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20出願

 家の畑の夏野菜は、ほとんど収穫を終えた。次の葉物野菜を始めるに当たって、畑を片づけていく必要がある。

「母上、この辺は撤去してしまう感じでいいのでしょうか。」

「そうね、片づけちゃいましょうか。」

 ある朝、母上と畑で支柱や大きく成長しきった野菜を片づけはじめた。

「母上、ここに盗みに来ていた子供たちは、冬はどうやって生活するのでしょうか。」

「……スリとかひったくりとか、盗んだものを売ったりして食いつないでいくと聞くけど。」

「あぁ、それで何とかなりますか?」

「山のそばの空き家に住み着いているという話は聞いたわ。凍えないといいのだけど。」


 結構強かに生きているらしいと聞いて、ウンジュは安心した。


「でも、寂しいだろうな。」


 畑を片づけはじめ、まだまだ作業途中だが、時間だとホン先生の医院へと向かう支度をする。写本も出来上がり次第で持つ。


 午前中はホン先生の所でお手伝いをして、午後は薬局でお手伝い。ホン先生の所に夕方戻って、片づけを手伝い、帰りに本屋へ寄って仕事の相談をするというスタイルがだいたい出来上がってきている。

 頭の中は、薬や病気でいっぱいである。こんなに頭の中に何かを詰め込んでいくという経験は初めてな気がする。ホン先生やソク先生の頭の中には色々な知識がきっちりと整理されているのだろうと思う。


 役所の前を歩いていて、一枚の張り紙に気がついた。


“王宮の女官募集。試験は11月、王宮で行う。希望者は役所の受付で申し込みをするように。受付は9月中に済ませること。合否の発表は即日に行う。合格者は、4月から女官として任用する。不合格の者で女官補合格の者は、任用を希望する者は、4月から女官補として任用する。”


 9月中というと、もう時間がない。父上に相談しなくてはとそのまま急いで家に帰ることにした。


「父上、役所に女官試験の広報がでていました。9月中に申し込まないといけないようです。」

「……おかえり。」

「……すいません、ただいま戻りました。それで、申し込むか迷っています。」

「この間の話か。気になっていたのか?」

「はい。父上の言うことは、いつも参考になる話ばかりですから。ホン先生にも聞いたんですけど、医学の勉強を続けられる場所への配属もあると。」

「……王宮は自分の希望が通る場所ではない。」

「……そうなのですか。」

「旦那様、ウンジュをそんなに遠くに出すのは心配です。」

「あぁ、心配だが、でも、数年なら、……女官も面白いかもしれないね。」

「旦那様。」

「ソンイが任用されたら、皆で王都へ行くことになるだろうし。王都にはソンイがいる。正式な女官として受かれば、俸禄も今までよりいいから、生活も楽になる。」

「生活は今のままで十分なのに。」

「お前は欲がないね。衣の一つも買ってやれないのに。」

「旦那様。」

「ウンジュ、明日にでも、申し込みをしてくるといい。次の手紙でソンイには知らせておこう。お前が王都へ行くとなると、試験の日には大学は休んでお前を送り迎えしてもらわないといけない。」

「申し訳ないですが、兄上に頼むしかありません。」

「喜んで引き受けてくれるだろうよ。そこは気にしなくてもいいだろう。」


 父上は起きあがると、筆をとり、私の受験を許可する旨をしるした文書を認めてくれた。役所に持って行けばいいということだった。


 翌日、医院の片づけを終えると、そろそろ閉めようかという趣の役所へと入った。本屋で知った顔のおじさんがいて、不思議そうにウンジュを見つめた。


「こんにちは。」

「やあ、こんにちは。どうしたんだい?」

「女官試験の申し込みをしたいのですが。」

「……女官?お嬢様が?」

「……?」

「これは、お父上様もお許しになられていますか?」

「えぇ、これが父の許可状です。」


 役人は父上の認めた文書を何度も読んで、息をついた。


「……王宮で働くのは大変な事ですよ?……いや、大丈夫だろうけど、心配だ。」

「兄上も王都にいますし。」

「……そうだ、ソンイ君がいるから、大丈夫だとは思うけど。……本当に女官になるの?」

「……ご心配ありがとうございます。でも、お勉強が出来るって聞いて。」

「……確かに。ウンジュちゃんには、ちょうどいいのかもしれないね。まぁ、身分から下働きになるわけではないし、仕事も出来そうだし。重宝されるのだろうなぁ。……じゃあ、受付をしますので、こちらをご記入下さい。」

 

