2ツバメ来訪
兄が大学へと旅立ってしまうと、父母と祖母と私が家に残された。日々の食べるお金を節約するために、畑で細々と芋を作ったり菜っ葉を育てたりしているが、兄という労働力を失い、相当に痛い。草刈り一つ、兄、の分も働くとなるとツラい。
写本の作業も続けており、写本ができあがると、本屋へと持って行く。手足をしっかりと洗って手ぬぐいで拭う。みすぼらしいものではあるが一番清潔な衣装に着替え、髪は母が結い直してくれる。爪の間の土だけは落とせないものの、清潔感のある小ぎれいな娘に変身すると、町の本屋へと歩いていく。
「おじさん、こんにちは。」
「おぅ、ウンジュ、早かったね。」
「えぇ、面白くて、ちょっと夜更かししちゃったわ。」
「ただで本が読めるんだから、いい仕事だろう?」
「全くその通りだわ。」
「さ、こっちに座りな。次の仕事があるんだが、受けてくれるよな?」
「もちろん、お願いします。」
町の本屋の片隅に、机と椅子が置かれている場所がある。いつもその店を訪ねると、そこに座らされて、茶碗一杯の水を出してもらう。1時間以上歩いてやってくるので、ここで水をいただくと生き返るようだ。
「あれ、ウンジュかい?」
「本当だ。」
「おい、あれ、ウンジュに頼んだらどうだ?」
「あぁ、確かに。」
ざわざわとおじさん達が小さなスペースに集まってきて、声をかけてくれる。
「その本、写本何冊作ったんだ?」
「今回は4冊頼んだけど、欲しい奴いるか?」
本屋のおじさんも、早速写してきた本を売りにかかる。
「この本の注釈本って出ないかなぁ。」
「……注釈本かぁ。ソンイがいれば、なんとかなったかも知れないが。」
「父上に頼んでみましょうか。」
「ジェモ様のお体に触ってしまっては、申し訳ないです。ご無理はされないで欲しいのですが。」
「少し時間がかかるかもしれませんが、父上に相談して、次回、持ってこられそうであれば持参しますね。」
その日は、本屋のおじさんから本の写本数冊と注釈本、集まってきたおじさんから、バラバラになっている資料を冊子にまとめてくれと言う依頼をもらった。詳しく、話を聞いてから、袋に沢山の紙と原稿を入れると、家路についた。
「ただいま戻りました。」
「おかえり。」
おばあさまが軒先で迎えてくれた。
「おばあさま、どうかされたのですか?」
「ここに、さっきからツバメが入ってきてね。巣を作られたくないから、追い払っていたよ。」
「そんなところに?」
ツバメが我が家に巣作りにくるとは、春だなぁなどと考えながら足を洗い、部屋へと入った。
「父上、ただいま戻りました。」
「……どうだったかい。」
「はい、ちゃんとお給金はいただいて参りました。次のお仕事もいただいたのですが、前回写していた本の注釈本を作れないかというお話でした。兄上がいれば良かったのでしたが、父上、私が口述筆記致しますので、お力添えいただけないでしょうか。」
「……いや、お前がとりあえず数ページ、草稿を書いてみなさい。それをみてから考えよう。」
「はい、わかりました。」
着替え、普段着に戻ると、いつもは兄と一緒に並んで使っていた2つの机のうちの自分の机の方に腰を下ろした。前回の写本は大変に面白かったので、実は自分用にも写本を持っている。この写本にはすでに自分で書き入れた注釈がいくつか書き込まれている。
我が家には代々受け継がれてきた古い本がたくさんある。新しく出る本の多くはこれらの昔から受け継がれた本をベースに、社会や政権にたいする新しい考え方や意見が書かれていることが多い。作者が、どの本のどの部分に影響を受けたのか、なかなか興味深くて父上に質問をしては、参考文献となる本を見たりしていた。なので、今回の本は結構写しながら自分なりに解釈していたので、注釈本の草稿程度であれば書けそうに思ったのだった。
その日の夜に、数ページ書いて父上に見せると、完全にコテンパンにダメ出しをされた。父上が、起きあがれない体にむち打って、起きあがり、私の書いたメモを直していった。たった、十数分起きあがっただけだが、大変疲れた様子で、続きを書くようにと私に指示すると、父上はそのまま眠りについた。
父上は体力がないので、少しでも無理をさせてしまうと風邪をひいてしまう。風邪をひくと今度は直らない。重症化でもしたら死んでしまうかもしれないと、家族は不安になる。これは根性を入れて書かないと、父上を失ってしまうかもしれない……という不安を抱き、私は机に向かった。
父上は私たちが何か書くときには、必ず音読させ、それを聞いているので、最近の本にも詳しい。寝たままで、兄と政治の話や都市づくりの話などをよくしていた。心臓が弱く、体が大きくなるに従い、体が弱いという程度から動けないという程度まで状況が悪化していったと聞く。
沢山の本を読んで、社会の事を知り、父にも意見が沢山あったと思う。でも、何も発言できないまま、ずっと寝ている。父上は兄上に大きな期待をしていると思う。何とか、我が家の窮乏を救って欲しい、そして、叶うならば、兄には王族として、国のために身を尽くしてもらいたいと思っているのだと思う。
たとえば、知りたくて知った事ではあっても、自分だけが知っているのでいいのだろうかと思う時がある。自分だけのために与えられた知識なのだろうかと、そう思う。私が父を通して知ることができていることを、本屋のおじさん達は知ることができないでいる。父が世に出ることができないのであれば、私は拙くても伝えなくてはいけないのではないかと思うのだ。今回の本については、これはすごい話なのだと本当に言って回りたい。だから、父上もこんなにも熱を入れてくれているのだと思う。
朝起きると、畑仕事である。草を抜き、苗を育てる。小さな芽が出て、間引いて、別の場所に植え付けたりする。畦道では春の草が花を咲かせ、蜂や虫も動き回る。裏山を眺めると、柔らかい新芽が淡い緑色となって山を染めている。時折、桜が桃色が差し色となり、春の爽やかな森を彩っている。
食べることのできる草を摘みながら家に帰ると、母にそれを渡す。母は工夫をしてそれらの草を食べられるように仕込んでいく。
昼頃から注釈本と写本に取り組む。祖母や母は部屋で縫い物をしている。丁寧な縫いは重宝がられていて、また、典礼にも詳しい祖母の助言が得られるということもあり、服飾関係の業者が伝統的な婚礼の衣装や、元服のための衣装など、冠婚葬祭に必要な衣類関係の相談も通して、縫いの仕事が沢山きている。いざとなると私も動員されて、表には見えない部分のしつけだったり、得意な刺繍を任されたりする。
母達は詩を口ずさむ。李白がどうの、杜甫がどうの、王偉がどうのと語り合う。父も詩を暗誦して話に加わる。その夜の気配から、もっとも適した歌は何かなどと思いつく限り語り合う。
父母と祖母と私で、兄の抜けた穴をささやかに塞ぎながら、春を迎えたのだった。




