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22姫のように

 女官になると決めてから、祖母と母が立ち居振る舞いについて様々に意見をしてくるようになり、衣には急遽、適当な袖を縫いつけられた。いつもより長い袖、いつもより長い裳で大変に動きにくい。そして、髪もしっかりと結い上げられて、自分で再現できるように繰り返し練習させられた。

 貧乏でも腐っても王族なのだから、立ち居振る舞いに貧乏臭さがでてはいけないらしい。


「馬子にも衣装といって、女官の衣装に身を包めば、それなりに見えるんじゃないかしら。」

「お祖母様、ウンジュは少し、日に焼けすぎてやしませんでしょうか。衣装でごまかせるかしら。」


「お祖母様と母上は私を目の前に、それは自由にものを申されていますが。」


「ふふふ。だって、ね。あなた、農家の娘みたいだもの。一冬で、少しは色が抜けるかしらね。試験の時は仕方ないとして。」

「ウンジュ、身分の高いお嬢様方は、あまり屋根や傘の下からでないですから、白くて柔らかそうなふわふわした感じなのですよ。」

「あぁ、そうでしょうとも。兄上のお友達の妹様たちは、そのような可憐なお嬢様たちでした。」

「でしょ、あなたはちょっとしっかりしすぎているのですよ。お祖母様、やはり心配です。」

「もう、仕方のないことです。あきらめましょう。このまま、田舎娘な感じでお出ししてみるしかないでしょう。」

「そうでございますよね……。」

「そんなに残念な感じですか?」

「……可愛いのだけどね。」

「はい、元はいいはずです。」

「君たち聞いていれば、何をウンジュに言っているんだい。ウンジュは可愛いに決まっている。我が家は、顔だけはいいんだから。」

「ジェモ、顔だけって。」

「旦那様……。」

「父上、もういいです。私はどうも田舎娘な雰囲気が満載で、残念な感じではあるけど、元はいいから、日焼けが抜ければ見えるようになるんじゃないかという事で納得します。今度の試験は、農民風の姫ってことで頑張ってきます。」

「……あぁ、一族そろって、何を娘に理解させているのか、情けない。」


 結局、私を一流の姫に仕立てるのは難しいと言うことで、全員があきらめを感じ、その状況に笑いが混じるのだった。語れば語るほど、残念な話になってしまう……という感じで。


「着ていく服、この間、頂いた衣装があって良かったわ。女官試験なら、この程度で十分だわ。」

「この程度?」

「宮中に行けば、すごい衣装をたくさん見るでしょうから、そこで学んでいけばいいわ。女官としての衣装は支給されるから、それを着ていればいいし。」

「私たちは本当に文無しで、ソンイの写本を売れる時期までは苦しかったわねぇ。」

「この期に及んでも、身分がら私たちが写本するわけにも行かなかったですしね。」

「死んでも、我が家の妻女たちの手であることがはっきりするような仕事はさせられないよ。」

「貧しくても王族なのだなと、嫁いできてから、幾たびも思いましたわ。」

「お祖母様は、お嬢様だったから、この生活によくなじんで下さいました。」

「馴染むも何も、仕方のないことです。ソンイがこの家を立て直してくれるといいのですけどね。そうすれば、ウンジュも身分に合った、少しは豊かな生活をさせてもらえるような方に嫁がせる事が出来るのだけど。」

「おばあさまは、お嬢様だったの?」

「ウンジュにもソンイにも話したことがなかったわね。私の家は結構な名家だったのです。」


 お祖母様の話はなかなかにドラマチックだった。

「私の姉は前の王様の側室でね。先の王妃様にお子様がいなかったので、姉様の子が今の王様になっているわ。」

「王様の生母がおばあさまのお姉さまって事?」

「まぁね。おかげで、色々な目に遭ったけど。」

「どういうことですか?」

「両親は姉様がその子を生んだ時に、体調を崩したのを口実に、実家に一度下がらせたの。そして、わたしは急遽この家に嫁がされ、両親と姉は体調が優れないまま王宮に上げることは出来ないと退出願いを出し、そのまま寺に入ってしまったの。」

「王宮から逃げたって事ですか?」

「立派な家柄の王妃様のいる王宮で、王子なんて産んで無事でいるとは思えなかったのよね。それは当時の私も何となくわかったわ。荒いご気性の王妃様に、王子を生む前から姉は結構苦労していたから。」


 お祖母様は苦そうな顔をした。父上も母上もこの話は知っているようで、うんうんと先を促す。


「でもね、ご気性が荒くなるのもわかるわ。結婚して思ったけど、側室なんてあり得ないわ。だから、今では、自分の夫が他で作った子を育てるなんて、本当にできた方だと思うわ。今となってはね。」

「当時はそうではなかったということですね?」

「当時は本気で殺されるんじゃないかと思ったし。結果、誰も殺されなかったけど。一族で寺へ逃げて、私は落ちぶれたク家へ嫁に出されて、財産もすべて失ったけど、誰も王妃様の怒りで殺されることもなく済んだから。」

「お祖母様、その王妃様は今もご健在ですか?」

「それがね、10年くらい前かしら。縁側で足を滑らせて転んでから、体に麻痺が残って、動けなくなってしまったって聞いたわ。離宮で療養中に先の王様が亡くなられて、今の王様に代替わりされたから、もうなんの力も無いわよ。」

「……私、女官で上がっても大丈夫でしょうか。」

「もう、時間が経っているし、先の王妃様は離宮にいらっしゃるらしいし、今の王妃様は王様のお子さまをたくさん産まれているって言うから、王様の生母について特に何も思わないだろうし。昔話を知っている人がいても、問題ないわよ。」

