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24王都へ

 ひよこのうちの誰かが卵を産み始めた。もうひよこではないということか。


 私の女官試験への試みは、各方面から応援されているようだ。お祖母様と母上からは、立ち居振る舞いや作法といわれるもの一般を徹底的にしごかれている気がする。

 そのために、日常的な立ち居振る舞いが、女性的なものへと変化したため、多くの男性諸氏が私を女性扱いし始めた。すると、こちらも極めて自然に習った通りに振る舞えるようになっていった。

 そして、不思議と写本の依頼が増えたりして、ちょっと忙しくはなったが収入が増えた。


 兄上から手紙が来ていて、女官試験に備えて、家に帰ってくるということだった。終わったら、また、送ってきてくれると言うことだった。


 兄上と一緒にお出かけと言うのとは違うけど、ちょっと楽しみ。今回は夏休みではなく、大学生がたくさんいる中で、あの宿に泊まらせてもらう。それもちょっと楽しみというかわくわくする。どんなところなのか、気になる。


「お兄ちゃん子のウンジュ、さっきから、その手紙を読んでにまにまし続けていらっしゃいますよ。」

「母上、にまにましてません。」

「ウンジュの一番は父上だよな。」

「……はい。」

「ウンジュはいい子だ。」

「母上、それはどういう意味です。」

「そのままの意味だよ。」


 忙しくしているうちに、兄上が帰ってくる日が来た。持って行く衣装も壁に掛けてあり、問題がないかチェック済みである。髪の結い方ももうなれたもので、何も見なくても、お祖母様の要求水準に達することができるようになっている。


「ウンジュ、今日はそわそわしているね。」

「あ、先生、今日は兄上が帰ってくる日なのです。夜中になると言っていましたけど。」

「いよいよ、明後日か。」

「はい。」

「準備万端と言う感じだね。」

「準備万端ではありません。どんなことを聞かれるのか、試験の内容については全くわからないので、対策の練りようがありません。」

「そっちは、大丈夫だと思うけどね。」

「はぁ、でも、不安です。」


 午前の診療が終わり、お昼ご飯をちゃちゃっと作っていた。今日は漬け物入り炒飯と青菜と卵の炒め物を作っていた。白湯をわかして、膳をそろえる。

「準備できました。」

 先生を呼ぶと、作業を途中でやめた先生が、食事を置いたテーブルのところへとやって来て座る。

「君は直ぐにでも嫁に行けそうだね。」

「そう言ってくださるのは先生くらいですよ。農民風の姫ってことで、家族からは笑われてしまうのです。仕方ないじゃないですか。日中に畑作業したら、日に焼けてしまいますもの。」

「そりゃ、大変だね。」

「こちらでご厄介になっているので、最近は母上の方が私より焼けています。」

「奥様が。」

「はい。食べるって大変なのです。」

「はいはい、じゃ、頂きます!」

「はい。召し上がれ。」


 一緒にご飯を食べて、午後はそれぞれの作業を行うことになる。私はいつも通り薬局へ行き、薬局での作業を進める。最近では薬剤の見分けについて、できていると判断され、在庫数を調べたり、必要と言われた薬剤を小箱に適量摘まんで並べていき、先生の許可を得た上で、薬包紙に包んだりする作業まで、手伝わせてもらえるようになっている。

「こんな短期間にここまで成長してくれるとは。女官にするには惜しい。」

「ありがとうございます。」

「ソンイ君のことを考えると、君を側に置きたいだろうしね。仕方ないのだけど。」

「みなさん、兄上が来年にも科挙に及第するとおっしゃいますけど、本当にそうなると思いますか?」

「……ソンイ君は天才だからね。」

「天才ですか。」

「彼は科挙くらいなら受かる。その後の事務官としての能力については、政治もからむから何とも言えないけど、能力で出世するなら、なれないのは王様くらいだよ。あ、彼は継承権あるんだっけ?」

