27入宮
先生たちのところを巡って、ご挨拶をさせてもらった。兄上が一緒についてきてくれて、心強かった。いつものボロい格好になると、自分に戻ったような気がする。自分の身の丈に合ったような気がしてしまうのは、いい服など生まれてこのかた着たことなんて無かったからだ。
残りの一週間を、私はホン先生のところでお手伝いをして過ごした。先生は惜しがってくれて、私もすごく残念だが、現金収入になる仕事も惜しかった。薬局でも、書店でも寂しがってくれて、なんだかこちらも悲しかった。
1週間で、母は買ってきた布で、私の外出用の裳を一枚縫ってくれた。地味な色目しか買ってこなかったので、薄い縹色で、衣は白。これで十分。母と祖母の裳と衣も新調してもらうように伝える。春までは、何か兄上が間に合わないような急用があれば、母上が町に出ないといけないのだと説得した。母も渋々、納得してくれて、自分用に一着、白の衣に灰色の裳を作っていた。
女官の衣装は美しいものだった。来週からあの格好で生活すると思うと、堅苦しく感じる。汚してしまったら、どうしたらいいのだろうかと不安である。制服として試着で合わされたのは、桃色の襲襟に白の衣で、濃紺の裳だった。寒いときの打ち掛けに、緑に裏地が紫の衣を羽織っていいらしい。
女官達の多くが、薄緑色の襲襟に白の衣で、薄い桃色の裳を合わせていた。ふわふわと軽い印象の女官達が多かった。
「ウンジュや、この外出用の衣装に合わせて、この飾り紐に刺繍を入れないか。」
「お祖母様、何の花がいいのでしょう。」
「梅かな。」
「はい、じゃぁ、梅を刺繍します。」
「咲き誇らない、静かなやつを縫いな。」
「了解です。」
裳をしばった上に飾り紐を結ぶのだが、その飾り紐に刺繍をいれる。一つのおしゃれであるが、こう言うのはお祖母様が一番わかっている。若い頃に色々見たからだと言っていたけど。
「女官服は丈以外、一切、手を入れてはいけないよ。ああいうのは、形式美だから、お揃いなところが美しいのだ。1人だけ目立ってしまっては意味がない。」
「確かに。みなさんお揃いでいるのが素敵なのかもしれませんね。私はみなさんと色違いでした。」
「あぁ、お前は身分が高いからね。ふつうの貴族の娘たちとは違う扱いになると思うよ。」
「……同じお仕事をするのに。」
「書記部と言っていたけど、あそこは確かに身分は関係なく仕事ができる人が集められていると聞いたことがあるよ。」
「そんなところへ配属になって、やっていけるか心配です。」
「使えないと思われたら、配置転換されるだけだろうから、安心して仕事しておいで。」
「そうか、他にも職場はあるんだった。」
お祖母様にからかわれながら、夜は自分の衣装を縫ったりもしていた。週末、兄が迎えに来たら、こんな団らんも終わりかと思うと寂しい。
嫁にいくというのは、大々的にお祝いされるけど、本当は寂しいものなのかも知れないとふと思った。知らない人の家で家族として、大切に迎え入れては貰えても、両親や家族と離ればなれになってしまうのだから。
私の用意したものは、兄上と街で会うときなどに着用できる、外出用の新しい衣と裳、貰った訪問着、ホン先生から借りた医学書の写し数冊。父の書いた解説本の写しだけである。何でも揃っていると言うので、その言葉に甘えることにしようと思った。なにを準備したらいいのかもわからないし。
週末に兄が迎えに来て、日曜日の朝に出立となるとき、驚いたことにホン先生にソク先生、本屋の店長や常連さんたちが集まって見送りに来てくれたのだった。テヒや盗人の子供も見に来ていた。
「お前は人たらしなのか?」
見送られて、見晴らしのよいいつもの場所のあたりにさしかかった頃、兄上はぼそりと私に言った。
「え?」
「え、じゃないよ。あの見送り人の多さは尋常じゃないと思ったのだけど。」
「皆、親切なだけよ。」
「気をつけろよ、悪い奴が含まれていたら、大変だろう。」
「そんな悪い人とは知り合わないから大丈夫。」