 ものすごく渋られて、心配されて、最後はあきらめたようになって、ようやく受付をしてくれた。父上の文書の威力は抜群だった。


「試験は難しいのですか?」

「……いやぁ、大丈夫でしょ。ウンジュちゃんが王都にいってしまうなんて、本当に残念で仕方がないけど、女官試験に受からないなんてちょっと考えられない。」

「……。」

「正規の女官になるのは難しいと言われてはいるけど、ウンジュちゃんなら、受かるでしょ。」

「その確信はどこからくるのかお聞きしても?」

「根拠は君の写してくる本かな。あれ、読めるんでしょ?」

「はい。」

「なら、何の問題もないと思うよ。」

「そうなのですか。じゃあ、特に準備することはないと考えて大丈夫でしょうか。」

「……おばあさまやお母様から、しきたりとかたしなみとかそういうの、習われているでしょう?」

「はい、一通りはと言われていますが。」

「なら、今日、試験だと言われても大丈夫だろうから、いつも通りホンさんやソクさんとこで勉強しつつ、臨めばいいんじゃないかな。」

「あぁ、なるほど。わかりました。ありがとうございます。よろしくお願いいたします。」

「……しかし、よく、女官にお出しする気に。この町なら安全なのに。ジェモ様のお考えは深いからなぁ。わからん。」


 ウンジュは受付を済ませて帰る道、自分が王宮につとめたら、家はどうなるのだろうかと考えがよぎった。母上が表に出て、色々な用事を済ませないといけなくなるのかなと思うと、あまり宜しくないのではと思った。夢中になって申し込んでしまったけど。

 兄上が仕官して下されば、来年には皆で王都に一緒に出られるかもしれない。二人分の俸禄があれば、町で暮らせないだろうか。よくわからないけど、それを期待してていいのだろうか。父上が了解してくれたから、何とかなるのだろうという楽観があった。


 ホン先生に、女官試験を受ける告げると、かなり残念そうな顔をされつつも応援すると言ってくれた。

「あと半年か、君にある程度は教え込んでおきたいから、気合いを入れないといけないな。」

「え、結構、今でも頑張っているんですけど。」

「これからだ!」

「先生、熱いです。」

「ジェモ様にだけは、針を打てるようになりたいね。」

「……はい、確かに、それが出来ると、父上が夜に調子を崩されたときに、ありがたいです。」

「私が往診に行ったときに、お父上に君が針を打てるようにしていこう。それと、自分と僕で試していこう。」

「先生に?」

「他にいないだろ。」

「ありがとうございます。」

 ホン先生は気合いを入れ直してしまって、若干暑苦しさを感じさせつつ、応援してくれるようだった。


 ソク先生にも女官試験を受けてみると告げると、驚いていた。

「お嬢様が女官に?」

「……はぁ、お嬢様って感じではないですけど。」

「医官補助になれるといいのだけど、君の場合はもっと身分の高い女官になるだろうから、王妃や王女の側仕えになる可能性も高い。」

「そうなのですか?」

「お話相手とか、お勉強を教えて差し上げたり、遊び相手になったりという仕事になる気がするなぁ。」

「……それでも、王宮にいた方が、兄上の役に立てそうに思いまして。」

「そうだね。ソンイ君は来年、仕官するんだろうから、君が王宮にいると心強いかもしれないね。でも、私としてはもう少し、数年はここで教えたかったなぁ。」

「申し訳ありません、中途半端で。」

「あと半年か、ある程度、しっかりと基礎を身につけてもらおうかな。」

 ソク先生も何かスイッチが入った感じで、受験の受付をしてくれたおじさんの言っていたとおり、いつも通りなのかもしれないが、ホン先生とソク先生にしごかれる日々は続くのだった。


 夜にいつも通り、本を写していた。これは特技なんだろうなと思う。読むと頭に文字が焼き付き、それを素直に写していく。何度も読み返すことは無く、繰り返されて訓練された動きで、手もするすると文字を書き連ねる。

 皆が文字の美しさを誉めてくれるが、自分ではよくわからない。女性の文字をあまり見たことがないからかもしれない。男性よりも筆圧が軽いのか細かったり太かったりの濃淡が出るのかもしれない。リズムに乗って書くから、この書き方が自分としては書きやすく、文字が崩れないぎりぎりなところで、はねたり力が抜かれたりする。

 自分が恋文を書くことが今後あるのかもしれないが、この文字は大きな強みになるのだろうか。都の女性が利用しようとまで思ってくれた文字。あの代筆はおもしろかった。様々な色に染められた紙に、文字を滑らせる。内容は面白く、バランスも指示がある。指示してくる文字は達筆で、本人が書いても十分に素晴らしいだろうと思ったけど、私の文字が良かったらしい。

 

「ウンジュや、ぼんやりしているよ。」

「あ、そうでした。作業中でした。」


 読み上げる口が止まってしまっていたので、父が続きを催促してくる。父も本を聞くのを楽しみにしているのだ。私が写しながら音読していくのをのんびり聞いている。

 

 新しい生活に少しわくわくしつつ、今の生活にも愛着を感じつつ、日々忙しく過ぎていくのだろうから、丁寧に毎日を過ごしていけばいいのだろうなとも思う。やるべき事をやっているうちに、時間は経ってしまうのだろう。

 今は父上が楽しんでいるように、この目の前の書を楽しもう。そして、集中して本を読み上げ、写していく作業に取りかかったのだった。

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