「恐ろしいこと言わないでください。」

「はいはい、すいませんでした。」

「なら、来年は兄と私とで王宮で働ければ、生活が安定しますね。」

「官舎があるから、とりあえず、生活が安定するまではそこで生活すればいいんじゃないか?」

「そんな便利なものがあるのですか?」

「そんな立派なものじゃないよ。だいたいの身分によって、区画が違うけれど、今の家よりは良いんじゃないかな。」

「……その話は初めて聞きました。」

「そうだった?僕やホン先生も、独身寮の方だけど王宮から近いから便利で利用していたよ。でも、女官は王宮内に官舎があったから、そっちに住まないといけないんじゃないかな。」

「私はそれでいいです。兄上が父上と母上とお祖母様を面倒みて下さるでしょう。」


 お薬を薬包紙にくるくるとくるんでいく。きっちりと包んで、紙紐で縛って、最後に束にして藁紐で縛る。何が入っているか、誰の為のものかをこよりにした紐に書き留め、紐に縛り付けておく。


「君は本当に、医官になれるといいのだけどな。女性だからな。」

「医官補助になれると良いなと思いますけど。」

「女性王族にお仕えしている医官補助の中には、医官と同様の知識や経験を持つ方もいたよ。男の医官より、相談もしやすいだろうしね。必要なんだと思うよ、そう言う人材は。」

「そう言うの、楽しそうですよね。」

「ただ、女官の人事は、本人の意向は完全に無視されるみたいだから。どうなるかはわからん。」

「みなさんそう言いますね。」

「王宮は不穏なところで、早く引退することをおすすめするよ。」

「これから入ろうとしているのに。」

「ふふふ、一応、言っておかないとと思って。」

「まぁ、了解しました。」


 お手伝いが済むと、医院へ戻り、片づけを終わらせる。その後、本屋へ寄り、店主と少しおしゃべりをしてから、家路についた。


 兄上が帰ってくるのは、夜になるだろう。天気はもつだろうか。明日はどうだろう。着替えだとかもきれいなまま運びたいから、できれば雨が降らないといいのだけど。

 家に帰ってからは、父上に音読しながら写本をしていた。


「ただいま戻りました。」

「あ、兄上!お帰りなさいませ。」

「ウンジュ。」

「あ、兄上、お帰りなさいませ。」

 飛び出していこうとしたのを、お祖母様にたしなめられ、やり直しをした。丁寧に扉を開き、手をついて兄上を出迎えた。

「……ウンジュ、かなりコッテリとしつけられたんだね。」

「足を洗う水を汲んで参ります。こちらへお座りになってお待ち下さいませ。」

「ありがとう。父上、母上、お祖母様、ただいま戻りました。」

「あぁ、おかえり。」

「元気そうだわ。」

「ウンジュが待ちわびていたよ。」


 兄上の足を湯を足した水桶の中できれいに洗い、手ぬぐいできれいに拭う。

「出来上がりました。部屋へお入りになって下さいませ。」

「ちょっと、見ないうちに、お嬢様のような動きに仕上がっていますね。」

「大変だったのです。」

「それは、そうかも。」

「兄上。」

「ウンジュは頑張ったのだね。」

「はい!」

 兄上に頭をなでて褒められた。水桶を片づけて、手ぬぐいを洗って干すとウンジュも部屋へと入っていく。


 父上と兄上で色々と話しているので、私は隅っこで母上たちの縫い物の手伝いをしていた。切れ地に刺繍をさして、端っこを糸でまつって、可愛い手巾に仕上げる作業が時々入ってくる。飾り紐の刺繍とか、あまり縫い物は手伝わないが、刺繍は手伝わされることがある。刺繍は女子のたしなみの一つのようで、できないと結構恥をかくらしいのだ。私は比較的器用なようで、そつなくこなせているらしい。