「なんか結果的には収まってますけど、ドロドロですね。」

「後継者を必要とする家は大変よね。」


 お祖母様の独壇場という感じだったが、これからお仕事にいこうと思っている場所の話は、なかなかに興味深かった。

 物語で王太子様が出てくるお話を、いくつも読んだことがある。数ある写本の中に、そういうのも混じっているのだ。王太子と王太子妃がいて、恋をする。政治的に側室も数人取らなくてはならなくなり、王太子妃は苦しむことになっていた。王族の結婚は個人的な愛だけでは成り立たないのかもしれない。王家や国の民への献身のようなものを求められるのかもしれない。

 王宮のルールに完全に従って自分を律して生きなければ、いずれ排除される。律することは修行のようなものであり、それは時に愛とか恋とかといった、感情豊かな人間性を否定するのかもしれない。

 

「ウンジュ、写本の続きを読んでくれ。」

「あぁ、そうでした。ん、母上、この袖、大変邪魔くさいです。」

「そのまま生活することになるのだから、慣れなさい。振る舞いは王宮にいるように、ゆったりと。女優のように姫を演じなさい。身につくから。」

「演じる……。父上、女官になるのが面倒になってきてしまったのですけど。」

「今更だよ。どうせ、嫁に行くときにも同じ事をしつけられるんだから、今、修得してしまいなさい。」

「そうか、嫁に行くにも同じスキルが要求されるのか。なら、仕方ないですね。」


 写本をするときに、袖が邪魔になる。袖を少しひいて紐でゆってしまうと、袖が短くなっていつものように書くことができた。

 ちょっとだけ書く、というときには紙と袖を同時に左手で押さえるようにして書くらしい。これはスキルなので、練習しておかないと不意に地がでる。馴染んでおく必要がある。


 ホン先生の所へいっても、薬局にいっても、どこに行っても、女官として恥ずかしくない振る舞いをする事という母上の言いつけで、振る舞いを姫型にシフトチェンジしていくことになった。ちゃんと、いちいち手をついて先生の話を聞いたり、ものを差し出すときには両手で差し出したりと、一挙手一投足において、お祖母様の声が耳元でしているようだ。

「腐っても鯛って言っちゃ失礼だけど、お宅のしつけは素晴らしいね。」

「……女優になれと言われました。姫を演じろと。」

「ははは、いや、別人のようだ。いいところのお嬢さんにお手伝いいただいていて、なんか申し訳ない気持ちが出てきちゃうよ。」

「申し訳ありませんが、王宮でのとっさの動きが農民ではだめだという事で。」

「農民!ふはははは。農民だわ、確かに。」

「先生もそう思われていたのですか?」

「いやね、君は子供だし。格好はそんなだし。ばっちり日焼けしているし。」

「いいのです。とりあえず、これで試験は受けてくるしかありませんし。」

「女優になるのがいいね。その動きをされちゃったら、君を認めざるを得ないでしょう。」

「動きは出来てきていますか?」

「妻を見ているようだ。」

「あぁ、じゃ、動きはだいぶよくなってきたと言うことですね。頑張らなくちゃ。」

「あの人がいてくれたら、こうやって手伝ってくれたのかなぁ。」

「そうですね。優しい方ですから、張り切ってくれたんじゃないでしょうか。」

「そうだろうなぁ。ふふふ。」

「にやけてますよ。」

「そんなこと、にやけた事なんて一度もない。ふふふ。」


 ホン先生とは師弟という以上に、すごく良くしてもらっている気がする。家族の食事まで面倒見てもらってしまっている現状、どう恩返しをしたらいいのか、全くイメージできない。

 私を預かってくれるホン先生側のメリットがほとんどないように思う。

 軽口をたたきながら、カルテをまとめて、処方箋の写し束と照合して、出納帳をまとめてと作業を続ける。薬品棚の内容もチェックして在庫量を書き付ける。すべてが終わると、午後の往診の準備を始める。往診予定の方に必要な物品について先生と相談して、必要なものを棚から出して往診箱に移していく。

「先生、箱の中身を確認して下さい。忘れ物をすると格好悪いですよ。」

「はは。了解。」

 先生はゴソゴソと往診箱を探り始め、足りないものに気がつくと欲しい物をいう。すると、私が用意するという作業を行う。

「これで行けるかな。じゃ、昼にしよう。」

「はーい。」


 今度は台所で、適当な昼食を作る。もらった握り飯と卵や野菜で雑炊を作ると、先生の分と自分の分をよそって持っていく。自分で作っておいてなんだが、これがおいしい。

 冷えた握り飯にちょっとあきて、雑炊にする事が多い。具はもらったものが適当に投入される。魚があるときには、魚も入るし、肉が入るときもある。味も塩だったり、味噌だったり、醤油だったり色々だ。時間がないので、一瞬で出来るものをお出しする。

 食べるときには、長い衣装が気になる。丁寧に食べていると、ホン先生は直ぐに平らげ、さっさと往診に出かけてしまう。私は皿を洗い、台所も片づけて、それから薬局へと出かける。


 一月とか演技を続けていると、流石に自分の動きとして定着してきた。姫っぽくなってきたというのが周囲の評価であり、見た目はそれほど変わらないままであるが、何とかなるかもしれないと手応えを感じ始めてきた。


 畑はきれいに片付き、青菜を蒔いて芽が出てきている。畑作業をしていると、どう姫っぽく振る舞えばいいのかと頭が抵抗してくる。少し考えて気がついたが、畑作業をする姫はいない。だから、この作業は演じなくていい。姫が畑作業するなんて、笑えるし。王宮で畑をいじる作業はあるのだろうか。

 まだ、本当にどんな生活が待っているのか、全くわからないまま、秋は暮れていくのだった。

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