「気をつけてくれよ。」
兄上と一緒に山道を越えて、再び王都へとやってきた。今回は直接に王宮へと向かう。
王宮の門で、身分証を示し、来たら通すように朱書きされた受験票を見せると、中に入れてくれた。前回行ったところへ行くと、前回とは様子が違っている。若い雰囲気の女官達がたくさんいて、学校のような雰囲気になっていた。年齢の高そうな女性に受験票を出すと、すぐに案内する女官が現れ、兄上と一緒に王宮内へと連れて行かれた。
到着したのは自分の部屋となるらしい、一つの棟だった。基本的には男性は入れないらしいが、昼間だけ、特別な場合、許可されるらしく、今日は許可がでているとのことだった。
「こちらと続きの間がウンジュ様の居室です。その次の間がおつきの者の部屋になります。」
頭の中で“おつきの者”というあたりで、盛大に突っ込みがあったが、誰も気がついてくれない。いや、兄上は同じ気持ちに違いない。
「王妃様が明日お会いされるということなので、正式な辞令は明日お渡しいたします。明日からお仕えいただけるよう、今日は旅の疲れを癒していただくようにと申しつかっております。」
「それはご配慮ありがとうございます。」
「ウンジュ様は、今後、女官服で見分けていただけますが、桃色の裳の者へは、へりくだる必要はありません。これは宮内での秩序となりますので、お守り下さい。私への敬語も必要ありません。」
「……そう。」
「側付きの者をご紹介いたします。」
次の間に控える女性に向かって案内の女官が再度声をかけた。
「カン女官、ご挨拶を。」
「はい、カンミジョンと申します。ク女官様の身の回りのお世話をさせていただきます。」
「よろしく。」
桃色の裳を可愛らしく着こなしている、きれいな女性だった。
「では、ご家族様もご一緒に、お部屋へどうぞ。」
部屋には様々な生活調度品が、すでに置かれていた。非常にしっとりとした品々で、上品というか高価なものだとわかる。
「このような立派な部屋を使わせてもらえるのですか。」
「……調度品で気に入らないものがありましたら、ご相談下さい。」
「いいえ、これで結構です。十分です。」
「そう言っていただけると、助かります。」
王宮が豊かであることは、この部屋を見れば納得できる。女官にこんなにお金をかけていては、必要なところにお金が回らないのではないかと心配になる。
「ご家族様にお茶を。」
兄上としばし歓談をとお茶を出されて、2人は一旦下がった。
「兄上、私は何か勘違いをしていた様です。」
「いや、僕も一緒だよ。」
「これは、奉公ではない気がします。」
「王宮の無駄遣いはハンパないね。」
「……困ったら、お手紙を書いていいでしょうか。」
「しばらくは、会えそうな日に会って、近況報告会をする必要があるかも知れないね。」
「あぁ、それはいい案です。それなら、頑張れるかも知れません。」
「もう来てしまったから、何とかここでうまくやるんだよ。」
「……はい。先ほどのカン女官に、何でも聞こうと思います。」
「それがいい。」
しばらくして、女官達が戻ってくると、兄上は退出した。私は外でのお泊まりは、実は初めてだった。初めてが友達の家とか、親戚の家とかでなく、こんな王宮でだなんて急に心細くなってしまった。
「ク女官様、風呂へ入ってから、お着替えをなさいませ。」
「……はい。」
こちらですと案内されたのは、女官用の風呂場だった。洗い場で、体と髪を洗ったら、湯船につかるように言われた。
「湯に、浸かる?」
「はい、珍しいのですよ。湯船と言うのですが、お湯の入ったたらいにゆっくりと浸かってみて下さい。疲れがとれます。お好きなだけ浸かられたら、お上がり下さい。」
このお風呂は女官達が共有している施設のようで、身分も関係なく皆適当に使うらしい。
洗い場と言うところで、体と髪を洗った。ちょうどだれも入っていないタイミングだったので、大きな湯船に1人でゆったりと浸かることができた。湯船に浸かってみると、それは気持ちのいいものだった。体の隅々までじわじわと温まり、ぼーっと中空を見つめた。