 お給金が入って、食べるものに困らなくなったら、皆に古着か布地を買って上げたい。今年の冬もまた寒いだろう。少しは温かく過ごせるように。

 

「ウンジュが女官になったら、おつき合いもあるだろうから、お前に衣装を縫ってあげないといけないね。」

「お祖母様、それは楽しみでございますね。」

「母上たちの衣装が先です。」

「そんなのは古着でいいんだよ。王妃様が参加しそうな、お茶会とか歌の会とかに招かれてしまう可能性は否定できないからね。衣装なんて、使わないなら売ればいいのだから、お前たちの給金が少し落ち着いたら、ウンジュの衣装の仕立てを始めましょう。」

「お祖母様の意匠は素敵ですからね。ウンジュを着飾らせるのも楽しみだわ。」

「母上たちは宜しいのですか?」

「私たちは、本当に余裕が出てきたら、お前たちの婚礼の時用にそれなりの衣装を準備しておくかな。ソンイの婚礼はそんなに遠くないだろう。」

「……私のでございますか?」

「適当な女性はいないのかい?」

「お祖母様、適当って。」

「友達の妹さんたちの中で気になる娘はいなかったのかい?」

「うちの貧乏についてこられそうな方達ではないよ。」

「うちだって、いつまでも貧乏じゃないだろう。お前が稼げばいいんだよ。」

「……もうしばらく様子を見させて下さい。全く考えていませんでした。」

「兄上に奥様ですか。」

「ウンジュ、そこはちゃんと喜んであげないとだめだからね。」

「はい。」


 兄上の結婚話など考えたこともなかったけど、確かに、年齢的には17前後で結婚するものだ。兄上は今年16になるから、そろそろ、考えないといけないのかもしれない。


 その日は兄上が帰ってきて、皆が嬉しくて、いつまでも話をしたくて、ちょっと寝るのが遅くなってしまった。いつも通り、父上と兄上の居室と、お祖母様の居室、母上と私の居室でふすま一枚だが、一応分かれて寝る。


 翌朝、目覚めると母上がもう働いていた。あわてて起きて、着替えて、台所に飛び出していった。

「ほら。」

「あぁ、スイマセン。やり直します。」

 部屋から出るところから、もう一度やり直す。

「王宮では絶対にやっちゃダメだからね。」

「はい……。」


 台所の仕事を手伝い、朝食の準備を整える。卵焼きや菜っぱのお浸しなどが出来上がる。ホン先生のところの食材を、母上が料理して、その一部をホン先生のところへ持って行くというサイクルが出来上がっている。ホン先生は野菜の処分に困っていたが、余すことなく使い切らせていただいている。

 野菜の皮やテヒがくれる糠なんかを鶏小屋に持って行ってやる。すごい勢いで食べる。そして、卵が2つくらいあったので回収してくる。


「母上、どの子が産んでいるのかわからないですけど、そろそろやっぱり産むみたいです。」

「産まなかったら食べちゃうわよ。」

「え~、父上が泣いちゃいますよ。」

「泣きながら召し上がるのかしら。」

「あ~、食べそう。」


 母子でそんな会話をしながら、さらに汁物や漬け物の皿が増えていく。

「王都に行くときに、あの子達は全員食べちゃうのかしら。」

「ウンジュ、それ、父上に言っちゃダメよ。」

「……はい。わかってます。」


 その日、食事をすませると、兄は背負いかごに私が写本したノートや私の衣装などを入れた。そして、私のために持ってきた、サイズの小さい男物の衣装を私に着るように言う。

「ウンジュ、身長が伸びてきたから、似合うようになってきたね。」

「女性らしくなってきて、似合わなくなってきたりしていませんか?」

「……あぁ、そう言う見方もできるね。」


 クツクツと笑う兄上に、ちょっとぶすっとしてみる。

 二人で旅支度を終えると、父上、母上、お祖母様に見送られて、いざ王都へと出発した。

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