。毎日、毎回、全てのノートを5冊ずつ書き写し、もらった教科書も5冊分、書き写した。試験前に、ノートの写しを欲しがる生徒がいれば売ればいいし、教科書は本屋に売ればお金になる。それと、ウンジュに教科書とノートをあげると喜ぶだろう、などとソンイは皮算用しつつ、紙はただでもらえるので、ノートと教科書を5冊作る作業を続けていた。
「ソンイ、今日は外に遊びに行こうと思うのだけど、一緒にどうだ?」
「ジョンミン、僕は遊ぶ金は1銭も持っていないけど、一緒に行っても大丈夫かい?」
「じゃあ、食堂で握り飯もらっていけばいい。」
「それはいい案だね。是非ご一緒させて欲しい。」
「王都は見たことあるのか?」
「無いから、できたら、王都を散策したい。」
「じゃぁ、君は本が好きなようだから、まずは大学街の本屋から始めようか。」
「それはいい。」
休暇の日、机にかじり付いていたソンイに呆れて、ジョンミンが声をかけた。グァンシクとテスクは既に花街へと旅立っていた。青年たちにとって、花街を歩く芸者さん達の艶やかな衣装や仕草などは、見るだけでも満足させる代物だ。ただ、大学生ともなれば、王都では、将来有望な青年と見なされていて、芸者も誘えばお茶くらいは付き合ってくれるのだ。勇者は振られるのを覚悟しながら、芸者やその見習いに声をかけるのだった。
その日、大学の門から一番近くの本屋で、ソンイは写本バイトをゲットした。
「この字なら、良い値で買わせてもらうよ。」
店長はソンイの字を見ると、即決した。
「講義のノートとか、教科書の写しは、ここでも売れるか?」
「講義のノートは高く売れるよ。持ってるの?」
「全部の講義のノートを5冊ずつ作っている。」
「……それは全部うちで押さえさせてもらっていいかい?」
「よかった、じゃぁ、ノートはこちらに下ろすことにするよ。試験前に全部そろえて持ってくるけど、宣伝とか適当によろしく。」
「予約を受け付けておくよ。授業出ないで試験だけ受けるっている猛者がいるんだけど、いいノートがあればなまじっか授業受けている生徒よりいい点を取ることがあるってきくぞ。」
「それほどのノートかはちょっとわからないけど。とりあえず、用意します。」
「それと、頼みたい本はこれ。」
「それは、ハク先生の新刊ですね。読みたかったんですよ、何冊写せばいいですか。」
「じゃ、5冊、大至急で頼むよ。」
「じゃぁ、2週間で。」
「……(早い)。」
ソンイと店長とで話が盛り上がり、せっかく連れ出してくれたジョンミンを放置していたことに気がつき、ソンイは店を後にした。
「仕事が見つかって良かったな。」
「半年分の寮費は払ったんだけど、続きのめどが全くたっていなかったんだ。ノートが結構言い値段で売れるみたいだったから、何とかなるかもしれないな。」
「あのバカみたいに沢山あるノートだろう?」
「そう。でも、5回も写すと、僕程度でも暗誦できちゃいそうだよ。」
「そういう効果もあるか。盲点だった。」
「うちには妹がいるんだけど、彼女の筆跡は僕よりも女性らしい緻密さがあって、妹の写した本の方が高く売れるんだよ。今は、彼女の写本で我が家は食べているはずだ。学費免除生になれなかったら、彼女は売られる覚悟をしていたよ。そんなこと、絶対にさせないのに。」
「まじ?」
「妹は真剣に悩んで、必死に勉強して、幼いのに写本できるようになっちゃったよ。写本してくれるなら、何とか生活できるからね。」
「……できた妹さんだね。」
「まったくだよ。」
本屋を出て、王宮の方へと行き、王宮へと南北に走る中心通りへと向かう。多くの人が行き交い、様々な種類の店が建ち並ぶ街を、ほとんど驚きをもってソンイは歩いていった。
華やかな表通りを一歩はいると、普通の家が建ち並ぶ。そして、さらに歩き河原の土手のあたりまでくると、貧民窟の様な貧しく修繕もされずに倒れそうに建っている町並みがあった。絹の服を着る人たちがいたあの中心通りから、たかだか十数分奥に入っただけで、自分が着ていた物よりもひどい衣装の者達がひしめいている。
「彼らはどうやって食べているんだ?」
ジョンミンに聞くと、知らないと返ってきた。女が歩いていたので声をかけてみた。
「おい、話をしたい。」
「……5文。」
「金は無いが握り飯がある。これでどうだ。」
握り飯を見せると、女はその場でそれを奪い取り、食べ始めた。
「何が聞きたいんだ。」
「この辺の者はどうやって食べているんだ?何が仕事なんだろうか。」
「かっぱらい、スリ、まじめな奴は畑仕事手伝いに行ったり、工事に行ったりしているよ。」
「お前は?」
「芸のない女がする仕事なんで、どこだって一緒だろう?」
「身売りか?」
「無粋だねぇ、兄さんは。」
「そんなもんに、粋なんて無いよ。死ぬなよ。」
「握り飯、あんがとよ。」
女は後二つの握り飯を布でさっとくるみ隠すと、さっさと自宅のある方へと走り去ってしまった。
ソンイは本ばかりで知識を吸収することに終始していたが、ジョンミンに連れられて王都をみた。同じ咲きそうな桜の花がある場所でも、そこに住んでいる人たちには様々な苦しみがある。美しい塗り込められた土塀が立ち並ぶ通りがあれば、朽ちつつある家の続く街並もあるのだった。身分制度があるのは理解できるが、これほどの生活格差は必要あるのだろうかとソンイは思った。
そして、休日となると、たくさんの握り飯をもっては、王都を歩き回り、いろいろな人と話をするソンイがいた。