十分に暖まった気がして、風呂から出ると、カン女官が待っていた。体を拭こうとするので、慌てて止めて、自分でふいた。カン女官は下着を次々に渡してきて、女官の衣装を着付けてくる。
裳をつける前に、髪をしっかりと乾かそうと、火鉢の側に座るように言われ、髪に緩く風を送るように団扇を扇がれる。温い風が髪の間を抜けていき、湿っていた髪がふわふわと乾き始めていく。しばらく扇がれると、髪はしっかりと乾き、髪に櫛を通されて、するすると結い上げられた。
「さて、では裳をつけましょう。この色は宮内でも何人も着る色ではありません。今日入宮して、明日は王族に次ぐ立ち位置の女官になられるのですから、ク女官様は高貴な身分なのですね。」
「……そうなの?」
「……この裳は側室様達よりも上でございます。ク女官様は王族なのでございますか?」
「あぁ、世襲王族です。」
「あぁ、そういうことですか。」
「でも、すごい貧しかったので、こんなきれいな衣は初めてです。」
「……そうなのですか?」
「カン女官は貧乏とか、そういう家では無かった?」
「うちはかなり貧乏でした。私は口減らしで、女官見習いになりました。」
「あぁ、じゃぁ、うちも似たようなもの。食べるので精一杯だったから。」
「……王族でそう言うことってあるのですか?」
「ほんと、残念ながら貧乏に身分は関係ないのよね。」
「ふふふ、笑わせないで下さいませ。」
「じゃ、貧乏仲間ってことで、これからもよろしくね。」
「こちらこそ。よろしくお願いします。」
きれいな上位女官の衣装で浴室を出て、自分の部屋まで案内されて歩いていく。桃色の裳の女官が、行く先々でさっと道を空けてくれ、静かに頭を下げられた。カン女官に連れられていなかったら、固まってしまっていたかもしれない。この国ではお金が絶対だと思っていたけど、身分が絶対と言う扱いは初めてである。
部屋に戻ると、カン女官は食事を取ってきますと言って、食事を運んできてくれた。
「なにがお好みか教えて下さいませね。」
「……これ、2人分?」
「いえ、全部、お嬢様の分でございます。」
「食べきれないわよ。」
「それは、申し訳ございません。」
「だから、2人で食べましょう。食べながら色々聞きたいこともあったのよ。」
「え、それは。」
「誰にも見られなければいいのでしょう?部屋の扉を閉めたらわからないわよ。見つかったら、私が強要したと言っていいわ。」
「……ご一緒に?」
「どう見ても、4人分はあるわ。」
「ははは。」
「一緒に食べましょ。これから仲良くしたいし、まずは食事からってことで。朝夕は一緒に食べましょう。」
「……はぁ。」
取り皿にサクサクとご飯をよそい、カン女官に渡す。自分の分もよそる。カン女官ははっと気がついたように、お茶を入れに戻り、すぐにお茶も持ってきた。ちゃんと2人分。
「理解が早いようで助かるわ。」
「お嬢様のご希望に添うようにと言いつかっておりますし、たいしたルール違反でもないですし。」
「そうよね。ご飯1人でなんて、寂しいもの。他の女官はどうしているのかしら。」
「部屋で食事をするのは、上級女官様達だけで、他の者は食堂があるのでそちらで食べます。ここにでている食事のようなものが器に盛られて並べてあって、そのいくつかを選んで食べています。」
「そこ、おもしろそうね。」
「しばらくは問題は起こさないで下さいませ。」
「……そうね。じゃ、食べましょう、」
食事をともにとり、片づけると、布団を敷いてくれ、寝間着に着替えさせてもらい、その日は早めに寝た方がいいと言うことで、寝かしつけられてしまった。カン女官は次の間で寝るという。
朝はまだあの田舎町にいたのに、今はこんなに上等な寝間着を着て王宮の御殿のようなお部屋で寝ているのだ。怒濤のような一日目が、ようやく終わった。




